技術の変化に置いていかれないために――CATV技術者として学び続けた冬|DECKY ARCHIVE 第26話
2016年の年末から、2017年の年明けにかけて、僕の予定表には「CATV更新レポート」という記録が何度も残っている。
最初にこの記録を見た時は、どこかの現場について提出した報告書なのかと思った。
でも、そうではなかった。
これは、僕が持っていたCATV技術者資格を更新するためのものだった。
CATVとは、ケーブルテレビのことだ。
今ではテレビ放送だけではなく、インターネットや電話など、さまざまな通信サービスにも関わっている。
僕にとってCATVの資格は、一度取って終わりの資格ではなかった。
名古屋で働いていた若い頃から、地元へ戻って会社の仕事をするようになってからも、ずっと技術者としての自分を支えてきた資格だった。
名古屋で始まったCATVとの関わり
僕が最初にCATV技術者の資格を取ったのは、名古屋の会社で働いていた頃だった。
その会社では、共同アンテナ設備などの仕事もしていた。
共同アンテナとは、一つの大きなアンテナで受信したテレビ電波を、複数の住宅や建物へ分けて届ける設備のことだ。
仕事を続けるうちに、僕は思うようになった。
「この仕事をするなら、CATVのことを、きちんと勉強しておいた方がええな」
現場では、先輩の仕事を見ながら覚えていく。
ケーブルのつなぎ方や、機器の取り付け方、電波の調整方法など、実際に作業をしながら身につけることは多かった。
でも、現場だけでは分からないこともある。
なぜ、この機器が必要なのか。
なぜ、この配線方法にするのか。
なぜ、電波が弱くなったり、テレビの映りが悪くなったりするのか。
そうした仕組みや理論について、もっと知っておきたいと思った。
そこで僕は、当時の社長に無理を言って、第2級CATV技術者の講習と試験を受けに行かせてもらった。
すぐに必要な資格ではなかったかもしれない。
それでも、共同アンテナやテレビ受信設備の仕事に関わる以上、持っておいて損はないと思った。

第2級CATV技術者への挑戦
第2級の資格は、確か一日ほど講習を受け、その後に試験があったように覚えている。
細かな内容までは、もうはっきり覚えていない。
それでも、講習を受けて試験に挑み、無事に資格を取れたことは覚えている。
まだ若かった僕にとって、資格を一つ取れたことは大きな自信になった。
現場で何となく覚えていたことが、講習を受けることで頭の中でつながっていった。
普段から見ていた設備にも、一つ一つ理由がある。
機器の役割。
信号が流れる仕組み。
電波が弱くなる原因。
工事で守らなければならない決まり。
資格の勉強をすることで、同じ現場を見ても、以前とは少し違って見えるようになった。
ただ、僕は第2級を取ったところで満足しなかった。
どうせなら、その上の第1級まで取りたい。
せっかくCATVの仕事に関わるなら、もっと深く勉強したいと思った。
どうせなら、第1級まで取りたい
第1級CATV技術者の講習は、第2級よりも長かった。
確か四日間ほど講習を受け、その後に試験があったように覚えている。
一緒に誰が受けに行ったのか。
どこで受講したのか。
その辺りの細かな記憶は、もう曖昧になっている。
それでも、何日も講習を受け、最後に試験に挑んだことは覚えている。
仕事を休んで受講したはずだ。
覚えなければならないことも多かったと思う。
それでも僕は、無事に第1級CATV技術者の資格を取ることができた。
僕は昔から、ただ資格の数を増やしたいと思っていたわけではない。
仕事に関係する資格なら、できる限り上まで勉強しておきたいと思う方だった。
もちろん、資格を持っているだけで、現場が上手に収まるわけではない。
建物の構造は、一軒一軒違う。
配線を通せる場所も違う。
使われている機器も違う。
お客さんの使い方も、それぞれ違う。
図面通りにいかないことも多い。
現場では、その場で考えて判断し、最後まで仕事を収める力が必要になる。
それでも、基礎となる知識がなければ、正しい判断はできない。
資格の勉強は、現場で判断するための土台になっていた。

テレビだけではない時代へ
僕がCATVの資格を取り始めた頃、仕事の中心はテレビ放送や共同アンテナだった。
アンテナでテレビ電波を受信し、それを各家庭へ届ける。
同軸ケーブルを引き、テレビがきれいに映るように調整する。
同軸ケーブルとは、テレビのアンテナ線などに使われるケーブルのことだ。
しかし、その後、CATVの世界は大きく変わっていった。
テレビだけではなく、インターネットや電話などの通信サービスも扱うようになった。
ブロードバンドという言葉も、当たり前のように使われるようになった。
ブロードバンドとは、大容量の情報を高速で送受信できる通信回線のことだ。
さらに、同軸ケーブルだけでなく、光ファイバーも広がっていった。
もともとはテレビを映すための設備だったものが、家庭と社会をつなぐ通信インフラへと変わっていった。
インフラとは、暮らしや社会を支える基盤となる設備のことだ。
僕も、その変化に合わせてブロードバンドについて勉強した。
そして現在は、CATV総合監理技術者という資格を持っている。
第1級CATV技術者を持っていたことを土台にして、通信やブロードバンドについても学び、今の資格へつながっていったのだと思う。
ただ、2016年から2017年に更新した時点で、すでに「CATV総合監理技術者」という名称になっていたのか、それともまだ「第1級CATV技術者」だったのかは、今の記憶だけでは断定できない。
当時の資格者証や更新案内が見つかれば、はっきりすると思う。
それでも間違いなく言えるのは、僕が長い間CATVの資格を持ち続け、技術の変化に合わせて更新を重ねてきたということだった。
五年に一度、自分の知識も更新する
CATV技術者の資格には、有効期限があった。
確か五年に一度、更新のための講習や手続きが必要だった。
僕は資格を取ってから、その更新を毎回続けてきた。
一度資格を取ったからといって、最初に覚えた知識だけで、いつまでも仕事ができるわけではない。
機器は変わる。
通信方式も変わる。
工事の方法も変わる。
安全に対する考え方や、守らなければならない規則も変わっていく。
資格の更新は、資格証の期限を延ばすだけのものではなかった。
新しい技術を学び直す機会でもあった。
2016年12月から2017年1月にかけて、予定表に何度も残っていた「CATV更新レポート」も、その資格更新に関係するものだった。
資格講習を受け、その受講証明を提出する。
おそらく、更新に必要な課題や手続きにも取り組んでいたのだと思う。
2017年1月27日には、レポートの締切も記録されている。
年末年始の忙しい時期に、普段の現場仕事をしながら、資格更新の準備もしていた。
昼間は工事に出る。
会社へ戻れば、次の日の段取りをする。
お客さんからの連絡にも対応する。
元請け業者との打ち合わせもある。
会社の経営についても考えなければならない。
その合間に講習を受け、必要な書類をそろえ、期限までに提出する。
仕事が終わっても、仕事は終わらなかった。

資格が仕事をしてくれるわけではない
資格を持っているからといって、それだけで仕事ができるわけではない。
資格証を見せれば、壊れたテレビが直るわけでもない。
光ファイバーがつながるわけでもない。
現場では、結局、自分で考えて動かなければならない。
それでも資格は必要だった。
仕事を任せてもらう条件になることもある。
会社として、技術力を示す材料にもなる。
そして何より、自分たちが扱っている設備について、正しい知識を持っていることの証明になる。
僕は、資格を飾りとして持っていたわけではない。
仕事を続けるために必要だった。
会社を守るためにも必要だった。
一緒に働く仲間へ仕事をつないでいくためにも、自分が取れる資格は取っておかなければならなかった。
2016年12月19日には、商工会で経営相談をした記録も残っている。
現場だけを見ていればよい立場ではなかった。
仕事を取ること。
会社を動かすこと。
人を育てること。
お金を考えること。
元請け業者との関係を保つこと。
そして、自分自身の資格を維持すること。
経営者でありながら、技術者でもあり続けなければならなかった。
名古屋時代から続いてきたもの
名古屋で第2級CATV技術者を取った頃、僕はまだ若かった。
その後、第1級へ挑戦した。
さらに、通信やブロードバンドについて学び、現在の資格へつながっていった。
資格の名称や制度は変わっても、僕が続けてきたことは変わらない。
仕事に必要なことを学ぶ。
新しい技術が出てきたら、もう一度勉強する。
分からないことがあれば、そのままにしない。
資格を取ったから終わりではなく、現場に立つ限り学び続ける。
2016年から2017年にかけての更新は、その長い積み重ねの中の一回だった。
予定表には、ただ「CATV更新レポート」とだけ残っている。
けれど、その短い言葉の裏には、名古屋時代から続いてきた僕の技術者としての歩みがあった。
資格を更新するということは、資格証の期限を延ばすことだけではない。
自分の知識を、時代に合わせて更新することでもある。
技術の変化に置いていかれないために。
これからも現場に立ち続けるために。
僕は、仕事をしながら学び続けてきた。
あの冬も。
それまでの長い年月も。
そして、今も。

