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物語 ~Fading World -4~

《4》Best Witch Ever

「やれやれ……引っかかったのは、やはり貴方たちでしたか。」

白い空間に生じた歪みに重なるように現れた陽炎は、
みるみる人の形を成し、やがて姿を現したのは、
今日、学校の応接室や階段で向かい合った「木崎」だった。

「公安様は、未成年に“seeker”を仕込んでおとりにするのかい……」

雨宮は悪態をつくように木崎へ言い放った。
その顔には、焦りの色が浮かんでいる。

「あまり気は進まなかったんですがね。
 部長の手前、手段を選んでいられないのですよ。
 予想はしていましたが、望み通りの結果にはなりませんでしたね。」

木崎はそう言うと、隼人や二人の後ろへ視線を向けた。
誘われるように全員が振り返る。

そこには、もう一人の男・鈴木の姿があった。
鈴木を見た佐野は眉をひそめ、低く呟く。

「誰だ……」

鈴木は、そのでっぷりとした巨体をすっと直立させ、

「木崎…上司への愚痴が多すぎるぞ。」

と言った。
しかし、その声は隼人が応接室で聞いたものとは明らかに違う。
それどころか、女性の声だった。
隼人が驚愕して鈴木を直視すると、鈴木の身体はドロドロと溶け出した。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

隼人は悲鳴を上げ、思わず後退る。
溶けた肉は地面に落ちると同時に蒸発するように煙を上げて消え、
その下から黒髪の女性が姿を現した。

隼人は、その異常な光景の中から現れた、美しい女性に目を奪われ、
声を失ったまま見つめていた。

「“metamorphose”……超高位魔法……
 まさか、姉小路さん。貴方が出てくるとは……」

隼人は、そう呟いた佐野の方を見てさらに驚愕した。
さきほどまで涼しげだった佐野の顔には、もはや止めどなく汗が流れ、
焦燥感すら感じる面持ちだ。

「状況は、もはや一刻の猶予も許されない。
 私とて机にふんぞり返っていられるような状態ではない。
 貴様らが始末した奴を含めて、これまでに始末したのが七名。
 今回の規模から考えて、この災害の紋様式は八名以上で
 結んでいるはずだ。
 少しでも奴らの尻尾だと感じるものがあれば、駆けつけるさ。」

姉小路は佐野と雨宮を見ながらそう告げた。
そして隼人の方へ向き、ゆっくりと歩み寄る。

「君が例の少年か。
 確かに強い魔力を感じる。だが、邪念はないな……」

そう言うと、木崎の方へ向き直る。

「無駄足だが、無駄を積み重ねるしか今はないな……ただ――」

姉小路は言葉を放ちながら木崎へ歩き、振り向きざまに続けた。

「いつまでも探偵の真似事のようなことをして、
 我々の邪魔をする連中は、捕まえておくべきか。」

その瞬間、姉小路から放たれるオーラの様な威圧に
隼人の身体からは一気に汗が噴き出した。
身体は大きく震え、息を吸うことすら困難に思える。
横にいた佐野は、絞り出すような強い口調で姉小路に向かう。

「我々は確かに貴方たちの標的を始末しました。
 しかし、それは私たちがこの状況を憂いたからこその行動だ。
 姉小路よ!
 貴方たちの動きを待っていたのでは、多くの人が被害を被る。
 公安という組織にいるのなら、市民を守ろうとする我々と
 彼らをひとまとめに扱うのは、あまりにも杜撰ではないか!」

佐野の必死の訴えに、姉小路は落ち着いた表情で応えた。

「そうではない、佐野よ。
 善良なMageと邪悪なMageを比べている話ではない。
 あらゆるMageの中に、善と悪が等しく存在している。
 Mage達は自由意志を持つと同時に、"魔法"という原罪を抱える存在だ。
 原罪はプログラムに入り込んだバグやウィルスのように心を侵し、
 人を悪へと染める。
 だからこそ、区別なく、貴様らを屠ることが必要なのだ。」

姉小路の目は、慈愛を含みながらも、途轍もなく冷徹な眼差しに見えた。
そして次の瞬間、佐野と雨宮の間の空間に歪みが生まれた。

隼人は何も考えることができず、無我夢中で二人にタックルした。
次の瞬間、二人が元々居た場所の空間が“削れた”。

「がぁっ……」

佐野が低く唸り声を上げたが、次の瞬間、空間が歪み、
姉小路と木崎の姿が揺らいでいった。

「間に合った……」

滝のような汗を流しながら、雨宮がつぶやく。
そこは、白い空間でも隼人の部屋でもなく、薄暗い公園だった。
佐野は左腕を押さえながら、

「中村くん……助かりました。ありがとうございます」

と言った。しかし、押さえた手の間からは大量の血が流れ出ている。
隼人はポケットからハンカチを取り出し、佐野の傷を押さえようとした。
しかし、傷跡を見て呆然とした。
一部がまるで噛みちぎられたようにえぐれていたのだ。

「大丈夫ですよ。今、治療薬を飲みますので……」

苦悶の表情を浮かべながら、佐野は懐から小さな瓶を取り出し、口を開け、一気に飲み干した。


隼人、佐野、雨宮の倒れていた場所には、少量の血液だけが残っていた。
姉小路は、わずかに表情を緩めた。

「あの少年は、素晴らしい才能と勇気を持っているようだな。
 木崎、彼について調べはついているのか」

木崎の方を振り向かず、姉小路が尋ねた。

「はい。資料を用意してありますので、後ほどお持ちいたします」

そう答える木崎は、わずかに安堵の表情を浮かべていた。

「安心しろ。あの少年も、貴様の兄も殺しはせんよ。
 あの少年があんな真似をしなければ、怪我をすることもなかったろうに」

姉小路は木崎の方へ振り向き、笑みを浮かべながら言った。

「ご高配を賜り、ありがとうございます」

「奴らも、あれだけの恐怖を味わわせたんだ。
 しばらくは大人しくしてくれればいいのだがな」

姉小路は再び、三人が消えた場所を見つめながらそう言った。
木崎は、姉小路越しに見える兄の血痕を見ながら、
「そうはいかないだろうな」と密かに考えていた。


雨宮は、自分の懐から小さな瓶を取り出した。
それは、先ほど佐野が使ったものとは別の色をしていた。
そしてその口を開け、一気に飲み干すと、息を整えながら口を開いた。

「さすが公安……いや、Mage、M・Spells最高の魔女だな。
 なんでもありかよ」

息遣いは荒く、途切れ途切れに愚痴をこぼす。

「“metastasis”はタメが必要ですが、中村くんがタックルしてくれて
 時間が稼げました。
 ただ、座標がうまく指定できませんでしたから、
 ここがどこかは分かりませんがね……」

佐野は、先ほどまでの苦悶の表情から一転して、やや落ち着きを取り戻していた。出血も収まっているようだ。

「さすがに連続であんな魔法……見たことないやつだったけど、
 使えたりはしないだろ」

あの空間を削り取った魔法は、雨宮も知らないもののようだ。
ただ、隼人はそれに対して異議を唱えた。

「いや、あの人……たぶんだけど、本気だったらすぐ同じの撃てたよ。
 理由は分からないけど……わざと撃たなかったんじゃないかな」

その呟きに、佐野と雨宮は驚愕した。

「まじか……まじでやべぇ奴だな……」

「脅し、ということだったのでしょうかね……」

二人の空気はさらに重さを増していく。
しかし佐野は、どうしても気になるようで、隼人の目を見て尋ねた。

「中村くん。君は、魔法が発動するのが分かるのですか?」

「え……雨宮さんの炎も、さっきの削れたやつも、
 その現象が起きる前に空間がぐにゃって歪むような……
 二人は見えないんですか……?」

佐野と雨宮は顔を合わせたあと、
再び隼人の方へ向き、佐野が口を開いた。

「それは、私たちには見えません。
 いや、もしかしたら先ほどのお二人も見えていないでしょう。
 貴方のそれは、とんでもない能力なのかもしれません」

「え?」

隼人は、佐野の言葉に困惑した。



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