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物語 ~めぐり⑥~

《6》

部屋のゲーミングチェアに腰を下ろし、
瞼を閉じて深く息を吸い込む。
ゆっくりと目を開けた。

「もう十年なのに、情けないもんだ……」

小さく独り言を漏らし、PCの電源を入れる。
無機質な光が、いつもと変わらず顔を照らした。

アプリを開き、『ログイン』をクリックする。

ログインした瞬間、画面いっぱいにログが流れ、
「おつさん」の文字が次々と飛び込んでくる。

「はは……」

力の抜けた笑いだったが、気持ちは楽になった。
そこでようやくヘッドセットを装着し、接続した。

「おつかれ!」

声を出すと同時に、チャットにもその文字が表示される。
クランハウスには、多くのメンバーがいた。

「なんか今日多くない?」

「いつもの稼ぎ場がシステムメンテで閉鎖されちゃってさ。
 みんなやることなくて、ここで駄話中」

と承太郎が説明してくれた。
平原は広大なフィールドで、
場所によって適正レベルが変わるため、
多くのプレイヤーがレベリングに使う"稼ぎ場"となっている。
そこが閉鎖されると、
他のダンジョンに人が集中して揉め事が起きやすい。
温和なプレイヤーは、
それが嫌でレベリングを中止することが多い。

「あぁ……なるほど」

納得していると、キラが声をかけてきた。

「sunさん、海底行きません?」

ランカも横にいる。

「いいね。
 承太郎、PTなら海底いけるよな」

「いける。
 ヒーラーのランカさんいるなら安心だし」

ランカは高レベルのヒーラーだ。海底でも問題ない。

「じゃあsun、パーティー招待して」

承太郎が急かす。
俺はコマンドを開き、三人をパーティーに招待した。

そのまま海底洞窟へ向かった。

海底洞窟も予想どおり混んでいた。
俺たちは奥まで進み、
空いている場所を確保して狩りを始める。

「キラ、ランカ。クランには慣れた?」

声を掛けると、
ランカのキャラクターがピタッと立ち止まった。
少し遅れて、画面に

『うん。みんないい人』

と文字が流れる。
しまった、ランカはキーボードで文字を打ってるんだった。
手入力している間は、操作が止まってしまう。

「悪い」

「大丈夫。私が話すから」

キラはボイスで話しながら操作を続けている

ランカの動きが止まり、

「お姉ちゃん、私も会話に入りたい」

とログが入った瞬間、承太郎がキルされた。

「のぁ」

虚しい声がチャットに流れる。

「あ」

俺とキラのログも続く。
ランカがすぐに復活魔法を使い、承太郎は戻った。

「承太郎ダサ……w」

つい笑ってしまう。

「承太郎さん、ごめん」

「大丈夫大丈夫。
 すぐ復活してもらえたし。あとsunは許さんw」

和やかな空気だ。
入団してから知ったが、キラとランカは姉妹で、
二人暮らしらしい。

「それより、オフ会、私たちも行っていいの?」

キラが聞いてくる。

「もちろん。もうメンバーだし!」

承太郎はモブに囲まれながら返事をした。

「うん。二人の歓迎会にもなるし」

俺も続ける。
キラとランカは“笑顔”のエモートで返してきた。

一時間ほど狩って、その日は終了。
俺はレベルこそ上がらなかったが、
レア素材を拾えて満足。
承太郎とランカはしっかりレベルアップ。
キラも一レベル上がっていた。
必要経験値を考えると十分だ。

クランハウスに戻ると、

「いやぁ、久しぶりに良い狩りだった」

と承太郎が嬉しそうに言い、

「私もヘッドセット欲しいな……」

とランカがつぶやく。すると、

「えぇ……私、除け者~?」

と、奥で待機していたかのように
恵比寿が泣き言を言ってきた。

「なんだよ。
 ログインしてたなら声かけてくれれば」

俺が返すと、

「いや、ログが楽しそうだったから入りづらくって」

と恵比寿。
なかなかナイーヴな男だ。
画面を見ながら、思わずニヤけてしまった。

「また今度な!」

恵比寿を励ますように伝えて俺はログアウトをした。
画面をオフにすると少し寂しさを覚えてしまう自分がいた。


——世田谷区の高級住宅街

今日は、先日偶然にも面談ができた選定地の一つ──
その所有者である井川様の自宅を訪ねる日だ。

実際に門前に立つと、その立派さに思わず息をのむ。
この門塀だけで、うちの実家の家が建つんじゃないか……
そんな馬鹿げた想像が頭をよぎる。

「すごい……ですね」

女性宅の訪問ということで付き添いに来てもらった福島が、
門を見上げながら小さくつぶやいた。

「よし」

俺は気持ちを整え、インターホンを押す。

「どうぞ〜」

井川氏の声がスピーカーから流れたのと同時に、
門が“ガチャリ”と音を立てて開いた。

俺たちは、どこか身を縮めるようにして玄関へと進んでいった。

応接間と言えばいいのだろうか。
普通の家にはまず置かれないような、
高級感のある応接セットが並ぶ部屋へ案内された。

挨拶を済ませ、福島を紹介したところで、
ドアが軽くノックされる。
女性がコーヒーを運んできてくれた。
“お手伝いさん”という方だろうか……。
カップを置くタイミングで軽く頭を下げると、

「うちのことをしてもらっているメイドの大山さん」

井川氏がそう紹介してくれた。

“メイド”──市中ではよく耳にする単語だが、
本来の意味での“メイド”を目の前にするのは、
これが初めてかもしれない。

本物の“お金持ち”の家というのは、
きっとこういうものなのだろう。
その圧倒的な空気に、思わず身がすくむ。

「佐々木さん。貴方の会社の説明というお話でしたけど
 ……ごめんなさいね。私、事前に調べてしまったの」

柔らかな笑みを浮かべながら、井川氏が口を開いた。

「そうでしたか。それはありがとうございます」

俺は、さもありなんと思いながら頭を下げる。
横を見ると、これまで見たことがないほど背筋を伸ばした福島が、
どうにも不器用な上品さをまといながら、そっとコーヒーをすすっていた。

「それで……候補地と言われていましたけど、
 他にも候補があるのかしら?」

井川氏の問いは、もっともだった。

「えぇ。社内では五か所ほど選定しておりまして、
 その一つが井川様の土地です。
 条件面や立地を踏まえても、
 私としては最良と考えていますので、
 しっかり社内でプレゼンしていきたいと思っています」

実際、土地の条件や立地は、河野が担当する候補地と同程度で、
条件や環境面では他の候補とは群を抜いている。
紹介案件とはいえ、このご自宅や背景を考えれば、怪しさなど微塵もない。

「そうすると、港区の〇〇とか……ライバル候補なのかしら」

井川氏の指摘は鋭かった。
その土地は、まさに河野が担当している場所だ。
しかし──

「色々とご存じのようですね。
 ただ、社外秘の部分ですので……詮索はご遠慮いただければ」

俺は苦笑しながら応じた。

「ほほほ……ごめんなさいね。
 土地売買を生業にしていましたから、どうしてもね。
 でも、あちらの土地の西岡さんは、まだ相続が……」

井川氏は、ふと疑問を抱くような表情を見せた。

相続? 西岡? その言葉が頭の中で渦を巻く。

すると福島が、思わず口を滑らせた。

「え、あちらの土地は三井さんが所有者じゃ……」

「福島」

俺は諫めるように声を掛ける。
福島は“しまった”という顔で固まった。

そんな空気を、井川氏は穏やかな笑顔のまま、

「まぁまぁ……私が余計なお話をしたものだから。
 ごめんなさいね」

と、やわらかく収めてくれた。
しかし、井川氏の情報がもし真実であるなら……。
俺はすぐにでも、河野が扱う土地について
調べたい衝動に駆られていた。

そんな焦りを見透かすように、

「情報なんて、
 日々更新されているかもしれませんからね。
 ただ、“空売り”や“偽装”なんてことも世の中には
 あるようですので……確認は大事ですよ」

井川氏は、穏やかな口調のまま、
まるで諭すように言葉を添えた。

「ご教示ありがとうございます。」

俺と福島は、深々と頭を下げることしかできなかった。


【登場人物】
 ※《》で囲んでいるのはMMORPG上の名前
現実世界
佐々木 陽介《sun》Lv.389
 本物語の主人公。物語は彼の視点で語られる。
 某建設会社の事務方で万年平社員。
 バツイチと語っている。
 会社の本社移転プロジェクトで東京支社に転勤している。
 MMORPG『Weaver Land』ではsunのユーザーネームで
 毎夜遊んでいる。
河野 淳也
 佐々木の同期。
 本社秘書室所属のエリート。役職は、課長。
 佐々木を入社時から意識しており、その異動を要望したと
 言っている。
椋本 弘重
 東京支社の支社長。
 その風貌から陰では「脂狸」と揶揄されている。
 表面的には愛想が良く、人当たりがいいが、
 非常に狡猾な性格をしていると有名。
福島 真綾
 プロジェクトチームの一員。
 名古屋支社から異動してきた。
 中途採用で元SE。
 支社所属時代から様々な業務改革や業務改善を提言して
 優秀な社員として社内で噂されている。
三木 大輔
 プロジェクトチームの一員。
 広島支店から異動してきた。
 中途採用で営業。
 営業成績が高く、今回の異動は本社営業部所属を念頭に
 置いた事前異動とされるが、本人としては不満に思っている。
望月 敏夫
 本社建設候補地の一つを取り扱う真中不動産の社員。
 穏やかな笑顔での接客を心がけている。
 佐々木より年上
井川 美香子
 本社建設候補地の一つの所有者。
 物腰の柔らかい女性。
 世田谷の豪邸に住んでおり、元土地売買業者
大山 幸
 井川家のメイド

■仮想世界※佐々木目線で説明
《恵比寿》Lv.323

 sun(佐々木)と同じクラン『ゴールドシップ』リーダー 
 落ち着いた性格をしており、礼儀もしっかりしている。
 クランのまとめ役ではあるが、年長のsunを頼りにしている
 そぶりがある。
《承太郎》Lv.260
 sunと同じクラン『ゴールドシップ』メンバー
 クランのムードメーカー。
 目端が利き、クランメンバーのことをよく見ている。
 恵比寿、sunと三人でクランを立ち上げた最古参メンバー。
《Killer》Lv.372
 攻城戦の対戦クラン→ゴールドシップ所属
 PVP(対人戦闘)で上位ランクイン(ランカー)するほどの
 強さを誇る。
 愛称は「キラ」
《ランカ》Lv.277
 キラと共にゴールドシップに移籍した。
 キラの妹。キラと二人暮らし。




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