物語 ~Fading World -7~
《7》Confession of Inheritance
隼人は、自宅のダイニングテーブルに座っていた。
テーブルには、普通には買わない量のみたらし団子が置かれている。
そして、その向こう側には呆れた顔をした母親がいる。
「隼人は、そんなにみたらし団子が好きだったかしら?」
呆れ顔のまま、母親・美咲は隼人に尋ねた。
「いや……これは……貰ったというか……」
なんとも歯切れの悪い口調で隼人は答える。
「誰に貰ったの?」
至極当然の質問である。
隼人は、どこまで話せばいいのか思案してから口を開いた。
「この前、事情聴取された警察の人に……
偶然、『はしもと』の前で会って」
隼人は、嘘にならない程度の内容で答えた。
美咲は、隼人をジッと見つめ、
「その方のお名前は?」
「鈴木さん……」
隼人は、あの姿の姉小路の名前で応えた。
美咲はハッと何かを察したような表情を見せたが、
すぐにいつもの顔に戻り、口を開く。
「もう一つ、気になってたの。
その指輪、この前から付けているみたいだけど
どうしたの?」
隼人は、心の中でハッとした。
あまりにも自然に手に馴染んでいたので
そのままだったことに今更気が付いた。
「あっと……これは……小春……小春に貰ったんだ」
小春との交際は母親も公認だ。
何度も自宅に訪れているので、違和感はないだろうと
隼人は考えた。
「嘘ね。隼人の嘘はすぐに分かるのよ」
美咲は、冷静に隼人の嘘を見抜いた。
隼人は、ここから一気に詰められるのかと思案したが
「お父さんが帰ってきたら、大事な話があるから」
それだけ言うと、美咲はキッチンへ移動した。
隼人は、肩をすかされたような会話の終了に戸惑った。
——夕食後
リビングのテーブルの向こう側には父親と母親が座っている。
隼人は、どんなお説教が始まるのかと内心ビクビクしていた。
しかし、美咲から伝えられた内容は、まったく予想していないものだった。
「隼人。あなたは知ってしまったのね……」
静かな口調だった。父親・寛人も神妙な面持ちで隼人を見つめている。
「出来れば、あなたには“魔法”なんてものを知らずに暮らしてほしかった」
隼人の頭の中は、一気に混乱した。
母親の口から“魔法”という言葉が出たことに。
「鈴木なんて苗字はどこにでもあるけれど……
警察、そして、この量の団子……」
美咲は、何かを思い出すようにわずかに微笑み、
すぐに神妙な表情へ戻った。
「そして、以前は感じていたあなたの魔力が、
急に感じられなくなった。
その指輪のおかげね。それで繋がったの……」
そこまで話すと、美咲は深いため息をついた。
寛人は、美咲の手にそっと手を添える。
「あなたの“魔力”……それは私から遺伝したものよ」
隼人は、母親の口から告げられる言葉に衝撃を受け続けていた。
頭の中の混乱はさらに加速し、眩暈すら覚える。
「魔力を持っていれば、いずれ誰かが隼人に辿り着く。
本当はもっと早く、私たちが何か対策をしていれば……」
後悔の滲む声で寛人が言った。
その言葉を聞き、隼人は顔を上げる。
寛人も美咲も、いつの間にか目に涙を浮かべていた。
「母さんの旧姓は姉小路。
あなたが今日会った“鈴木”……いえ、姉小路理沙。
彼女は、私の妹よ」
その瞬間、何かが繋がるような感覚が隼人の中に走った。
あの炎の一件から、なぜ自分にこの特別な力があるのか、
ずっと疑問に思っていた。
姉小路や木崎、佐野、そして雨宮も——特別な力には
何かの因果があると感じていた。
そして、それは自分の力にも繋がっていたのだと。
外の雨は激しさを増し、
リビングには窓を叩く雨音だけが響いていた。
沈黙のあと、再び、美咲が口を開いた。
「姉小路家は、代々魔力を持つ家系なの。
今は“Mage”と呼ばれているけれど、昔は“陰陽師”と呼ばれていたわ。
そして、その中でも女性は“巫(かんなぎ)”と呼ばれたの。
私と理沙は、姉小路家の巫として育てられたのよ」
「陰陽師」——隼人はその単語を知っている。
安倍晴明など、実在した“官職”として日本史で学んだ記憶があった。
それは、天文による占いやお祓いを行う役職だという認識だった。
しかし、母親の告白は、その認識を静かに崩していった。
「姉小路家は、その魔力……魔法の力で、
陰からこの国の平和を守ってきたの。
そう言ってしまえば、すごいこと、
素晴らしいことのように聞こえるかもしれないけれど……
それには、いつも血の代償が伴ったの」
美咲の目からは、静かに涙がこぼれ落ちていた。
その涙に宿る過去の痛みを、隼人は胸の奥で鋭く感じ取っていた。
「私はね……その呪縛から抜け出したいと思っていたの。
いつまでも続く殺伐とした生活の中で、ずっと考えていた。
そして……一番大切な妹を裏切って、一族から逃げ出したの」
そこまで語った美咲の心は、もう限界だった。
必死に保っていた均衡は、妹・理沙の名を口にした瞬間に崩れ落ちた。
今まで見たことのない母の慟哭が、隼人の胸を鋭く刺した。
その叫びは、雨音さえもかき消すほど深く、重かった。
「隼人……あなたには、あんな思いをさせたくない。
それだけが、私の——私たちの願いだったの。
そして、あなたの今の状況を、理沙がそっと知らせてくれた。
あの子は、本当に優しい子だから……あなたを巻き込まないように、
私たちに“ちゃんと守るように”促してくれているの……」
あの『はしもと』での会話。
大量の団子を持たせたこと。
そのすべてが、姉小路の気取られぬ配慮だったのだ——。
隼人は、それにようやく気づくことができた。
——公安特殊事案対応係
「甥っ子さんは、気落ちしていませんでしたか?」
木崎は、応接テーブルに置かれた大量の串団子を見ながら姉小路に尋ねた。
「やる気だったよ。さすが姉さんの子だ」
姉小路の姿は、すでに元の女性の姿へ戻っていた。
手に団子を持っていた。それを眺める目はどこか優しい。
「初めて学校の応接室で彼を見たとき、
どことなく姉さんの面影を感じていたが……
まさか、こんな近くに住んでいたとはな」
そう言って、考え深げに団子を口に運ぶ。
「魔力遮断は、やはり兄……いや、佐野の仕業ですか?」
木崎も団子をひと串手に取りながら尋ねた。
「恐らくな。助かるよ。
あれほどの魔力……放っておいたら、
感情の波でやつらに気づかれてしまう」
姉小路は茶を口にしながら答えた。
一瞬で串から団子が消えたことに、木崎は思わず目を丸くする。
「保護……もしくは観察の必要性を提言しますが」
木崎の言葉に、姉小路は片眉をピクリと上げた。
「“魔法”が使える者は、あの家族にはいないからな。
必要性は認める」
雨音は、いつの間にか少しだけ緩やかになっていた。
美咲は溢れる涙を拭い、隼人をまっすぐ見つめた。
「こうなってしまった以上……
あなたに“身を守る術”を教えるべきだと思っている」
隼人は、その言葉が“魔法の伝授”を意味していると直感した。
しかし——
「でもね」
美咲はそう言うと、ゆっくりと上着を脱ぎ、隼人に背を向けた。
その背中には、禍々しい気配を帯びた紋様が浮かび上がっていた。
「え……」
隼人は、その異様な光景に言葉を失った。
背中を向けたまま、美咲は静かに続ける。
「今の私は、“constraints”……制約の紋様を受けて、
魔法どころか、魔力すら絶たれているの」
美咲は再び服を身に着け、静かに席へ戻った。
隼人は、それを待ってから口を開いた。
「それは……一族を抜けたからなの?」
美咲は、少し俯きながら答えた。
「そう。
私が寛人さんと結婚するときに……
お父さん、あなたのおじいちゃんにね」
隼人は、母方の祖父に会ったことがなかった。
話題に出ることもなく、
自然と“もう亡くなっているのだろう”と思っていた。
その祖父が、母にこんな仕打ちをしたのか——
そう思った瞬間、隼人の胸に激しい怒りが込み上げた。
しかし、美咲は静かに首を振った。
「隼人、勘違いしてはいけないわ。
これはね、私の父が“私を守るために”施したものなの。
無用になる魔法や魔力を消して、
普通の生活を送れるように……そう願ってのことだったの」
隼人は、母の説明に、自分の怒りがお門違いであることに気づき、
その浅はかさを痛いほど思い知らされた。

