父と長男、広島で過ごした二日間 DECKY ARCHIVE 第21話
2016年の春。
我が家にとって、大きな節目の春だった。
長男のかずきは大学受験。
次男のこうようは高校受験。
三男のまきとは中学校へ入学する年だった。
三人がそれぞれ新しい一歩を踏み出そうとしていた。
その始まりが、長男・かずきの大学受験だった。
かずきは広島大学を第一志望に決め、本当によく勉強していた。
最初は理工学部への進学も考えていたように思う。
模試があるたびに出掛け、休日も机に向かう毎日だった。
大紀町には当時、ゆっくり勉強できる図書館がなかった。
そのため、隣町の図書館まで足を運び、一日中勉強して帰ってくることも珍しくなかった。
家へ帰っても勉強。
受験が近づくにつれて、その姿を見る時間はますます増えていった。
親の立場から見ても、
「よう頑張っとるな。」
そう思う毎日だった。
その努力を支えてくださったのが、塾の先生だった。
実は、その先生とは僕自身が中学三年生の頃からのお付き合いになる。
先生がまだ二十代で塾を始めて間もない頃、僕は友達二人と一緒に通っていた。
当時は「オレたちひょうきん族」が流行っていた時代。
勉強もしたけれど、それ以上に先生へ冗談を言って笑わせていた思い出の方が多い。
それでも先生は、そんな僕たちを温かく見守ってくださった。
年月が流れ、先生はいったん阿曽の教室をやめられた。
ところが、かずきが中学生になる頃、再び教室を開かれた。
これも何かの縁だったのだと思う。
僕は、かずきと一つ約束をしていた。
「五教科で四百五十点を切ったら、塾へ行ってもらう。」
最初は本人も、
「塾には行かん。」
と言っていた。
一度は様子を見たが、約束した点数には届かなかった。
そこで先生のところへお願いに行った。
「先生、うちの息子を見てもらえませんか。」
その日から、親子二代のお付き合いが始まった。
最初の頃、かずきは先生が怖くて泣きながら通っていたそうだ。
でも、その厳しさは愛情だった。
先生は本気で向き合い、本気で育ててくださった。
そのご縁は長男だけでは終わらない。
こうようも、まきとも、三兄弟みんながお世話になった。
今でも先生は村田家を自分の家族のように気に掛けてくださる。
かずきの結婚式には、東京まで駆けつけてくださった。
四十年近く続くご縁。
人生で一番ありがたい財産の一つだと、今は心から思っている。
滑り止めとして受けた私立大学は一校だけだった。
受験料も決して安くはない。
当時の会社は経営が厳しく、何校も受験できるような余裕はなかった。
その私立大学には合格した。
しかし、国立大学の合格発表より前に、入学金の締め切りが来る。
払えば安心。
でも、その金額も決して小さくなかった。
そんな時、かずきは、
「入れんでええよ。」
と、あっさり言った。
自信もあったのだろう。
そして、家の事情も分かってくれていたのだと思う。
親としてはありがたい反面、複雑な気持ちだった。
受験の日。
二人で新幹線に乗り、広島へ向かった。
広島へ行くのは、おそらく人生で初めてだった。
車窓から見えた雪景色は、今でも印象に残っている。
宿泊したのは、リーガロイヤルホテル広島。
当時、僕が知っている広島で一番有名で、一番良いホテルだった。
会社の経営は決して楽ではなかった。
それでも、
「受験の時くらい、一番ええホテルに泊まらせたろ。」
そんな思いだけで予約を入れた。
少し広めのツインルーム。
親子二人には十分すぎる部屋だった。

翌朝、ホテルから広島大学へ向かう受験生専用のバスで、かずきを送り出した。
「頑張ってこい。」
そう声を掛け、バスが見えなくなるまで見送った。
そのあと僕は、新幹線で広島大学へ向かった。
保護者向けの大学見学ツアーが用意されていたからだ。
広島大学の学生がガイド役となり、広いキャンパスや学生寮、大学周辺の街並みを案内してくれた。
「ここで四年間過ごすことになるかもしれないんやな。」
まだ合格も決まっていないのに、そんなことを考えながら見学していた。
大学生協では住まいの相談会にも参加した。
寮に入れなかった時のために、念のためアパートを一件だけ仮予約した。
本当は寮へ入ってくれるのが一番ありがたかった。
当時の我が家には、それほど経済的な余裕がなかったからだ。
相談会が終わっても、まだ試験が終わるまでには時間があった。
ホテルへ戻っても落ち着かず、一人で広島の街を歩いた。
原爆ドーム。
そして広島城。

観光というより
、時間を過ごすための散歩だった。
「今度は家族みんなで来たいな。」
そんなことを思いながら歩いていた。
時計を見るたびに、
「そろそろ終わったかな。」
気になるのは、そればかりだった。
親というのは、試験会場へ入ることはできない。
信じて待つことしかできない。
その時間の長さを、初めて知った一日だった。
夕方になっても帰ってこない。
七時を過ぎても姿が見えない。
八時近くになって、ようやくホテルへ戻ってきた。
その顔を見た瞬間、ほっとした。
「よう頑張ったな。」
その一言しか出なかった。
夜はホテルの鉄板焼のお店へ行った。
目の前で焼き上がるステーキを囲みながら、試験の話をした。
僕はビールを一杯。
かずきはソフトドリンク。
「今日は好きなもん食べろ。」
そんなことを言った覚えがある。
父と長男が二人だけでホテルに泊まり、ゆっくり食事をしたのは、この時が初めてだった。
子どもの頃は手をつないで歩いていた息子が、自分の力で国立大学に挑戦している。
その姿を見ながら、
「僕も親になったんやな。」
そんなことを静かに感じていた。
その後、かずきは広島大学に合格した。
努力は裏切らなかった。
今振り返って一番心に残っているのは、合格発表の日ではない。
リーガロイヤルホテルで過ごした夜。
一人で歩いた広島の街。
そして、
「よう頑張ったな。」
そう言って長男と向かい合い、鉄板焼きを食べた時間。
あの二日間は、受験の思い出というだけではない。
父と長男がゆっくり同じ時間を過ごした、かけがえのない思い出である。
