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DECKY ARCHIVE 第11話 Evernoteは、僕の頭の中にある仕事場だった


第10話で見つけたのは、Evernoteを使い始めた頃の、ほんの短い仕事の記録だった。

最初は、

「エアコン」

「蛍光灯取替え」

そんな一言だけのメモだった。

ところが、その先へ進んでみると、ノートの数は一気に増えていた。

2014年1月。

一覧には、ほぼ毎日のように仕事の記録が並んでいる。

テレビが映らない。

インターネットにつながらない。

照明を取り付ける。

洗濯機を配達する。

換気扇を取り替える。

エアコンを掃除する。

パソコンを初期設定する。

防災無線を見に行く。

学校のマイクを調べる。

一言で電気屋と言っても、仕事の内容は本当にさまざまだった。

今、一覧を見返してみると、

「こんなにいろいろな仕事をしとったんやな」

と、自分でも驚く。

朝から一軒目の現場へ行き、終わったら次の現場へ向かう。

部品が必要なら店へ戻り、電話が入れば予定を組み替える。

その合間にも、

「テレビが急に映らんようになった」

「インターネットを見てほしい」

「ポンプの電源が入らん」

「カラオケの機械、まだ使えるやろか」

そんな相談が入ってくる。

大きな工事だけが仕事ではなかった。

テレビの移動。

壁掛けテレビの取り外し。

パソコンの移動。

冷蔵庫の配達。

洗面所の換気扇の点検。

納屋の照明スイッチの修理。

地域の人から声を掛けてもらえば、できる限り見に行った。

今でいう便利屋のような部分もあったのかもしれない。

けれど、僕の中では、どれも電気屋としての大切な仕事だった。

一覧の中には、作業内容だけではなく、短い伝言も残っている。

「4時過ぎに帰宅」

「いつでもよい。電話する」

「部品入荷済み」

「時間連絡」

「この日以外なら、いつでもよい」

ほんの数文字の記録である。

それでも、当時の僕にはそれで十分だった。

その言葉を見れば、誰に電話をすればいいのか、いつ訪問すればいいのか、何を持っていけばいいのかが分かった。

例えば、

「洗濯機修理 水位センサー入荷済み」

と書いてあれば、

部品はもう準備できている。

あとはお客さんと時間を合わせて、修理に行けばいい。

「床暖房と温水器の電源が入らない。雷からかもしれない」

とあれば、

普通の故障だけではなく、雷の影響も考えて調べる必要がある。

「カラオケ機械、使えるか見てほしい」

という記録も残っていた。

今見ると、少し笑ってしまうような内容である。

けれど、相談した人にとっては大事なことだったのだと思う。

歌うことを楽しみにしていたのかもしれない。

地域の集まりで使いたかったのかもしれない。

短い記録の向こうには、その人の生活があった。

当時のEvernoteには、お客さんの名前と作業内容をそのまま書いていた。

今なら、個人情報の扱いにも、もっと注意すると思う。

住所や契約内容、訪問時間まで入っている記録もある。

その頃は、自分だけが見る仕事用のメモという感覚が強かった。

まさか十年以上たってから、自分がこうして見返すことになるとは思ってもいなかった。

もちろん、この連載の中で、お客さんの名前や詳しい住所を出すつもりはない。

ここで残したいのは、誰の家へ行ったかではなく、当時の僕がどんな仕事をしていたのかということだからである。

一覧を眺めていると、テレビやインターネット関係の仕事が多いことにも気づく。

テレビの受信不良。

ケーブル機器の交換。

引込線の工事。

インターネットの接続調査。

無線LANの設定。

今では家庭のインターネットは当たり前になった。

けれど当時は、

「急につながらんようになった」

「無線で使えるようにしてほしい」

「パソコンを買ったけど設定が分からん」

という相談が、まだまだ多かった。

電気工事だけではなく、テレビ、家電、パソコン、インターネット。

時代が変わるたびに、電気屋に求められる仕事も少しずつ変わっていた。

僕も、分からないことを調べながら対応していたのだと思う。

Evernoteの記録は、きれいに整理された顧客管理表ではない。

文章の書き方も統一されていない。

名前だけのノートもある。

写真だけのノートもある。

同じ内容が二つ残っていることもある。

「ノートの競合」と書かれたものまであった。

競合とは、同じノートを別の端末で編集した時などに、内容が二つに分かれてしまうことをいう。

当時はパソコンとスマートフォンの両方から使っていたため、うまく同期できないこともあったのだろう。

今見ると、ずいぶん雑な使い方にも見える。

けれど、その雑さも含めて、当時の僕の仕事のやり方だった。

仕事の電話を受けたら、すぐにEvernoteへ入れる。

現場で写真を撮ったら、そのまま保存する。

後から必要になりそうな内容は、短くても残しておく。

頭の中だけで覚えようとしない。

そうやって、少しずつ自分なりの使い方ができていったのだと思う。

予定表でもある。

顧客台帳でもある。

作業指示書でもある。

写真帳でもある。

そして、やらなければならないことを忘れないための備忘録でもあった。

備忘録とは、忘れないように書き残しておくメモのことである。

今振り返ると、Evernoteは僕の頭の中にある、もう一つの仕事場だった。

一日の予定が並び、現場の情報が置かれ、まだ終わっていない仕事が残っている。

ノートを開けば、その日の仕事が動き始める。

2014年の僕は、そんな感覚で使っていたのかもしれない。

当時は、毎日の仕事をこなすことに必死だった。

一つ仕事が終われば、また次の仕事。

振り返る余裕など、ほとんどなかったと思う。

けれど十年以上たった今、短い仕事メモを見ていると、その頃の自分の姿が浮かんでくる。

道具を積んだ車で地域を走り回っていた僕。

テレビが映れば安心し、インターネットがつながればほっとする。

修理が終わって、お客さんから、

「助かったわ」

と言ってもらえれば、それでよかった。

記録に残っているのは、たった一行かもしれない。

けれど、その一行の裏には、現場まで走った時間があり、作業した手があり、お客さんとの会話がある。

Evernoteに残っていたのは、仕事の予定だけではなかった。

そこには、地域の人に頼ってもらいながら働いていた、あの頃の僕の毎日が残っていた。

最後の一言

Evernoteは、予定を忘れないための道具だった。

けれど今見ると、そこには仕事だけではなく、当時の僕の生き方まで残っている。

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