町の声を止めないために DECKY ARCHIVE 第20話
Evernoteの記録を見返していると、2016年5月から6月にかけて、防災行政無線に関する写真が大量に残っていた。
制御盤の中。
取り外したバッテリー。
交換作業中の写真。
山の中に立つ設備。
写真を見ているうちに、少しずつ当時の記憶が戻ってきた。
「ああ、防災無線のバッテリー交換や」
この頃、僕は大紀町内に設置されている防災行政無線のバッテリー交換をしていた。
防災行政無線とは、災害や緊急時に、町から住民へ情報を伝える放送設備のことだ。
普段は決まった時間に放送が流れるだけなので、町の人が設備そのものを意識することはあまりない。
でも、大雨や台風、地震などで停電した時にも、情報を届け続けなければならない。
そのために必要なのが、設備の中に入っている非常用のバッテリーだった。
バッテリーにも寿命がある。
古くなれば、停電した時に設備を動かせなくなる可能性がある。
だから、決められた時期に一か所ずつ交換していく必要があった。
作業内容だけを聞けば、
「古いバッテリーを外して、新しいものに交換する」
それだけのことに思えるかもしれない。
でも、大紀町は広い。
海沿いの地区もあれば、山間部もある。
学校や公民館、集会所の近くにある設備だけではない。
車では近くまで行けない場所や、山道を歩かなければたどり着けない設備もあった。
町内に点在する放送設備を一つずつ回っていくのは、思っていた以上に長い道のりだった。
その中でも、特に印象に残っているのが、錦の山の上にある設備だった。
車で行ける場所まで行き、そこから先は歩く。
新しいバッテリーをリュックに入れ、一人で山へ入っていった。
このバッテリーが、なかなか重い。
背負った瞬間から、肩と背中にずっしりと重さがかかる。
平らな道ならまだいい。
けれど、山道を登るとなると話は別だった。
足元を確認しながら、一歩ずつ進んでいく。
少し登るだけでも息が上がる。
それでも、途中で置いていくわけにはいかない。
山の上まで運び、新しいバッテリーに交換しなければ、この日の仕事は終わらなかった。
ちょうどその頃は、日本各地で熊の出没が増え始めた時期だった。
ニュースでも、山や住宅地の近くで熊が目撃されたという話を耳にするようになっていた。
山の中を一人で歩いていると、普段なら気にしないような物音まで気になった。
木の枝が揺れる音。
草むらの中で何かが動く音。
遠くで聞こえる鳥の声。
「熊、出てこんやろな」
そう思いながら歩いていた。
怖さがなかったと言えば嘘になる。
重いバッテリーを背負っているので、何かあってもすぐには動けない。
それでも、少しスリルがあるくらいの気持ちで、山を登っていった。
今思えば、仕事というより、ちょっとした冒険のようでもあった。
ようやく設備のある場所へたどり着くと、リュックからバッテリーを降ろす。
まず古いバッテリーを外し、新しいものへ交換する。
接続を確認し、電圧を測り、正常に充電されているかを確かめる。
ただ交換するだけではない。
いざという時に確実に動かなければ意味がないので、最後まで確認する必要があった。
そして作業が終われば、今度は取り外した古いバッテリーを持って山を下りる。

新しいバッテリーを背負って登れば終わりではなかった。
帰りもまた、重いバッテリーを運ばなければならない。
一か所終われば、また次の場所へ向かう。
町内の防災無線を順番に回りながら、同じ作業を何度も繰り返した。
山の上。
海に近い地区。
公民館。
学校。
集会所。
場所によって設備の状態も違えば、そこまでの道のりも違った。
移動時間もかかる。
道具も必要になる。
重いバッテリーを積み降ろししながら、町中を走り回った。
当時は、それほど特別な仕事だとは思っていなかった。
頼まれた仕事を、いつものように確実にこなす。
ただ、それだけだった。
でも、今になって振り返ると、この仕事の意味がよく分かる。
災害が起きた時、町からの情報は住民の命を守る。
避難の呼びかけ。
道路の通行止め。
河川の増水。
停電や断水の情報。
そうした大切な情報を届けるのが、防災行政無線だった。
その設備が停電時にも動き続けるように、バッテリーを交換していた。
誰かに見てもらうための仕事ではない。
名前が残る仕事でもない。
設備の中を開けなければ、交換されたことすら誰にも分からない。
それでも、町のどこかで災害が起きた時、その放送が流れるかどうかは大きな違いになる。
町の声を止めないために。
僕たちは、目立たない場所で一つずつ設備を守っていた。
錦の山の上へ、一人で重いバッテリーを背負って登ったこと。
熊が出るかもしれないと少し緊張しながら、山道を歩いたこと。
大紀町中の設備を、何日もかけて回ったこと。
当時は、仕事の一つとして通り過ぎていった。
でも、Evernoteに残っていた写真を見返すと、あの日の重さや山の空気まで思い出す。
町の人が安心して暮らすためには、見えないところで支えている仕事がたくさんある。
防災無線のバッテリー交換も、その一つだった。
派手ではない。
でも、絶対に止めてはいけない。
僕はあの頃、大紀町中を回りながら、町の声をつなぐ仕事をしていた。
