犯罪者を輸入する国——技能実習制度という「合法的な搾取装置」の正体
大阪・ミナミの摘発が示したもの
2025年、大阪市中央区のミナミにある雑居ビルに警察が約170人態勢で家宅捜索に入った。
地下1階から地上7階まで、ナイトクラブ、ベトナム料理店、カラオケ店といったベトナム関連店舗が密集するそのビルから、
違法薬物の可能性がある粉末が多数押収され、
不法残留の疑いでベトナム国籍の男女7人が逮捕された。
逮捕された7人の属性が象徴的だ。
いずれも技能実習生などの在留資格で入国しながら、
在留期間を過ぎても国内に残留していた。
この事件を「外国人犯罪」として消費して終わりにするのは簡単だ。
だがそれでは本質を見誤る。
この事件は、日本社会が長年にわたって意図的に維持してきた構造的欠陥が、
犯罪という形で表面化した一場面に過ぎない。
「逃げること」が織り込まれた制度
技能実習生が失踪・不法残留するのは、
個人の道徳的問題ではなく、制度設計の必然的帰結だ。
本国(ベトナム)側には送り出しブローカーが存在し、
技能実習の名目で日本に送り込むところまでをビジネスとして完結させている。
来日費用として100万〜200万円規模の借金を背負わせた上で入国させ、
その返済を実習先の賃金で賄わせる仕組みだ。
ところが実習先で支払われる賃金は最低賃金ギリギリかそれ以下のケースも多く、
借金を返しながら生活するのは現実的に不可能に近い。
そうなると「逃げた方が稼げる」という経済合理性が働く。
逃げた後に合法的に働ける場所はないが、
不法就労・違法ビジネスの労働力として吸収する受け皿が存在する。
今回のミナミのビルがまさにその受け皿だ。
失踪者を匿い、仕事を与え、摘発リスクを分散する閉鎖的な経済圏が形成されている。
ベトナム政府もこの構造を止めようとしない。
海外送金がベトナムのGDPに対して無視できない規模になっており、
出稼ぎ労働者が本国に送る金は政府にとっても旨味がある。
つまりブローカー→入国→逃走→違法経済圏への吸収という一連の流れは、関係者それぞれに経済的インセンティブがある。制度の穴を塞がない限り、この流れは再生産され続ける。
「誰もやりたがらない仕事」という神話
技能実習制度の建前は「日本の技術を途上国に移転する国際貢献」だ。
だが実態は
農作業
魚の内臓処理
建設現場の単純作業
介護補助
といった、技術移転とは無関係な肉体労働が大半を占める。
建前と実態の乖離は制度の発足当初から埋め込まれていた。
こうした仕事が「誰もやりたがらない」とされる理由として、
仕事の過酷さが挙げられることが多い。
だがそれは半分しか正しくない。
本当の理由は賃金が見合わないからだ。
さらに重要な点がある。
これらの仕事はAIやロボットで代替しにくい性質を持っている。
農地や漁港や介護現場は環境が不定形で、
工場の均一なラインと違いロボットに教えにくい。
収穫物の選別や要介護者の体位変換のような、
繊細な力加減と状況判断を同時に要する作業は、
現時点の技術では機械が苦手な領域だ。
では自動化が難しいなら賃金が上がってしかるべきではないか。
実際にはそうなっていない。
理由は単純で、技能実習生という低賃金労働力の供給弁があるせいで、
市場メカニズムが機能していないからだ。
人手不足になれば賃金が上がって日本人労働者が戻ってくるか、
賃金上昇圧力が自動化投資を促すかのどちらかが正常な市場で起きる調整だ。
だが外国人低賃金労働力を注入し続けることで、
この調整が永遠に先送りにされている。低賃金労働の存在が、自動化投資を阻害しているという逆説がここにある。
犯罪インフラを維持するコストは誰が払うか
整理するとこういう構造だ。
農業・水産・建設・食品加工の経営者は、
低賃金の技能実習生を使うことで収益を維持できる。
監理団体は技能実習生を企業に斡旋して管理費を取る。
送り出しブローカーは入国費用で稼ぐ。
関係者全員が利益を得ている。
一方でコストを払っているのは別の人たちだ。
治安悪化を受ける地域住民、
捜査資源を使う警察・入管、
そして最も見えにくいが最も重要なのが、制度の歪みによって賃金が上がらない日本人低賃金労働者だ。
技能実習生という低賃金労働力の存在が、
同じ職種の日本人労働者の賃金交渉力を根本から損なっている。
これは教科書通りの「利益の私有化とコストの社会化」だ。
経営者が利益を享受し、社会全体がコストを負担する。
今回のミナミの摘発で投入された170人の捜査員のコストも、当然ながら税金だ。
なぜ止まらないのか——天下りと情報チャンネルという本丸
「なぜ止められないのか」ではなく「なぜ止めないのか」と問う方が実態に近い。
表面的な理由として献金が挙げられることが多いが、
日本の企業献金の総額は年間20〜30億円規模で、
国家予算100兆円と比べると誤差レベルだ。
献金だけで政策が歪むほど単純ではない。
より本質的な要因は天下りと情報チャンネルだ。
厚労省は監理団体や福祉法人へ、
農水省は農協・農業関連団体へ、
国交省は建設業界へ、
幹部官僚が退職後に下りていく。
退職後の自分のポストがかかっているので、
現役官僚が業界に不利な制度改革を積極的に進めるインセンティブがない。
技能実習制度は厚労省・法務省・外務省の三省が絡んでいて、
それぞれに天下り先の利害関係がある。
三省の利害が複雑に絡み合うことで、改革の旗振り役が誰も出てこない構造が生まれている。
情報チャンネルの非対称性も決定的だ。
業界団体は法改正の動きを事前に把握して、
パブリックコメントや議員陳情で修正を入れられる。
労働者側はそもそも法案の存在すら改正後に知ることが多い。
ゲームのルールを知っているのは業界側だけという状態だ。
これは違法でも贈収賄でもない。
だから摘発もできない。
天下りと情報チャンネルは、
民主主義の意思決定プロセスに対する制度内部からの静かな乗っ取りであり、
選挙や献金より遥かに安定的かつ持続的に機能する。
これが日本の構造改革が遅い最大の理由の一つだ。
メディアも機能しない。
農協・建設・食品メーカーは広告主でもあるため、
テレビや新聞が業界の構造的問題を継続的に追及するインセンティブが薄い。
多数派の利益が反映されない民主主義
数の論理からすれば、低賃金労働者は経営者より断然多い。
なのになぜ労働者の利益が政策に反映されないのか。
低賃金・長時間労働の人ほど政治参加する余裕がない。
疲弊している層は選挙から遠い。
技能実習制度が自分の賃金を抑制しているという因果関係を意識している日本人労働者は少なく、
搾取されていても搾取の構造が見えなければ怒りの矛先が定まらない。
経営者側は業界団体・商工会・農協という形で組織化されていて、
政治献金と組織票を持っている。
労働者側には連合があるが、
連合は大企業正規労働者の組合が中心で、
低賃金・非正規・外国人の問題には構造的に無関心だ。
農村票・建設業票は特定選挙区に集中していて、
比較的少ない票数でも議席に直結しやすい。
都市部の低賃金労働者は分散していて票の効率が悪い。
多数派のはずの労働者の利益より、
少数派の経営者の利益が政策に反映される。
民主主義の数の論理が、組織力の非対称性によって無効化されている。
左派・リベラルがこの構造から食い扶持を得ている皮肉
本来、低賃金労働者・非正規・外国人労働者の搾取構造を告発して制度改革を迫るのが左派の役割のはずだ。
だが日本の左派・リベラルは連合と不可分で、
連合の中核は大企業正規労働者の既得権を守ることが最優先だ。
技能実習生や非正規の問題は「かわいそう」というコンテンツとして消費するが、
構造的に解決しようとしない。
解決すると連合の組合員である大企業正規労働者との利害矛盾が表面化するからだ。
技能実習制度への左派の批判が
「外国人労働者がかわいそう」
という人権フレームに終始して、
日本人低賃金労働者の賃金抑制との接続をほとんどやらないのはこのためだ。
より本質的な問題がある。
天下り・業界団体の構造を批判するふりをしながら、
実際にはその構造が生み出す不満を集票に使っている。
構造が解決されると不満がなくなって、
自分たちの存在意義が消える。
だから「改革を求める」と言いながら、
改革が実現しない程度の圧力しかかけない。
構造改革をやらない代わりに左派が力を入れるのが、
ジェンダー・多様性・反差別といったアイデンティティ政治だ。
これは連合との利害矛盾が生じないので安全に扱える。
だが賃金が上がらない・将来が不安という層に多様性の話をしても響かない。
与党は業界団体・天下りで構造を維持し、
野党は構造から生まれる不満を消費して票にする。
どちらも構造を解決するインセンティブがない点では共犯関係に近い。
左派・リベラルが衰退しているのは右派のプロパガンダのせいでも、
有権者が保守化したせいでもない。
自分たちが解決すべき問題を解決しないまま別の話をし続けた結果として、
支持者に見切られた。
これは日本だけの話ではなく、欧米左派の凋落も根っこは同じ構造だ。
解決策は単純だ——退場させればいい
では何をすべきか。答えは実はシンプルだ。
技能実習生の最低賃金を大幅に引き上げる、
例えば時給2000円にする。そうすると何が起きるか。
低賃金でしか経営が成り立たない業者は退場する。
だがこれは損失ではない。
そもそも適正なコストでは成立しない経営体が、
社会的コストを外部に押しつけることで延命していただけだ。
退場によって土地・設備・労働力が解放されて、
より生産性の高い用途に再配分される。
農地が集約されて効率的な経営体に引き継がれ、
建設業では自動化投資が進む。
介護では賃金上昇によって日本人の応募者が増える。
これはシュンペーターの言う創造的破壊そのものだ。
賃金が2000円になれば、
今「誰もやりたがらない」とされている仕事に日本人が戻ってくる可能性がある。
仕事がきついから敬遠されているのではなく、
賃金が見合わないから敬遠されているという現実がある。
「産業が崩壊する」という反論が必ず出る。
だがそれは正確ではない。
崩壊するのは低賃金に寄生することでしか存続できない部分だけだ。
本当に社会に必要な産業は、
適正な賃金水準で再編されて生き残る。
農業が食料安保上必要なら補助金で高賃金化すれば良く、
低賃金外国人で支えることとは全く別の話だ。
実際にオランダはその方向で世界第2位の農産物輸出国になっている。
退場する経営者は今ここにいて声が大きい。
再生する経営者はまだ存在していないので政治的圧力がゼロだ。
この非対称性が改革を阻んでいるだけで、論理としては明快だ。
結論——これは設計の問題だ
今回の大阪・ミナミの摘発は、
170人の捜査員を動員してベトナム人7人を不法残留で逮捕したという話だ。
だが本当に問題にすべきは、
この末端の事象を生み出している構造の方だ。
技能実習制度は、
特定産業の経営者を助けるために低賃金労働力を輸入し、
その過程で不法残留・不法就労・違法経済圏の形成という犯罪インフラを副産物として生み出してきた。
そのコストは地域住民・警察・そして同じ職種で働く日本人低賃金労働者が払っている。
これを維持しているのは、
天下りと情報チャンネルによって制度内部に埋め込まれた業界側の既得権と、
その構造から集票資源を得ている左派・リベラルの共犯関係だ。
解決策は難しくない。
低賃金でしか成り立たない産業には退場してもらい、
必要なら高賃金で再生すれば良い。
難しいのは解決策の発見ではなく、
利害関係者の抵抗を突破する政治的意志の問題だ。
それが生まれない限り、
ミナミのビルへの170人態勢の捜索は、
何年後かにまた繰り返される。
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