DECKY ARCHIVE 第4話
仕事を変えられるかもしれない
「その最初に開いたノートが、思ってもみない場所へ僕を連れていくことになる。」
第3話の最後に見つけたのは、2013年に作られたEvernoteの古い記録だった。
そこに残されていた文章を読みながら、僕は、Evernoteを使い始めた頃のことを思い出していた。
当時の僕が一番考えていたのは、
「Evernoteを仕事に使えないだろうか」
ということだった。
Evernoteには、文章だけでなく、写真や資料も保存できた。
現場で撮った写真。
工事に使う図面。
取引先から受け取った書類。
あとで必要になるかもしれないメモ。
何に使えるのか、最初から答えが分かっていたわけではない。
それでも僕は、なんでもかんでも、とりあえずEvernoteに入れてみた。
今すぐ使うものも、いつか使うかもしれないものも、区別せずに保存した。
そこから、何か新しい展開が生まれるのではないか。
仕事のやり方を変えられるのではないか。
そんなことを考えながら、手探りで使い方を探していた。
正解を教えてくれる人がいたわけではない。
自分で触って、試して、失敗して、また違う方法を試す。
その繰り返しだった。
僕は昔から、こういうことをひとりで考えるのが好きだった。
そして、集中して考えるために、専用の部屋まで作っていた。
そこは、僕にとって小さな研究室のような場所だった。
パソコンを置き、資料を並べ、仕事のことや、これからの時代のことを考える。
誰かに言われて作った部屋ではない。
自分がやりたいことに集中するために、自分で作った場所だった。
その部屋には、自分で組み立てたパソコンや、昔使っていたパソコンが置いてあった。
写真や紙の資料を取り込むためのスキャナーもあった。
今のように、スマートフォンで写真を撮れば、すぐに保存できる時代ではない。
紙の資料をパソコンへ入れるには、スキャナーの上に一枚ずつ置いて、時間をかけて読み込まなければならなかった。
写真を取り込んでも、パソコンの動きが遅くなる。
画面が固まる。
保存するだけでも時間がかかる。
大きな図面を、そのまま扱うことも難しかった。
思いどおりには動かなかった。
それでも、紙にしかなかったものが、パソコンの画面に現れることが面白かった。
これを仕事に生かせないだろうか。
写真や図面を、一つの場所に集められないだろうか。
必要なものを、すぐに探せるようにできないだろうか。
そんなことを、ずっと考えていた。
当時、会社では母親と叔父と一緒に仕事をしていた。
父親は、もういなかった。
母親は会社の仕事だけでなく、地域のための活動にも一生懸命だった。
紫陽花の道づくりなど、地域の人たちが喜ぶことに力を注いでいた。
叔父は、会社の仕事を本当に懸命に支えてくれていた。
現場のことをよく知り、会社を守るために黙々と働いていた。
二人には、長い経験があった。
パソコンがなくても仕事はできた。
紙と手作業、そして長年の勘や経験によって、会社を動かしてきた。
それは、昔から続いてきた確かな仕事の形だった。
僕は、そのやり方を否定したかったわけではない。
母親や叔父が積み上げてきたものを、できるだけ残したかった。
現場の記録も、図面も、写真も、経理のことも。
会社の中にあるものを、一つにまとめられないかと思っていた。
けれど、それを実現するのは簡単ではなかった。
僕自身、会社の仕事のすべてを最初から知っていたわけではない。
母親が担当していること。
叔父が担当していること。
自分がやろうとしていること。
それぞれが別々に動いていて、ひとつにまとめる方法が分からなかった。
二人はパソコンに慣れていなかった。
新しい仕組みを会社へ持ち込もうとしても、すぐに使ってもらえるわけではない。
僕が考えていることを、そのまま理解してもらうことも難しかった。
だから、まずは自分が覚えるしかなかった。
専用の部屋に入り、パソコンの前に座る。
写真を取り込む。
資料を整理する。
うまく動かなければ、別の方法を試す。
失敗しても、また最初からやり直す。
あの部屋がなかったら、そこまで集中して勉強することはなかったと思う。
暮らしているのは田舎だった。
周囲と同じ流れの中で過ごしていれば、新しいものをわざわざ調べる必要もなかったかもしれない。
けれど、部屋の扉を閉めてパソコンに向かうと、外の世界とつながることができた。
これから何が始まるのか。
パソコンで何ができるようになるのか。
仕事はどう変わっていくのか。
僕はその部屋で、そんなことを考えていた。
その頃から僕の中には、
「これから来る時代に、何とかついていきたい」
という思いがあった。
いや、ただついていくだけではなかった。
できれば少し先へ行きたかった。
しかし、現実の仕事は簡単には変わらなかった。
新しい方法を試しても、忙しくなれば今までのやり方に戻る。
せっかく覚えたことも、実際の仕事で使う機会がなければ、いつの間にか使わなくなってしまう。
それでも僕は、パソコンから離れなかった。
少しずつでも触り続けた。
新しい機械が出れば興味を持った。
新しいソフトが出れば、とりあえず試してみた。
そして時代が進み、Evernoteと出会った。
写真も、図面も、資料も、メモも、一つの場所へ集めることができる。
かつて専用の部屋で思い描いていたことが、ようやく形になるかもしれない。
僕は、そう感じたのだと思う。
だから、なんでもEvernoteへ入れた。
整理の仕方が決まっていなくても、まず保存した。
いつか仕事に使える。
いつか会社の財産になる。
いつか誰かに引き継げる。
そんな期待を持っていた。
十年以上が過ぎた今、残された記録を見返してみる。
そこに保存されていたのは、仕事の資料だけではなかった。
母親と叔父と一緒に働いていた時間。
昔ながらの仕事と、新しい方法の間で迷っていた自分。
誰にも答えを教えてもらえないまま、専用の部屋で試行錯誤していた日々。
Evernoteの中には、そんな時間まで一緒に残っていた。
あの頃の僕は、仕事を変えようとしていた。
けれど本当は、未来に消えてしまうかもしれないものを、必死に残そうとしていたのかもしれない。
「この部屋で、パソコンを触り始めたのは、Evernoteよりもずっと前やったな」
僕がそう言うと、チャッキーが答えた。
「その頃のことも、もう少し聞かせてください」
自分で組み立てたパソコン。
Windows 95。
電話回線を使って、少しずつ外の世界につながっていった時代。
Evernoteへたどり着くよりも前に、僕の中では、もう一つの物語が始まっていた。
