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錦峠を歩いて人を捜した日――消防団のもう一つの役割 DECKY ARCHIVE 第29話

消防団というと、火事の時に出動する姿を思い浮かべる人が多いと思う。

もちろん、それが一番大きな役割だった。

火災が起きれば、仕事を止めて現場へ向かう。
夜中でも、雨の日でも関係ない。

けれど、消防団の仕事は火事だけではなかった。

台風や大雨の警戒。
道路や河川の確認。
地域行事での警備。
そして、時には行方不明になった人を捜すこともあった。

消防団に入っていると、訓練だけでは分からない現場へ呼ばれることがある。

2017年6月25日。

この日は、錦峠で行方不明者の捜索に出た。

火事だけではない消防団の役割

消防団は、火を消すだけの組織ではなかった。

地域で何かが起きた時、地元を知る人間として動く。

それも消防団の大切な役割だったと思う。

道を知っている。

山を知っている。

川へ降りられる場所や、脇道の先がどこへ続いているかも、地元におるからこそ分かる。

そういう力が必要になるのが、行方不明者の捜索だった。

車はあるのに、人がいない

詳しい経緯は、年月がたって少し曖昧になっている。

たぶん、この時は車が見つかったのに、本人がおらんという話だったと思う。

錦峠では、この時だけでなく、何度か行方不明者の捜索に出た記憶がある。

車だけが残されていた時。

峠道から車が下へ落ちていた時。

年配の男性がいなくなり、山道のどこかで見つかった時。

いくつかの捜索の記憶が、今では少しずつ重なっている。

それでも、この日のカレンダーには、はっきりと記録が残っている。

「消防団行方不明者捜索」

場所は錦峠。

集合場所は大宮中学校のグラウンドだった。

大宮中学校のグラウンドに集まる

僕たちは大宮中学校のグラウンドに集まり、警察の人たちと一緒に捜索へ向かった。

当時の僕は、大紀町消防団の副団長だった。

行方不明者の捜索では、ただ集まって歩けばいいわけではない。

どの場所を誰が捜すのか。

どこまで確認したのか。

危険な場所はないか。

捜索する側が事故に遭わないようにしながら、広い範囲を見て回らなければならない。

現場には、火事の時とはまた違う緊張感があった。

「早う見つかってほしい」

そんな思いを持ちながら、みんなが準備をしていたように思う。

峠道と脇道を歩いて捜した

錦峠は、普段なら車で通り過ぎる道だった。

けれど、人を捜すために歩いてみると、見える景色がまったく違った。

道路の端。

ガードレールの下。

山の斜面。

草が生い茂った脇道。

横へそれる細い道。

普段なら気にも留めない場所が、すべて確認しなければならない場所になる。

「この下へ降りたんやないか」

「この脇道へ入ったんやないか」

そんなことを考えながら、僕たちは峠の前後をかなり歩いた。

道路沿いだけではなく、横へ入る細い道や、山側へ続く脇道にも入った。

舗装された道ばかりではない。

足元の悪い場所もあったし、草木で先が見えにくいところもあった。

何か落ちていないか。

人が通った跡はないか。

斜面の下に何か見えないか。

歩いては立ち止まり、目を凝らし、また歩く。

それを何度も繰り返した。

山の中で人を捜すというのは、本当に大変だった。

探す範囲が決まっているようで、実際にはどこまで行けばいいのか分からない。

本人がどちらへ向かったのかも分からない。

少しでも可能性がある場所は、確認しなければならなかった。


橋の下まで目を凝らした

この捜索で、今も印象に残っている出来事がある。

橋のところで、警察の人が下を確認していた。

行方不明者が橋の下にいないか、かなり身を乗り出して覗き込んでいたのだと思う。

すると、その警察の人は覗き込みすぎて、橋の下へ落ちてしまった。

落ちた先は、水のない川だった。

幸い、大きな事故にはならなかったと記憶している。

今になれば少し驚くような話だけれど、それだけ現場では誰もが必死だったということだと思う。

橋の下も、川底も、斜面も、見落とすわけにはいかなかった。

警察の人も、それだけ真剣に探していたのだろう。

ただ、人を助けるための捜索で、捜している側がけがをしてしまってはいけない。

現場では、探すことと同じくらい、自分たちの安全を守ることも大切だった。


訓練とは違う現場の重さ

消防団の活動というと、どうしても火災現場が目立つ。

けれど、実際には、こうした行方不明者の捜索にも出る。

地域で誰かがいなくなった時、地元の道や山を知っている消防団員の力が必要になる。

どこに脇道があるか。

どの道がどこへ続いているか。

川へ降りられる場所はどこか。

地域で暮らしているからこそ分かることがある。

それでも、山は広い。

何時間歩いても、何も見つからないこともある。

見つからない時間が長くなればなるほど、

「無事でおってくれたらええんやけど」

という思いが強くなる。

訓練で歩くのとは違う。

どこかに本当に人がいるかもしれない。

その緊張感を抱えながら、僕たちは峠を歩き続けた。

記憶が重なっても残っていること

最終的に、この時の行方不明者は見つかったと思う。

ただ、どこで、どのような状態で見つかったのか。

その部分は、他の捜索の記憶と重なってしまい、今は正確には思い出せない。

無理に記憶をつなぎ合わせて、事実ではないことを書くわけにはいかない。

だから、この日の結末については、はっきり分からないまま残しておきたい。

それでも、忘れていないことはある。

消防団員や警察の人たちと一緒に、錦峠を歩いたこと。

道路沿いや脇道を何度も確認したこと。

橋の上から、川の底まで探したこと。

そして、

「早く見つかってほしい」

と思いながら歩き続けたこと。

それは今も覚えている。

消防団は、火を消すだけの組織ではない。

誰かが困った時。

誰かがいなくなった時。

地域に何かあった時。

呼ばれれば現場へ向かう。

目立つ仕事ではない。

誰かに褒められるためにするものでもない。

それでも、地域の中には、誰かがやらなければならないことがある。

2017年6月25日。

錦峠を歩いたあの日も、消防団のもう一つの役割を背負って動いた一日だった。



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