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「何気ない一日が、ありがたい。」

昨日は朝早く目が覚めた。

時計を見ると5時30分。

外はもう明るいのに、山の下の方まで霧が降りていて真っ白だった。

いつものように歩き始める。

まだ早い時間なのに、もう何人かが動き出している。

「みんな早いな」

そう思いながら歩いていると、健の家の前に見慣れないオレンジ色の軽トラックが停まっていた。

「あっ、健が言っていたやつか」

納車されたんやな。

なかなか格好いい。

もちろん、この時間だから健はまだ寝ているだろう。

道路にもほとんど車は走っていない。

静かな朝。

まるで阿曽の中を僕ひとりだけで歩いているような気分だった。

両親の墓にも手を合わせた。

車も少なく、風も穏やか。

なんとも気持ちのいい朝だった。

家へ帰ると、まだりえは起きていない。

少し早すぎたので、Netflixでも見ることにした。

しばらくすると、りえが起きてきた。

「朝パンできたよ」

そう言われて席につく。

そう、我が家は最近ずっと朝パンだ。

僕が病気をしてから、なぜか朝はパンになった。

理由は簡単。

僕の趣味がコーヒーになったからだ。

ご飯よりパンの方がコーヒーに合う。

それだけの理由である。

だから最近は「朝ごはん」ではなく、「朝パン」と呼んでいる(笑)。

サラダとパン。

そして薬。

コーヒーだけは僕の担当だ。

一応、資格も持っている。

今日もコーヒーを淹れて、一日が始まる。

朝パンを食べ終え、またNetflixの続きを見ていると宅配便が届いた。

りえが箱を持ってきて言った。

「みさとちゃんからやよ」

ん?

なんやろう。

開けてみると父の日のプレゼントだった。

それもコーヒー。

僕が最近コーヒーに凝っていることを知って選んでくれたらしい。

箱を開けた瞬間、思わず顔がほころんだ。

手に取ると、まだ封の閉じられたコーヒーの香りがほんのり漂ってきて、その温かい気持ちまで一緒に届いたような気がした。

去年の父の日。

僕は脳出血で倒れた。

父の日どころではなかった。

あとから「父の日やったな」と思い出したくらいだった。

だから今年は違う。

ちゃんと受け取ることができた。

その当たり前のことが、胸の奥にじんわりと染みた。

去年は病室の天井ばかり見ていた時期だった。

こうして家で荷物を受け取り、娘が選んでくれたプレゼントを手にしている。

そんな何気ない光景が、妙にありがたく感じられた。

それだけで嬉しかった。

考えてみると、息子が3人いるけれど、父の日のプレゼントなんてほとんどもらった記憶がない。

でも娘ができると少し違う。

気を使わせてしまっているなと思いながらも、本当にありがたかった。

すぐにLINEでお礼を送った。

かずきにもお礼を伝えた。

正直なところ、こういう気遣いをかずきが思いつくとは少し思えないけれど(笑)。

まあ、それも含めてありがたい。

もし孫なんかできたらどうなるんやろう。

たぶん、おもちゃやら何やらいっぱい買ってしまう気がする。

子どもたちには結構厳しかったのに、不思議なもんやな。

きっと甘やかしてしまうんやろなと思う。

お昼を食べた後はCAPRI LAB.へ。

まずはCapriccioの下請け仕事。

アイスコーヒーを作る。

自分で言うのもなんだが、やっぱり美味い。

さて、お客さんを待つ。

Capriccioには次々とお客さんが来る。

でもCAPRI LAB.はゼロ。

まあ、いつものことだ。

そんな時だった。

聞き覚えのある声がした。

あきこが大阪から寄ってくれた。

久しぶりだった。

懐かしい話をした。

桂の話もした。

「あの人は元気なん?」

そんな話をしながら笑う。

あきこはソフトクリームを食べて帰っていった。

さて。

このままでは今日もコーヒーを一杯も出さずに終わる。

「奥野くんでも呼ぶか」

そう思った瞬間だった。

連絡する前に本人が現れた。

こんな偶然がたまにある。

そして、ちかぴょんも来てくれた。

それなら健も呼ぼう。

本当は2席しかないCAPRI LAB.だけど、今日は特別だ。

3人でもええやろ。

いつものように、どうでもいい話をして笑った。

真面目な話もした気がするけれど、たぶん半分以上はアホみたいな話だったと思う。

でも、それがいい。

そんな時間が心地いい。

気がつけば夕方になっていた。

そろそろ閉めようかと思った時だった。

東屋に懐かしい顔が見えた。

母の友達が2人来てくれた。

「久しぶりやなぁ」

そこから30分ほど話をした。

母のこと。

父のこと。

昔のこと。

僕が知らなかった話まで聞かせてもらった。

そして何度も僕の身体を心配してくれた。

その優しさが嬉しかった。

話を聞いているうちに、不思議な気持ちになった。

母はもういない。

父もいない。

それはわかっている。

でも、その2人と話していると、まるで母がまだどこかで見守ってくれているような気がした。

母の名前が出るたびに、昔の姿がふっと頭に浮かぶ。

母は台所に立つというより、アジサイ焼きを作ったり、あじさいの道の手入れをしたりしていることが多かった。

今ではASOBINOがある場所だが、当時は「あじさいの道」と呼ばれていた。

それに電気屋の店番もしていた。

いつも忙しそうに動き回っていた姿を思い出す。

もう何年も前のことなのに、その記憶だけは驚くほど鮮明だった。

僕が病気になってから一年。

心配をかけてばかりだ。

それでもこうして気にかけてくれる人がいる。

母が残してくれた縁なのかもしれない。

そう思うと、胸の奥が少し熱くなった。

母がいた頃と同じように、

「無理したらあかんよ」

そんな声が聞こえてくるようだった。

実際に聞こえるはずはないのに、その言葉だけは風に乗って耳元まで届いた気がした。

ふと見ると、りえが店を閉め始めていた。

「そろそろ帰るよ」

そんな時間になっていた。

昨日は特別なことがあったわけではない。

大きな出来事もなかった。

でも朝から晩まで、たくさんの人と話した。

笑った。

懐かしんだ。

心配してもらった。

去年の今頃は、生きているかどうかもわからなかった。

父の日のプレゼントを受け取ることもなかった。

友達と笑うことも、母の思い出話を聞くこともなかったかもしれない。

だから思う。

幸せというのは、大きな出来事じゃないのかもしれない。

誰かが会いに来てくれること。

元気かと声をかけてくれること。

そして亡くなった両親を思い出しながら、「今日も生きていてよかった」と思えること。

それだけで十分なのだと思う。

帰り道、少しだけ空を見上げた。

霧に包まれていた朝の山は、もうすっかり姿を見せていた。

きっと母も父も、

「今日はええ一日やったな」

そう笑っている気がした。

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