主婦の履歴書ー最終話ー
#創作大賞2025 #オールカテゴリ部門 #主婦#パート
前回までのあらすじ
パート先では社員の重田に、思わぬ指摘を受け、美津紀は頭に血が上るほど腹を立てるが、自分の学びたいと思っている気持ちに気が付くことになった。職場の八に相談し、新たな一歩を踏み出す決心をした美津紀。そして家族の協力のもと9月からは契約社員として働くことになった。彼女の進む道は、果たして開けるのだろうか?
9月から本格的にスタートする家事と仕事の両立。失敗や考え直しを何度も繰り返して、ようやく形になってきたルーティンも2カ月が経ち、ようやく慣れてきた。家族に協力してもらい、家事のいくつかは諦めて割り切ったお陰で、できないことがあっても自分を責めることもなくなった。
Aチームでは、八さんや日野さん以外のみんなに、私が契約社員になることを伝えるのは、何だか恥ずかしい思いもあったが、伊藤チーフから発表される前に自分の口からみんなには伝えたかったので、伊藤チーフに了承を得て、昼休みに話すことにした。みんなは驚いていたが、応援してくれた。
そして9月に入ると、私は契約社員として働き始めた。作業は今まで通り行って、16時からは、研修で八さんや、伊藤チーフから講義を受けることになった。
その研修時に、八さんの驚く職歴が分かった。八さんがこの会社の作業など、とても詳しかったのは、この会社の元社長だったのだ。この話を聞いた時は、それはとても驚いたが、同時に納得もした。元々、八さんと現在の社長でこの会社を立ち上げ経営していたが、その後自分の会社を興し独立した八さん。息子さんが成長され会社を継いだのを機に、その後は引退し悠々自適の暮らしをしていたそうだ。しかし、その生活にすぐ飽きてしまい、自分は現場が好きだと言うことが分かったそうだ。結局、現場へ戻ることを決めた八さんは、自分で会社をまた新しく興そうとしたのだそうだが、それを聞いたこの会社の社長から、人手が足りないので、少しの間ここで働いてもらえないか?と、八さんに相談し、今に至るらしい。
湊の親友の拓海くん親子も、夏休み中に短期海外留学をし、中学卒業後は、日本の高校には行かず本格的に留学をすることを決めたそうだ。
そして、1カ月が過ぎる頃になると、私は配属が決まり、工場に隣接する本社の事務部門で仕事をすることになった。その中には、同じ部署ではないものの、あの苦手な重田さんがいた。気が重いが、勇気を振り絞って挨拶をしに行った。
「お忙しい所すみません。この度、契約社員として営業部で営業事務として働くことになりました、岡崎です。宜しくお願い致します。」
すると、重田さんは手を止めて立ち上がり私の方へ向いた。
「そうでしたか、岡崎さん宜しくお願い致します。私は情報管理部の重田です。以前は、お名前を何度か間違えてしまい、失礼しました。」
そう謝られて、私は少し驚き、少し慌てた。
「あの、私、重田さんに言われたことで、自分の学んでみたいという気持ちに気付くことができたんです。お陰様で今回、契約社員になることができました。ありがとうございます。」
「私の言葉がきっかけだったかもしれませんが、契約社員になれたのは、岡崎さんが決断したからですよ。私は何もしてません。何かお役に立てることもあるかもしれません、分からない事があれば是非聞きに来てください。」
私は、顔には出さないが内心驚いていた。重田さんが別人に見えたからだ。仕事をしている時は熱血で周りが見えなくなるようだが、よく観察すると誰に対しても態度を変えることなく、質問をすれば自分の作業の手を止め、時間を割いて丁寧に教えてくれたり、一緒に試行錯誤してくれる人だった。
私は、重田さんの1面しか見ずに、嫌ってしまったことを申し訳なく思い、重田さんへの態度を改めた。すると、不思議とどんどん関係は良くなった。そして私には、八さんや重田さんと言う目標になる人が出来た。
お昼になれば、Aチームのみんなとも会えるので、お互いに情報交換したり近況を聞いたりしている。
「岡崎さん、どうですか?そっちは?」
京子ちゃんに聞かれ、私はお弁当を食べる手を止めた。
「うん、仕事もだいぶ慣れてきたかな。全く知らない場所じゃないし、あまり緊張しないで済んでるよ。そっちはどう?」
「そうだ!凪さんが辞めちゃったんですよ。」
「えっ?いつ?全然知らなかったわ。私、挨拶もしてなくて。」
「突然だったんです。Dチームの戸田さんと揉めてしまったらしくて。そのまま、退職という形になったみたいです。」
「そうだったの、残念ね。」
以前から、戸田さんが明らかに横柄な態度で振舞っていたことは、私も知っていた。大人同士で、その人の態度について注意したとしても、解決するのは難しいだろうと思ったが、凪さんがどんな対応を受けたのかを思うと、やるせない思いもあった。
「あと、岡崎さんの後任に新しくパートさんが入ったんですよ。」
「そうなんだ!それも、知らなかったわ。」
「私も伊藤チーフから聞いただけなので、まだ挨拶してないんですけどね。」
「そうなのね。いい人だといいね。」
そう言いながら、自分が約1年前、ここへ来た初日に緊張して挨拶したことを思い出していた。
「私は、来年の3月で大学卒業なので、ここもあと半年弱で終わりです。居心地よかったから、何だか寂しい様な。」
「大学も最後の年なのね。京子ちゃんも社会人かぁ。でも、もう社会人も同然よね。ここで長く勤めてるものね。就職先は決まってるの?」
「はい、夏に内定をもらえたのでP商社に決まりました。大学入ってからずっとここでバイトしてたから4年です。なんだかあっという間でした。今は卒論の準備に取り掛かってて。」
「大変そうね。でも京子ちゃん頑張り屋さんだから、きっといい卒論が出来そうね。」
「来年、卒業式が終わったら、入社まで少し時間があるので、海外に行ってこようかと思ってるんです。」
「へぇすごいわね。京子ちゃんのその積極的なところ、素敵だなって思うわ。」
「ありがとうございます。またお土産話持って遊びに来ますね。」
「うん、待ってるわ!」
そんな会話を楽しんだ。
我が家の湊も高校受験が迫っている。塾に通い出した湊を、夫と協力してサポートすることにした。そして、夫の扶養から外れ、私のお給料が安定したのもあって、私達は新居へ引っ越しをすることにした。新しい家には、私の部屋がある。それが嬉しかった。大変なことも多いが、その分喜びが更に嬉しくありがたいと感謝できるようになった。
それから、1年が過ぎた。私は八さんや重田さんの後押しのお陰で、正社員になり、海外戦略部の中で、アシスタントとして働いている。
ある日の事、15時からある打ち合わせの資料を、仕上げてしまおうと、作業できそうな場所を探した。すると近くにファミレスがあったので、まだとっていない昼食も食べようと、中へ入った。テーブルについてノートパソコンを開き、打ち合わせのための資料の、最終チェックしていると、子供の叫ぶ声が聞こえてきた。
特に気にすることもなく私は、手元にあるノートパソコンの画面とにらめっこをしていた。
「ちょっと、子供の声がうるさいから静かにさせてよ。」
店員に文句を言う客がいた。先ほどの子供の声が気になるようだ。こういうクレームはありがちだが、子供を持つ親なら、多くの人が経験することだ。一緒にいる母親の気持ちがよく分かる。静かにさせたくても、一筋縄ではいかない。どうやって、泣き止ませたり、落ち着かせたりするか、みんな試行錯誤しているものだと思う。
「お客様、申し訳ありません。他のお客様もいらっしゃいますので、お静かにお願い致します。もしよろしければ、奥の席も空いていますので、ご案内しますが。」
店員が、親子に話しかけてる声が聞こえる。すると、
「すみません、食べてすぐ出ますので。」
返事をした声に、私は、ハッとした。その客の声に聞き覚えがあったからだ。そっと振り返って見ると、そこには凪さんがいた。
凪さんは、確か低学年のお子さんがいらっしゃると、前に言っていたよな、と思い出す。
「しょうくん、みんないるから、うるさいと、困るよ。静かにシー。」
隣に座るお子さんに、ジェスチャーを交え伝えていた。お子さんを見ると体の大きさから、小学生ではなく中学生ぐらいに見えた。お子さん1人と言ってなかったし、お兄ちゃんもいるんだな、それぐらいに思った。
今、私が話しかけても、気まずいだろうと思い、私はまたパソコンに向かって作業を始めた。すると、奇声と共に、ガッチャーンとお皿の割れる音が響いた。
「すみません。」
凪さんが謝り、店員が来て、割れた皿を片付けていた。凪さんは頭を何度も下げて謝っていた。職場では見たことのない姿だ。お子さんは、空中を見つめ指で何かを描いていた。声を掛けようか迷った。凪さんが嫌がるのではないかと、咄嗟に思ったからだ。先ほど、店員にクレームを付けていた客がまた怒りだしていた。
「うるさいよ、静かにさせろよ。」
その声を聴いて、凪さんのお子さんはさらに声を高めているように感じた。相手の顧客は、凪さん達に出ていくように言っている。私は、席を立った。
「凪さん、お久しぶりです。良かったら席を移動しませんか?私も、向こうで座っているので。」
「みづちゃん!?いやだ、こんなところで会うなんて。」
店員が、凪さん親子を窓際の奥の席へ案内すると言ってくれた。そこは敷居もあって、周りからは見えにくい。私は凪さん親子の荷物を持って、奥の席まで移動を手伝った。すると、
「ありがとう、助かったわ、みづちゃん。良かったらだけど一緒にどう?いやだったら無理しないでいいけどね。」
凪さんは、そう言った。私はパソコンが途中のままだったが、一緒にご飯を食べることにした。荷物を持って席につくと
「迷惑かけちゃってごめんなさいね。うちの子、自閉症なのよ。今日は、養育が午前中までだったから、ここでご飯食べるのがこの子好きで。」
そういって、子供に話しかける凪さんは、職場での顔つきとは違って、優しいお母さんの顔をしていた。
「しょうくん、ママのお友達。」
「こんにちは。」
私が挨拶をすると、しょうくんは私を見ようとはしなかったが、私はそれでいいと思った。
「みづちゃん元気だった?何年振りかしら?」
「元気ですよ。凪さんが辞められてから1年経ちますかね?」
「そっかぁ。まだ1年なのね。なんだかもっと経ってるような気がしてたわ。パートに出てた頃が懐かしいわ。」
凪さんは大きなため息をついた。
「どうしたんですか?」
「自分の友達と、久々に会話したなーと思って。」
私は言葉が出てこなかった。
「しょうがまだ小さい頃、入院していた時期があってね、家と病院の往復の毎日で、病室の部屋だけが私の世界だった時があるの。入院が長引いてる子供達は、公平にって、3カ月ごとにベッドの場所をみんなで交代するんだけど、窓際は特等席でね、その場所を巡って、母親同士が争うこともあったわ。看護士にどれだけ優遇してもらえるのか、子供の障害の重さは、その子それぞれなのに、自分の子供が一番だって。」
「無理もないですよ。子育ては母親中心と言う家庭が、まだまだほとんどだと思いますし、父親が積極的に関わるご家庭は少ないと思います。その中で、視野が狭くなってしまうことは、往々にしてあると思います。」
「そうよね。私も苦しかった。しょうを普通に産んであげれなくて、申し訳なくて、その分しょうを少しでも幸せにしてあげなきゃって、あれもこれもやって。疲れてしまうと心の余裕もすり減って、優しく出来ない。優しくできない自分をまた責めて、狭い世界で先が見えないって、もがいていたな。」
「母親は、自分の身体を使って子供を産みますから、ちゃんと産んであげられなかったって、気持ちも分かります。でも、それは、凪さんのせいではないですよ。生命は神秘に包まれています。誰にもどうやったって、分からないことはあります。1人で全部を抱え込まないでください。周りにもちゃんと協力させてあげてください。」
「みづちゃんは、相変わらず優しいのね。」
そういう凪さんの顔は、疲れているように見えた。
「主人は優しいのよ、でも出張も多くて、家には、しょうと9才の娘と私。3人で、楽しみながらと思ってるのに、病院やお迎えや、やることが後からあとからでてくるのよ。でも、やれるのは自分しかいないじゃない。」
「しょうくんのお母さんじゃなく、私を私として話してくれる人と会話したくて、息抜きの為にパートを始めたのに、結局、そこでも仕事と向き合えなくて。家でこれだけやってるんだから、面倒なことは誰かにやってもらいたい、ってなっちゃったの。あの時は、みづちゃんにも嫌な思いさせてたわよね、ごめんなさい。悪かったって思ってる。」
「家でたくさんのことを抱えていたら、そりゃパート先ではサボりたくもなりますよね。私もそう思います。」
「私ね、自分より後から入った人は知らないことが多いじゃない?だから、その人に押し付けちゃえば、さぼってるダメな自分が注目されずに済むと思ってたのよ。その人がいることで、自分は気楽にやれるって。でもそんなの私の勝手な思い込みで、事実は全然違った。それなのに、その考えに拘ってた。傍から見たら馬鹿よね。」
「そんな。」
「しょうのことで、私は周りには勝てないと思っていたのかな?他で勝とうと優位に立ちたいと、どこかで思っていたのかもしれないわ。でも、サボってばかりじゃダメね。Aチームはみんな良い人ばかりで、そんな私でもとっても働きやすい環境だったのに、戸田さんにいちゃもんつけられて、カッとなって喧嘩しちゃった。他チームなんだから、相手にしなきゃよかったのよ。自分のくだらない競争心を、今でも後悔してるわ。」
「凪さん、今はパートしてるんですか?Aチームはメンバーがほとんど変わりましたけど、また働いてみてもいいんじゃないですか?」
「え?メンバー変わったの?」
「はい。今、伊藤チーフは私と同じ本社です。日野くんが後を継いでAチームのチーフになってます。八さんは、先月、新しい会社を興すのに退職されて、私も少しお手伝いさせていただいてるんですけどね。」
「へぇーそうなんだ。」
「元康くんは結婚したんですよ。婿養子になって、相手の家業を継ぐために工場の方は辞めました。京子ちゃんも大学卒業して就職したし。それから、奏ちゃんは夢だった海外留学に行くために辞めましたよ。」
「じゃあ、私が知ってる人は、日野くんぐらいね。そう、みんなそれぞれに道を歩んでるのね。」
「私も、苦しんでいた時期があります。家事も育児も任されて、押し付けられたってそう思ってました。凪さん、ご主人にも気持ちをきちんと伝えてますか?言葉にしないと、伝わらない事もありますよ。」
「うん。分かってる。」
凪さんが悲しそうな顔をすると、しょうくんが、反応した。しょうくんは、お母さんの気持ちがきっと分かっているのだろう。私はそう感じた。
「家族って、一緒に生活しているうちに、どうせ分かるだろう、言わなくてもこれぐらい分かるだろうって、察してもらうことを期待して一方的に決めつけてしまうと、孤立してしまうことがあるんだと思います。本当は役割を交代できたら、いいんでしょうけど、そうもいかないし。相手が理解していなければ、協力してほしくても、動かない、動けないのかなって。」
「私思うんですけど、社会って競争で溢れていませんか?でも、凪さん、そこに飲み込まれないでください。しょうくんは、凪さんの大切なお子さんで、他の誰とも比べようがない存在です。凪さんもですよ。だから、苦しいときは苦しいと言いましょう。そうすれば、差し伸べてくれている手に、気が付けますよ。」
私の知ってる凪さんは明るくて、お調子者でよく喋る人だった。でも、Aチームでは出さずにいた一面では、誰にも言わずに抱えていたものがあったのだ。目に見えない事情が、人にはある。それは人それぞれだけど、そのことを忘れずにいたいと思うのだった。
「それにしても、みづちゃんは、すごいわ。まさか、1年で契約社員になっちゃうんだもん。今は本社なの?すごいじゃない!やっぱりAチームのホープよ。」
凪さんが笑った。
「はい。自分でも驚いてます。まさか、こんなことになるなんて、想像もしてませんでしたから。」
私は、夫に働いて!と言われたと思い込んで、パートに出た。それは、ほんの一時だけ働いて夫を見返そうとしていたのに、それが、色々な人達と出会って、キッカケをもらえた。目の前に座っている凪さんも、その1人だ。
「みづちゃん。」
「はい。」
「私、何だか今までの自分がアホらしくて、でも愛おしく思えてきたわ。最近は家にいて、しょうちゃんの養育の人達と会うだけだったから、みづちゃんと話してたら、Aチームのこと思い出しちゃって、また外で働きたくなったわ。」
「凪さん、いいと思いますよ。凪さんのその明るさと元気は、周りを元気にするパワーがありますから。凪さんもホープですからね。」
そう言うと、2人で笑った。笑う2人の横で、しょうちゃんは美味しそうにポテトフライをニコニコしながら食べている。楽しさを感じているのかもしれない。ファミレスを出て別れ際、凪さんが私を呼んだ。
「みづちゃん、ありがとう。」
その笑顔は、私がよく知っている凪さんの笑顔だった。
パートの初日の挨拶で、私は40人程の人達を前にガチガチに緊張し、緊張から膝が震えた。今は、何人の人が私の目の前にいるだろうか?おそらくあの時の3倍、4倍はいるだろう。その人たちを前に、緊張感を感じているものの、膝は不思議と震えていない。
八さんに頼まれて、私は、主婦へ向けた講演会で、簡単なスピーチをすることになった。
深呼吸をすると、今日来てくださった人たち全てに、この思いを伝えよう。心の中でそう思うと、私は舞台の中央に立つマイクに向かった。簡単な自己紹介を済ませ、話を始めた。
「物が溢れ、才能だ、頭の良さだと言われる今の世の中で、その波に流されそうになることもあると思います。ですが、そんな時に今日の話をふと思い出していただけたらと思います。
地図を見るときに上から見下せば目的地がすぐに分かるのに、自分のいる場所から見ると迷ってしまうという話を聞いたことがある方もいらっしゃると思いますが、まさに以前の私は、自分の位置からの目線でしか、周りを見ることが出来ませんでした。当然、自分の進みたい目的地へどうやって行くのか、その道が合っているのかも検討が付かず、日々迷い悩んでいました。自分の目の前に、立ちはだかる障害に、怯え、実態を知ろうともせずに諦めて引き返す。そんな日々を、随分と長い間、繰り返してきたように思います。
主人とのちょっとした行き違いがきっかけで、私はパートに出ました。最初は押し付けられていることにしか注目していなかったのですが、日々を過ごすうちに、自分が思っていた思い込みって本当にそうなのだろうか?という疑問が出てきたんです。自分の思い込みを疑ってみることにしました。すると、見え方が180度変わりました。上から見える景色は、それは、まるでオセロをひっくり返すように、物の見え方、感じ方、考え方が変わりました。そう思えるまで、私一人の力でこれたとは、到底思えません。たくさんの人に助けられ、時に悲しかったり嫌だったりマイナスな感情が押し寄せてくることもありましが、それでも、前に進もうとすると、不思議と誰かが、何かが、ヒントを与えてくれたように思います。
自分が気付いたこと、やろうと思ったことを突き進む気持ちを大事にして下さい。誰かにどう思われるか?それが正しいか?失敗しないか?と言うことより、自分が疑ったこと、やりたいと思う気持ちを大事にしてください。なぜなら、目に見えることが全てではないし、思い込みが正しいとも限らないからです。意味のないことのように思えることでも、進んだ先には、その人にしか分からない気付きがあるものです。それを他人が理解するのは、難しいと思います。ですが、自分の進む道へ、その奥へ一歩踏み出す勇気を持てば、1人1人に、その気付きがやってくると、私は思います。そして、その輪が、大きくなっていくことを私は願っています。」
努力している自分を意識しているうちは、まだ入り口にも立っていない状況なのかもしれない。その先に、本当の入り口があるように私には思える。そして、努力と思っているうちは、何かに期待して見返りを求めているただの期待でしかないのかもしれない。調べれば調べるほどに未知だったものを知り、考えれば考えるほどに、感動を覚えられる。でも、それを選ぶか、選ばないかは個人の自由である。そして、人には欠かせない他者との出会いも、そうなのだろう。
「私のような者が、皆様の前でお話させていただくのは大変恐縮ではありましたが、私の話が皆様にとって、少しでも何かの気付きに繋がれば、幸いです。本日は貴重な場に呼んでいただき、ありがとうございました。」
スピーチを終えて、控室に戻ると窓から綺麗な青空が見えた。とても清々しく幸せを感じた。スピーチを通して幸せをもらえたのは、私だ。
翌週、私は取引先の会社へ視察兼、今後の打ち合わせをしに、上司と一緒にアメリカへ向かった。2泊4日の予定だ。出張は初めてだが、今回も学べることが多そうだ。
夫との言い合いをしていたあの頃の私に、今の私が、想像できただろうか?自分の事を自分で決められなかった私。夫に補ってもらおうと必死になって、悩んでいた日々、今思えば、あの頃も幸せだったけど、今は、もっと知りたいと貪欲になれる図々しい自分が気に入っている。そして、物事を知らずに、たまに恥ずかしくなることもあるが、素直に”知らない”と言える自分を信頼している。
私は飛行機の窓から外を眺めた。もう目的地が近くなっているのだろう、下に町が見えてきた。
私が住みたいと、念願だったマンションも、家事が行き詰まりどうしていいか分からず1人で落ち込んだ日々に、手に入れたいと願っていた有料のサポートの数々も、夢だったことは、夢でなく現実になった。心配せずとも、必要な物は、必要な時に揃うものなのかもしれない。そんなことを考えた。
「みなさま、当機はまもなくロサンゼルス国際空港に着陸いたします。着陸に向けて、機内の準備を始めさせていただきます。シートベルトをしっかりとお締めいただき・・。」アナウンスが聞こえ、私はノートパソコンを閉じた。また新たな気付きにワクワクしている。
最終話です。長い文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
