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三人の息子、それぞれの春|DECKY ARCHIVE 第23話


2016年の春。

長男のかずきを広島へ送り届け、僕たちは家族だけで三重へ帰ってきた。

ステップワゴンの中には、行きには座っていたはずのかずきの姿がなかった。

大学へ進学したのだから、喜ばしいことだった。

それでも、家族が一人減った車内は、少し広く感じた。

家へ帰れば、今度はこうようとまっきーの新しい生活が待っていた。

長男は大学生。

次男は高校生。

三男は中学生。

三人の息子が、それぞれ違う場所へ進み始めた春だった。





学校へ行けない日も、塾には通った

理数系が得意だったこうよう

こうようは、中学3年生の一年間、受験に向けて一生懸命勉強していたと思う。

もともと理数系が得意な子だった。

数学や理科については、かなりできる方だったんじゃないかと思う。

そこは、たぶん僕に似たんやろなと思っている。

僕自身も、学生の頃は理数系が好きだったし、比較的得意だった。

三人の息子の中でも、理数系については、こうようが一番だったかもしれない。

ただ、中学生の頃のこうようには、心配なこともあった。

お腹が痛くなったり、どこか体調が悪くなったりして、学校へ行けなくなることがあった。

本当に体の調子が悪かったのか、気持ちの面も関係していたのか、今でもはっきりとは分からない。

長い時には、一週間ほど学校を休むこともあった。

親としては、本当に心配だった。

このまま学校へ行けなくなったらどうしよう。

勉強は遅れないだろうか。

高校受験は大丈夫だろうか。

そんなことを、何度も考えた。

こうようを支えてくれた塾の先生

ところが、不思議なことに、学校へ行けない日でも、塾には行こうとした。

学校は休んでも、塾だけは行く。

それくらい、こうようにとって、塾は特別な場所だったのだと思う。

塾の先生も、こうようのことをよく見てくれていた。

勉強を教えるだけではなく、こうようが通い続けられるように、いろいろと声をかけてくれていたんじゃないかと思う。

あの頃のこうようを支えてくれた塾の先生には、今でも感謝している。

学校へ行けないことがあっても、勉強することまでは諦めなかった。

それを続けたことで、こうようは少しずつ、自分の弱さを乗り越えていったのだと思う。





ぎりぎりに見えた松阪高校合格

かずきとは違う高校を選んだ

高校受験では、滑り止めとして私立高校も受験した。

詳しい学校名やコースまでは記憶が曖昧だが、受験した学校には合格し、特進コースにも合格していたように思う。

あとは、どの県立高校を選ぶかだった。

長男のかずきと同じ伊勢高校へ進むことも考えた。

ただ、こうようの性格を考えると、松阪高校の方が合っているんじゃないかという気持ちがあった。

こうようは、友達を作るのは上手だったが、普段は物静かで、自分のことをあまり話さない。

何かを大げさに表現するというより、淡々と自分のすることを進めていく子だった。

そんなこうようには、松阪高校の雰囲気が合うように思えた。

そして、こうようは松阪高校を受験した。

僕がした自己採点

試験が終わったあと、僕が一緒に自己採点をした。

僕は少し厳しめに採点していたこともあり、計算した点数は、本当に合格できるかどうか、ぎりぎりのところだった。

「これ、大丈夫なんかな」

正直、少し心配になった。

一緒に受験した友達も、こうようとそれほど点数は変わらなかったと思う。

しかし、結果は分かれた。

その友達は残念ながら合格できず、こうようは松阪高校に合格した。

本当に、ぎりぎり滑り込んだような合格だったのかもしれない。

ただ、こうようには、昔から不思議と運がある。

何かをするときでも、最後にはうまい具合に話がまとまる。

危なそうに見えても、最後のところでちゃんと結果を出す。

松阪高校への合格も、そんなこうようらしい出来事だった。

もちろん、運だけではない。

学校へ行けない日があっても塾へ通い、勉強を続けてきた。

その積み重ねがあったからこその合格だった。





高校合格で手にしたスマートフォン

中学校までは持たせない方針

高校入学に合わせて、こうようには初めてスマートフォンを持たせた。

うちでは、息子たちに中学校を卒業するまでスマートフォンを持たせない方針だった。

中学校までは義務教育である。

親には、子どもを学校へ行かせ、しっかり勉強させる責任がある。

僕はそう考えていた。

スマートフォンがあれば便利だということは分かっていた。

友達との連絡にも必要だっただろうし、周りにはすでに持っている子も多かったと思う。

それでも、

「中学校までは、スマートフォンはいらんやろ」

というのが、僕の考えだった。

まずは学校へ行き、勉強する。

高校へ合格し、自分の進む道が決まってから持てばいい。

息子たちには、そうしてきた。

だから、こうようにとって、高校合格とスマートフォンは、一つの区切りだった。

ようやく自分のスマートフォンを持てることを、楽しみにしていたと思う。

家では物静か、学校では友達に囲まれた

高校の制服はブレザーではなく、学ランだった。

中学校から大きく変わったようには見えなかったが、本人の気持ちは違ったのだろう。

新しい学校。

新しい友達。

そして、初めてのスマートフォン。

こうようの高校生活が始まった。

友達を作るのが上手な子だったので、高校でもすぐに多くの友達ができた。

家では物静かで、何を考えているのか分からないこともあったが、外では自然に人が集まってくる。

そういうところは、こうようの長所だった。

かずきが広島へ行ったことで、家にいる兄弟の中では、こうようが一番上になった。

ただ、急に兄らしく振る舞うようになったわけではない。

こうようは、こうようのままだった。

いつもどおり物静かで、淡々としていた。

それでも、家の中での立場は、少しずつ変わっていったのだと思う。





小学校最後の思い出

父親が走り回ったクリスマス会

一方、三男のまっきーも、小学校を卒業して中学生になった。

小学6年生の年には、僕がPTA会長をしていた。

僕が総会で突然、

「今年はクリスマスパーティーをします」

と発表し、そこから準備が始まった。

地域の人たちに協力をお願いし、募金を集め、約2,000本のペットボトルを使って、大きなクリスマスツリーを作った。

そして、小学校の体育館で、大勢の子どもたちや保護者と一緒にクリスマスパーティーを開いた。

僕にとっても、忘れられない一年だった。

まっきー本人が、あのクリスマス会をどのように感じていたのか、当時は詳しく聞かなかった。

父親がPTA会長で、学校の中を走り回っていたことを、どう思っていたのかも分からない。

それでも、小学校最後の一年の思い出の一つにはなったと思う。

少なくとも、楽しい時間ではあったんじゃないかなと思っている。

小学校を卒業し、中学校へ進むまっきーは、少しお兄ちゃんになったような気分だったかもしれない。

ただ、勉強については、中学校へ入る前から準備が始まっていた。




誘った女の子が先に辞めた塾

小学5年生から始まった塾通い

もともと僕は、まっきーも中学校へ入ったら、兄たちが通っていた塾へ行かせるつもりだった。

ところが、まっきーは小学5年生の時から、その塾へ通うことになった。

きっかけは、同級生の女の子だった。

その子は、自分のお兄ちゃんが通っていた塾のことを知っていたのだと思う。

そして、まっきーに、

「一緒に塾へ行こう」

と誘った。

まっきーも、その気になった。

僕は、塾へ行きたいと言うまっきーに、一つだけ条件を出した。

「途中で絶対に辞めへんのやったら、行ってもええよ」

小学5年生から塾へ通えば、それだけ長く通うことになる。

塾は遊びに行く場所ではない。

行くと決めたのなら、途中で嫌になったからといって、簡単に辞めさせるつもりはなかった。

お金がかかることについては、特に気にしていなかった。

子どもの勉強に必要なお金なら、出してやればいい。

それよりも、本人が最後まで続けることの方が大切だった。

まっきーは、その条件を受け入れた。

誘われたまっきーが最後まで残った

ところが、少し笑える展開になった。

まっきーを塾へ誘った女の子の方が、塾の厳しさに耐えられず、先に辞めてしまった。

誘った子が先に辞めて、誘われたまっきーが残った。

今思い返すと、少しネタのような話だった。

それでも、まっきーは僕との約束を守った。

小学5年生から始めた塾を、小学校を卒業しても辞めず、中学校へ入ってからも通い続けた。

末っ子で、普段は甘やかして育てたところもあったが、決めたことは意外と続ける子だった。




かわいかった末っ子も中学生に

少し大きめの学ラン

当時のまっきーは、少しぽっちゃりしていて、体も大きかった。

中学校の制服も少し大きめだったと思うが、着てみると、それなりに似合っていた。

制服を新しく買ったのか、兄たちのお下がりを使ったのか、そのあたりの記憶は、今となっては少し曖昧である。

ただ、学ランを着たまっきーを見て、

「この子も、もう中学生なんやな」

と思ったことは覚えている。

「CMに出したらええのに」

まっきーは三人兄弟の末っ子だった。

僕にとっても、りえにとっても、やはり末っ子はいつまでも小さく見えた。

子どもの頃から、かわいくて、ずいぶん甘やかしたと思う。

家族だけではなく、近所の人たちからも、本当にかわいがってもらった。

近所のスーパーのおばちゃんにも、赤ちゃんの頃からよくかわいがってもらっていた。

あまりにもかわいいので、

「この子、CMに出したらええのにな」

と言われたこともあった。

親ばかと言われるかもしれないが、僕もそのくらいかわいいと思っていた。

そんなまっきーが、学ランを着て中学校へ入学した。

大きくなったなと思う一方で、僕の中では、まだまだ小さな末っ子のままだった。




三人が別々の道へ進んだ春

2016年の春。

かずきは、広島で大学生活を始めた。

こうようは、松阪高校へ入学した。

まっきーは、中学生になった。

三人の息子が、同じ春にそれぞれ新しい環境へ進んだ。

それまで、三人が家にいることが当たり前だった。

けれど、かずきが家を出たことで、家族の形は少しずつ変わり始めた。

こうようは、家にいる兄弟の中で一番上になった。

まっきーは、小学生ではなくなった。

そして僕たち夫婦も、三人の息子を育てる親として、次の段階へ進んでいったのだと思う。

子どもたちは、親が気づかないところで成長していく。

心配したこともあった。

厳しくしたこともあった。

甘やかしたこともあった。

それでも、それぞれが自分なりの道を見つけ、少しずつ前へ進んでいた。

三人の息子、それぞれの春。

寂しさと、うれしさと、少しの心配が重なった、忘れられない春だった。

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