知らない岐阜のグラウンドまで――こうようを追いかけたラグビー遠征 DECKY ARCHIVE 第28話
こうようが高校へ入学したのは、2016年の春だった。
高校生になったら、勉強を優先する。
こうようが通っていた塾の先生は、そんな考えを持っていた。
高校へ入ったら、クラブ活動はせず、塾の勉強に集中しなさい。
そんなふうに言われていたんやと思う。
けれど、こうようはラグビーがしたかった。
僕は当時、その気持ちをどこまで分かっていたんやろう。
高校に入ったばかりのこうようが、ラグビー部に入っていたことは知っていた。
ただ、僕自身はラグビーのことをまったく知らなかった。
ルールも知らん。
ポジションも知らん。
試合がどう進んで、何をすれば有利になるのかも、ほとんど分かっていなかった。
それでも、こうようが岐阜で行われる試合に出ると聞き、僕とりえとまっきーの3人で応援に行くことになった。
知らない土地まで、息子の試合を見に行く。
それだけで、少し特別な一日になるような気がしていた。
岐阜へ向かう前の落とし物騒動
こうようは、ラグビー部の仲間たちと電車で岐阜へ向かった。
僕ら家族は、別に会場を目指して出発した。
ところが、岐阜へ向かう前に、ひと騒動あった。
駅からやったと思うけど、家へ連絡が入った。
こうようが、財布か定期入れのような大事なものを落とし、それを拾ってもらったという話だった。
僕の記憶では財布だったような気もするけれど、そこははっきりとは覚えていない。
「それなら、三重の方で受け取ります」
最初は、そんな話をしたんやと思う。
けれど、路線の管轄か、落とし物の受け渡し場所の都合やったのか、
「名古屋の金山駅まで取りに来てください」
ということになった。
岐阜へ応援に行く日に、なぜか途中で金山駅へ寄り、こうようの落とし物を受け取らなければならなくなった。
普通なら、
「何しとるんや」
と怒りたくなるような話かもしれない。
けれど、今思い返すと、それも含めて、なんともこうようらしい。
僕とりえは金山駅まで落とし物を取りに行き、そこから改めて岐阜のラグビー場へ向かった。

初めて見たラグビー場
岐阜のラグビー場へ着いた。
僕にとっては、初めて見るラグビーの試合だった。
どこを見ればいいのか分からん。
何が反則なのかも分からん。
選手たちが集まって、ぶつかり合って、またボールが出てくる。
最初は、何が起きているのか、さっぱり分からなかった。
それでも、見ているうちに、少しずつ試合の流れが分かるような気がしてきた。
ただ、結局のところ、僕が見ていたのは試合全体ではなかった。
広いグラウンドの中で、こうようばかりを探していた。
「あれ、こうようと違うか」
「おった、おった」
僕もりえも、まっきーも、何度もこうようの姿を探した。
知らない岐阜のグラウンドまで来て、自分たちの子どもを見つける。
それだけで、うれしかった。
こうようのポジションは、たぶんスクラムハーフやったと思う。
スクラムハーフというのは、密集から出てきたボールを受け取り、味方へ素早くつなぐ役目らしい。
僕はその時、ポジションの名前すら知らなかった。
ただ、こうようが最初にボールを受け取って、ちょこちょこと素早く動いていたのを覚えている。

小さな体で、大きな相手の中へ
こうようは、決して体の大きい方ではなかった。
むしろ、ラグビー選手の中へ入ると、かなり小さく見えた。
周りには、こうようよりもずっと大きな選手が何人もいた。
そんな相手に向かって、こうようは走っていった。
ボールを受け取る。
前へ出る。
大きな相手に突っ込んでいく。
そして、ぶつかった瞬間に体ごと飛ばされる。
時には、ぐるぐると回るように倒されていた。
見ている僕らは、
「大丈夫なんか」
と思う。
それでも、こうようはまた立ち上がる。
そして次のプレーへ向かっていった。
小さいくせに、ようやる。
僕には、かっこよく見えた。
ラグビーの細かいルールは分からなかったけれど、こうようが一生懸命動いていることだけは分かった。
僕もりえも、何を応援したらええのか、よう分からんまま大きな声を出した。
「こうよう、行け」
「頑張れ」
りえも、僕の横で大きな声を出していた。
まっきーも一緒になって、兄ちゃんの姿を見ていた。
あの時の僕らは、ラグビーを見ていたというより、ただ、こうようだけを見ていたんやと思う。

勝ち負けよりも残ったもの
その試合は、たしか負けたんやったと思う。
ただ、試合結果は、今となってはそれほど大事ではない。
勝ったか負けたかよりも、こうようがグラウンドで動いていた姿の方が、はっきりと記憶に残っている。
試合が終わると、こうようはそのまま仲間たちと一緒に電車で帰ることになっていた。
僕とりえとまっきーの3人は、こうようとは別に帰った。
帰り道、
「何かご飯でも食べながら帰るか」
そんな話をして、3人で食事をした。
どこで何を食べたのかは、今ははっきり思い出せない。
けれど、試合を見終えて、少し疲れながら、3人で食事をしたことは覚えている。
「行ってよかったな」
きっと、そんな話をしていたんやと思う。
僕はそれまで、ラグビー場へ行ったことなんてなかった。
ラグビーにも興味がなかった。
けれど、子どもが試合に出ると聞けば、知らない土地まで探しに行く。
そして、会場でその姿を見つける。
あえて子どもたちを追いかけて、普段とは違う姿を見る。
それは、親にとって、すごくええ時間なんやと思う。

辞めたはずのラグビー部
この岐阜遠征のあと、こうようはラグビー部を辞めたことになっていた。
少なくとも、僕とりえは、そう思っていた。
塾の先生からも、勉強へ集中するように言われていた。
だから、ラグビー部を辞めたと聞いても、そうなんやなと思っていた。
ところが、それからしばらく後、思いがけないところで、おかしな話を聞くことになった。
ある友達が亡くなり、その通夜か葬式へ行った時のことだった。
そこで、こうようより一つ上くらいの親戚の子と話す機会があった。
その子は、こうようの大学進学について、いろいろと助言をしてくれた。
大学の推薦枠は早めに先生へ相談した方がいい。
そんな話もしてくれた。
こうようは、その助言もあって、うまく大学へ進むことができたんやと思う。
そんな話をしている中で、その子が何気なく言った。
「こうよう君、今ラグビーの試合に出とるよ」
僕は驚いた。
「いやいや、こうようはラグビー部を辞めたよ」
そう答えた。
すると、
「いや、今、友達から写真が送られてきて、こうよう君が写っとるよ」
そんな話になった。
えっ。
こうよう、ラグビーしとるやん。
僕らは何も知らなかった。
家へ帰ってからやったか、その場やったかは忘れたけれど、りえに聞いた。
「お前、こうようがラグビーしとるの知っとるか」
りえも知らなかった。
けれど、少し考えてから言った。
「そういえば、ジャージとか靴に、いつも砂がいっぱい入っとったな」
そこで、ようやくつながった。
あいつ、ずっとラグビーしとったんと違うか。
僕らには辞めたことにして、実はずっと続けていた。
普通なら、親へ隠れてクラブ活動をしていたことを怒るのかもしれない。
塾の先生との約束もある。
勉強のこともある。
けれど、僕は怒るというより、こうようのことを面白いと思った。
「お前、ほんまに面白いやつやな」
「なかなかやるな」
「なかなか見どころのあるやつや」
そんなふうに言った覚えがある。
自分のしたいことを続けていた
もちろん、親に隠していたことを、何でもかんでも褒めていいわけではない。
けれど、こうようは、自分がしたいことを自分なりに続けていた。
勉強もしなければならない。
塾にも行かなければならない。
その中で、ラグビーもしたかった。
だから、自分で考えて続けていたんやと思う。
高校生のこうようが、どんな気持ちでラグビーを続けていたのか。
僕には、本当のところは分からない。
けれど、親や先生に言われたからと、すべてを簡単に諦める子ではなかった。
自分のしたいことは、簡単には手放さない。
そういうところが、こうようにはあった。
今思うと、あの日、岐阜のラグビー場まで応援に行けてよかった。
小さな体で大きな相手へ向かっていく姿を見ることができた。
ルールも分からず、僕もりえも大声を出した。
まっきーも一緒に、兄ちゃんを見ていた。
金山駅まで落とし物を取りに行ったことも、帰りに3人で食事をしたことも、全部を含めて、家族の思い出になっている。
こうようは、昔からこちらの想像を少し超えてくる。
何をしとるんやと思わせて、あとから笑わせる。
そして、知らないうちに、自分の道を進んでいる。
ほんまに面白いやつや。
知らない岐阜のグラウンドまで、こうようを追いかけた一日。
あの日は、行ってよかったと、今でも思っている。
