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アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【その陸】夫婦はひとつになれる、つまり、二つに分かれるのではなく、ひとつの全体になれる、私もそう信じている。 ③

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【その陸】夫婦はひとつになれる、つまり、二つに分かれるのではなく、ひとつの全体になれる、私もそう信じている。 オランダ人画家 フィンセント・ファン・ゴッホ ③


「元気そうだな、紀美」

 親しげに二人の間に割って入る敏生に、夕陽はきょとんとする。親友は彼の方に振り向くと、にっこりと笑った。

「敏生君も。相変わらずかっこいいねー」

 いえーい、と仲良さげにグータッチする敏生と紀美。

「えっ? 二人知り合いなの?」
「那覇でちょっとだけ一緒だったよな」
「うん。一緒に配属されて、敏生君は一年経たずにアグレッサーに行っちゃったけど」
「あ、そっか」

 言われてみれば。親友と夫が知り合いだとは今の今まで気づかなかった。

「でも、まさかあの夕陽と敏生君が結婚するなんて。みんなびっくりしてるよー」

 紀美が嬉しそうに笑う。

「そ、そんなにおかしいかな?」
「うん! だって、夕陽は超男嫌いで有名だったし、敏生君は結婚なんかせずに一生遊びまくる、って宣言してたし、あたしの中でも一番結びつかない二人だよー」

 確かに。あの頃はパイロットになるため、とにかく必死で、異性は邪魔な存在でしかなかった。
 紀美と「絶対に一緒にパイロットになろうね」と誓い合い、誘ってくる異性の同期たちを視界から徹底的に排除していた。

 もっとも、自分に声を掛けてきた異性の同期たちはことごとくエリミネートとなっていたが。生半可な覚悟では務まらない、ファイターパイロットの世界。

 ポンと肩に敏生の手が乗る。

「まあでも、出会っちゃったもんな。俺たち」
「だよねー」

 二人顔を見合わせて笑う。

「うん! びっくりしたけどすごくお似合いだと思う。二人が夫婦なんて、あたしも嬉しいよー。結婚式は呼んでね」
「もちろんよ! 紀美はあたし側でちゃんとリストの中に入れてるから。あ、でも今は新田原だよね? 来れるかな?」
「大丈夫だよー。まだ先でしょ? ちゃんと調整するから」
「ありがとう! 嬉しい。飛行機代はちゃんと出すからね」
「飛行機代なんていらないよ。色々物入りでしょ、気にしないで」

 そんな二人のやり取りを微笑ましく見ていた敏生が、ふと、思い出したように、
「ところで紀美、川越さんとはどうなったんだ?」
 と口を挟んできた。その名前にきょとんとする。

「川越さんって……、もしかしてあの群青のファルコン?」
「うん。那覇の時に一緒だったんだけど……」

 川越健也三等空佐。TACネームはファルコン。

 空自の中でも群を抜く、恐らく敏生と比肩するだろう、凄腕パイロットの一人。群青というのは、彼が米国人とのハーフで青色の瞳を持っていることに由来する。

 教導群やブルーインパルスの誘いを断り、実戦部隊にこだわり続けている孤高のパイロット。米国の超一流大学を卒業して、何故か空自に入った変わり種でもあった。

「相変わらずだよー。片想い継続中。今は遠距離だし」

 寂しそうに笑う紀美。

「そっか……。川越さん、今は市ヶ谷だっけ。ごめんな、嫌なこと聞いて」
「ううん。こっちこそごめんなさい。あんなに応援してもらったのに」
「応援?」
「うん。敏生君、川越さんの気を引こうと、あたしに気があるフリしてくれたの」

 裏表無くあっけらかんと話す紀美に、敏生の顔色が変わる。

「…………本当に演技?」

 じとっと夫を睨む。

「本当だってば! 頼むから誤解しないで!」

 血相を変えて慌てふためく彼。

「冗談よ」
 夕陽がクスクスと笑うと、敏生は安堵の表情を浮かべた。

「二人とも感じ変わったねー。すごくいい雰囲気。あ、言ってなかった。結婚おめでとう!」
「ありがとう、紀美」
「ありがとうな」

 にっこりと笑う紀美。裏表の無い性格の良さは相変わらずだ。

「あ、あたし行かなくちゃ。隊長に怒られちゃう。じゃあ次は結婚式でね!」

 彼女は二人に小さく手を振ると、隊舎の方に走って行った。

「紀美、大丈夫かな……。川越さんって、噂だとすごくモテるんでしょ?」
 親友のことが心配になる。

「そりゃあ、ハーフで超イケメンの超高学歴だからモテるけど、すごく一途なんだよ」
「え? 彼女さんが居るの?」
「うん……。航空ショーの事故で巻き込まれて亡くなった、航空雑誌記者の婚約者が、ね」
「えっ……」
「紀美のことはもちろん、応援してたけど、俺、本当は川越さんを何とかしてあげたくてさ。あの人のこと、すごく尊敬してたし」
「それは……」

 言葉が見つからない。親友の紀美が、まさかそんなにつらい恋をしていたとは。

「でも、夕陽と出会った今では、川越さんの気持ちが痛いほど分かるんだ。本気で人を好きになることがどういうことか。あの頃の、浅はかな俺を殴ってやりたいよ」
「敏生……」
「だから、俺たち二人は何があっても、一緒に生き残り続けなきゃいけないと思ってる」

 彼の設定した目標が、今、ようやくストンと腹に落ちた気がする。

 彼のことを幸せにしたい、彼には幸せになって欲しい、心の底からそう思っている。だが、もし自分に何かがあったとして、その後に、彼が自分じゃない異性と築く幸せな未来を、墓場の陰から笑って見守っていられる自信はない。それは恐らく、彼も一緒。

「ありがとう、敏生。話してくれて」

 敏生の手がポンと頭に乗る。

「まあ、話はここら辺にして、今は観閲飛行に集中しよう。せっかくの晴れ舞台だからね」
「うん!」

 待機所に入ると、今一度、太腿に装着しているニーボードのアンチョコをもとに、二人で飛行ルートなどの確認だ。離陸から会場まで、ウェイポイント毎の通過時間が秒単位で記載されている。

 これは会場への進入時刻を逆算して、ブルーインパルス出身の菅沼がまとめてくれたもの。ウェイポイント間の速度指示もされており、ありがたい。

 あとは、自分たちの前を先行するC2輸送機のパイロットも捕まえての打合せ。

 観閲飛行はブルーインパルスのように空中機動を披露することは無いものの、足の遅いヘリコプターや大型機から順番に会場に進入していくので、後続の速度の速い戦闘機は先行部隊への追突を避けることに神経を注がなくてはいけない。

 なお、観閲式会場には勝野と菅沼が詰めていて、離陸後、式の進行状況に合わせて進入タイミングの微調整をやり取りすることになっている。

 やがて時間となり、二人は百里基地を飛び立った。

『ジーク05よりアーサー。今、百里を離陸した。これより会場に向かう』
『了解した。今のところ、式は時間通りに進んでいる。集中していこう。ポイントROVERから時間を合わせていくぞ』
『了解』

 茨城県の百里基地から埼玉県の朝霞訓練場までは、ジェット戦闘機であればものの数分の距離。

 前半は自分たちで時間を確認しながらウェイポイントを通過していき、次はいよいよ、勝野から指示のあったポイントROVER。

『これよりポイントROVERを通過する……、3、2、1、Now』
『……一秒早いな。次のNATTYで調整するぞ』
『了解』

 速度を微調整しながら、次のウェイポイントに向かう。

『NATTYを通過する……Now』
『……よし、いいぞ。このまま。あと少しでC2が会場に進入してくる』
『了解』

 タイミングは勝野と敏生に任せ、夕陽は隊形を維持することに注力する。

『湖が見えてきた。次、LINENを通過する。3、2、1、Now!』
『よし、ぴったりだ。あとはこのままの速度をキープ』
『了解』

 進入の目印としていた埼玉県のさいたま市と戸田市に跨る貯水池・彩湖の上空を越えると、会場の陸上自衛隊朝霞訓練場はすぐそこ。進入角度を合わせ、高度を下げる。会場の先の空には、フライパスを終えたC2輸送機が打ち合わせ通り退避に入っているのが見える。いよいよだ。

 その頃、会場では、本日の目玉である海自の最新鋭戦闘機の登場に観衆の注目が集まっていた。

〝第2編隊! F35B戦闘機! ながと航空隊戦闘飛行隊、門真敏生一等海尉、門真夕陽三等海尉、パイロット夫婦によるフライパスです!〟

 これまでの、部隊指揮官のみがコールされる定型の紹介とは異なる粋なアナウンスに、列席者や一般観覧者たちからドッと歓声が上がった。

 遠くから低空で近づいてくる二機の戦闘機。

「あれが門真君の噂の息子夫婦か!」

 内閣総理大臣の久峨芳郎くがよしろうが、列席者の一人である、統幕長の英生に大声で呼びかける。

「はい。こんなこととはつゆ知らず、お恥ずかしい限りで」

 二人が飛ぶことを今朝、主催者の陸幕から知らされた英生が、恐縮して頭を下げると、久峨は愉快そうに笑った。

「いいじゃないか! 若い夫婦が手を取り合って、命懸けでこの国を守ってくれているんだ!」

 一般客の大歓声と拍手の中、轟音と共に会場を低空でフライパスしていく、二機のF35Bライトニング。

「我々政治家も、幸せな二人を戦禍に引き込まんよう、気を引き締めていかんとな」

 あっという間に小さくなっていく二機を見つめながら呟くこの国のトップに、英生は深く頷いてみせた。

           *

「ふう、終わった〜」

 C2輸送機を避け、高度を戻すと、夕陽はホッと息をついた。

『二人ともお疲れ。進入タイミングもバッチリだった。夫婦めおとパイロットの紹介に会場はすごく盛り上がっていたぞ』

 勝野からの通信に、目が点になる。聞いていない。

『マジかよ!? そんな紹介したの!?』
『海幕広報作成の原稿だ。問題無い。首相も答礼を忘れて、手を叩いて喜んでた』

 無線越しに、はぁーっ、とため息をつく敏生。夕陽はたまらず、クスクスと笑った。

「いいじゃん、ガイア。帰ろ」

 そう明るく促すと、敏生は仕方ないといった様子で鼻を鳴らした。

『了解。隊長、スガさん、誘導ありがとうございました。色々と、公私共に』
『お安いご用だ。二人とも、気をつけて帰れよ』
「『了解』」

 透き通った晩秋の空に浮かぶすじ雲が、まるで二人を祝福してくれているようで、夕陽は「ありがとう」と小さく呟くと、敏生と共に帰路についた。



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