DECKY ARCHIVE 第10話 最初のノートは、Evernoteからの「ようこそ」だった
本当は、第9話の続きを書こうと思っていた。
その先には、会社が大変な状況になった頃の話がある。
僕にとっては間違いなく人生の一部であり、いつかはきちんと残しておきたい出来事でもある。
ただ、今はまだ少し生々しすぎる。
関係する人もおるし、あまり時間も経っていない。
事実をそのまま書けば、誰かを傷つけてしまうかもしれない。
だから、その話はいったん置いておくことにした。
書かないということではない。
もう少し時間が経ち、自分の中でも整理できた時に、改めて向き合えばええと思っている。
そこで僕は、もう一度Evernoteの中へ戻ることにした。
今回、Evernoteに残っていたノートを、作成日の古い順に並べてみた。
最初に出てきた日付は、2013年10月22日。
タイトルは、
「はじめに」
だった。
最初に一覧を見た時、僕は自分が何か決意のような文章を書いたのかと思った。
Evernoteを使い始めるにあたって、
「これからここに、自分の記録を残していこう」
そんなことを書いたのかもしれないと思った。
ところが、実際にノートを開いてみると違った。
そこに書かれていたのは、
「Evernoteへようこそ」
という、Evernoteからの案内だった。
新しいノートを作る。
写真を撮って保存する。
書類やWebページを残す。
パソコンやスマートフォンから、いつでも同じノートを見る。
今では当たり前のように使っている機能も、当時の僕には新しいものだったのだと思う。
まだその時、Evernoteの中には僕自身の思い出はほとんど入っていなかった。
あるのは、使い方を説明する案内と、登録したプロフィールくらいだった。
プロフィールには、自分の名前とメールアドレスだけが記録されていた。
それも今見ると、ずいぶん簡単なものだった。
けれど、その何も入っていなかった場所に、数日後から少しずつ僕の仕事が残り始める。
実質的な最初の仕事記録は、あるお客さんのエアコン工事だった。
ノートの中には、短い言葉だけが並んでいた。
エアコン。
離れ。
屋内スリムダクト。
電源回路増設。
文章と呼べるほどのものではない。
屋内スリムダクトとは、エアコンの配管をカバーして、室内をきれいに仕上げるための部材のこと。
電源回路増設は、エアコンを使うための専用電源を新しく設ける工事である。
今見ると、説明も写真もほとんどない。
けれど、当時の僕にはこれだけで十分やったんやと思う。
お客さんの名前と、工事の内容。
それだけ見れば、どの現場で、何をしたのかが分かった。
どんな家だったのか。
その日、どんな話をしたのか。
暑い日だったのか。
それとも、少し涼しくなり始めた秋の日だったのか。
そこまでは残っていない。
それでも、その短い記録は確かに、2013年10月の僕が仕事をしていた証拠だった。
その数日後には、別の仕事も残っていた。
タイトルは、ある現場の名前。
その下に書かれていたのは、
「蛍光灯取替え」
それだけだった。
今の感覚で見れば、あまりにも簡単な記録である。
けれど当時の僕には、現場名と作業内容の一言があれば、それで十分だったのだと思う。
エアコン工事。
電源回路の増設。
蛍光灯の取替え。
短い言葉ではあるけれど、その一つ一つが、僕が毎日向き合っていた仕事だった。
Evernoteは、最初から思い出を書くための場所ではなかった。
現場を忘れないため。
次にすることを間違えないため。
仕事の内容を、頭の中だけに置いておかないため。
僕にとってEvernoteは、仕事を支えるもう一つの記憶として始まったのだと思う。
当時は、この記録が十年以上残るなんて考えていなかった。
ただ、その日の仕事を忘れないために書いただけだった。
けれど今、古いノートを開いてみると、その短い一行一行から、当時の自分が少しずつ見えてくる。
毎日現場へ行き、修理をし、工事をし、次の仕事へ向かっていた僕。
長い文章は残っていない。
気持ちを書いた日記でもない。
それでも、そこには確かに僕の時間が残っている。
Evernoteから届いた、
「ようこそ」
という一つの案内。
何も入っていなかったその場所は、やがて僕の仕事で埋まっていった。
そして十年以上たった今、その小さな仕事のメモが、僕自身の人生を振り返る入口になっている。
最後の一言
最初は、Evernoteからの「ようこそ」だった。
そこから少しずつ、僕の時間が記録され始めた。
