雪の降る街で 第八章 「萌芽」 ③
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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・出来事とは一切関係ございません。
第八章 「萌芽」 ③
「私は戦車や市街戦のことは良く分からないんだが、戦車の単独先行は危険ではないのかい? 君も行くのだろう?」
海自出身の門真が心配そうに素朴な疑問を投げかける。
「確かに危険です。最強の陸上兵器であるが故に敵に狙われる確率も非常に高い。一方で、陸上兵器として最大の防御力を持つのも戦車です。例え被弾しても生存確率は他の兵器の追随を許さない。威力偵察の任には最適です。失うことを恐れて最も脆弱な生身の歩兵に戦車を守らせるなど愚の骨頂です」
幕僚達に当てつけるような藍の言葉に粟谷の口角が上がる。
「一〇式戦車は防御力と機動力に優れ、C4Iシステムで戦場全体も俯瞰できます。市街戦のあらゆる状況を想定して開発された戦車ですから、この最新の市街戦戦術との相性も良い筈です。山本山でも一〇式はほぼ無傷、戦死した車長達は車外戦闘で倒れました」
中山も一〇式であれば死なずに済んだのかもしれない。
もっとも全ては結果論。配下の生命を預かり、今持てる戦力で目の前の状況に全力で臨むのが今も昔も指揮官の役目。失敗すれば後世の歴史家達から断罪されるだけだ。
会議の趨勢も決まりかけたその時。
「君は長岡の街を廃墟にするつもりかね? ゲリラは居ないかもしれないのだろう!?」
突如響いた甲高い声。
宮本だった。
藍の顔が蒼ざめる。彼女にとっても見覚えのある、いや、忘れもしない因縁の男。
「アレッポやグロズヌイの街がどうなったか知らないわけじゃないだろう。モガディシュの戦いでも民兵の楯にされた多くの市民が犠牲になった。それともあれかね? 君はかつての恋人と共にこの国を滅ぼそうとしているのかい? 元、陸幕防衛課の橋本二尉殿!」
「そんな、私はっ……」
「彼女ですよ、例の仲木戸の女は」
どよめきが起こる。
藍の具申に傾き掛けていた空気が一変し、幕僚達が息を吹き返す。
「だから何だ、宮本さんよ。俺の目が節穴だとでも言いたいのか?」
呆れた表情を浮かべる粟谷。
実力ではなく、経歴が罷り通る官吏の論理。一度烙印を押された者は、どんなに頑張っても這い上がる術を持てないのがこの世界の習わし。
藍は血が滲む程に拳を握り締め、歯をくいしばった。
「粟谷君、君のことは私も信頼している。だがこればかりはだね」
久峨が困ったように天を仰ぐ。
「総理! 彼女は誇りある立派な自衛官です! 身元は私が責任を持って保証します!」
勢いよく立ち上がり気色ばむ、かつての上官の福山。
「分かった」
その場を切ったのは門真だった。
「総理、部隊を進めましょう。一気に燕三条まで前進し、新潟攻略の拠点を確保します」
「門真君……」
毅然とした眼差しで久我を見据える。
「総理。これは戦争です。無傷で済むなどと考えない方がいい。周辺国が不穏な動きを見せ始めている中、このまま我々が手を拱いていればいずれ米国が介入してきます。そうなると歯止めは一切かからなくなる。それこそ新潟全域が焦土と化すでしょう」
門真の言う通り、日本海では中国が自国民保護を大義名分に北海艦隊を展開させて海自の第三護衛隊群と対峙しており、ロシアは太平洋艦隊の大型艦艇数隻に津軽海峡と宗谷海峡を頻繁に往き来させ様子を探っていた。
そしてそれらの動きを牽制すべく、米国は横須賀を母港とする空母ロナルド・レーガンの第五空母打撃群の他、本土西海岸のブレマートンから空母ジョン・C・ステニスの第三空母打撃群、サンディエゴから空母セオドア・ルーズベルトの第九空母打撃群を日本海に向かわせていた。
米国が三個もの強大な空母打撃群を同一海域に展開させるのはイラク戦争以来の出来事。
それが何を意味するか、分からぬものはこの場には居ない。
「我々自衛隊には自らの命に代えても国民の生命と財産を守る使命がある。それが全自衛官の矜持でもあります。全ての責任は統幕長である私が持ちます」
門真の力強い言葉に誰も答えない。無言が了承の証だった。
「とんだ茶番ですな! 甘すぎるんだよ自衛隊は! その娘も仲間かもしれんのだぞ!?」
息巻く宮本を門真は睨みつけた。
「少し黙りなさい。死地に赴く彼女を後ろから撃つような言動は私が許さんぞ!」
温厚な門真の一喝に空気が張り詰める。
彼は列席者たちを一瞥すると表情を和らげ、画面に映る女性幹部に視線を戻した。
「君のことは息子や槙村君から聞いているよ。非常に優秀な子だと。周囲の声など気にせず存分に暴れなさい」
その全てを洗い流してくれるような制服組トップの言葉に、藍の涙腺は崩壊した。
「ありがとうございます、門真統幕長。決して自衛官の矜持は汚しません」
涙を必死に堪えながら敬礼する彼女に門真は微笑むと、列席者達に視線を戻した。
「もっとも皆さんの不安は払拭出来ていないようですね。ということで福山一佐、誰か現地に監視役を出せませんか? 大局を俯瞰出来、こことの連絡役も務められる人が良い」
「私が行きます!」
真っ先に立ち上がったのは槙村だった。
「私も彼が適任だと思います」
穏やかな笑みを湛えながら福山が推挙すると、門真もまた心得たように頷いた。
「分かった。頼んだよ、槙村一尉」
「あの!」
間髪入れず割り込んだのは藍。
「何だね?」
久峨が立て肘をつきながら、溜息まじりに反応する。
「地元警察と連絡が取れているのであれば、ひとつお願いがあります」
最早気後れのない彼女に列席者達が顔を見合わせた。
*
「何で和馬なのよ!? 海上自衛官が陸の現場に行ったって何の役にも立たないじゃない!」
夫・槙村の防衛省情報本部への異動に伴い、同じく艦から降りて市ヶ谷の海上幕僚監部装備計画部でデスクワークの日々を送っている若葉が、血相を変えて夫の背中を追う。
「市ヶ谷に居たって現地の状況は掴めない。それにこれは俺じゃないとダメなんだ」
仲木戸を追い始めて以来、誰よりも彼のことを理解しているという自負がある以上、この役割だけはどうしても他の者に譲ることは出来ないという彼。
「色々と隠していたことは謝る。許せ」
今まで情報本部の諜報員としての身分を隠していたことを言っているのであろうが、若葉とてそこに不満はない。
例え夫婦であろうと自衛官である以上、機密保持は絶対だ。
そうではない。
自分の職場にチラッと顔を出したかと思うと、「任務が入った。ちょっと新潟まで行ってくる」と言って、そそくさとその場を立ち去ろうとした夫。
今の新潟は「ちょっと」で行ける場所じゃないじゃない! 急いでいるのは分かるけど少しくらいは……。
「あ、それから土曜の宿舎の会合は忘れずにな。欠席裁判で役員にされたらたまらん」
「……分かった。気をつけてね」
こめかみを抑えるも、彼はお構いなしに前を行く。
防大の頃から全く変わっていない。当時はそんな彼を振り向かせたくて、事ある毎に子供じみた喧嘩を吹っかけていたのだが。
「橋本に言っておくことは?」
「夕陽ちゃんから山口土産の獺祭貰ったから、また今度一緒に飲もうって」
若葉の言葉に夫が歩みを止める。
「……まじで? 何で俺に言わない!?」
「だって言ったら一人で勝手に飲んじゃうじゃない」
彼は溜息をつくと、妻の頭に手を乗せた。
「分かった。じゃあ絶対に俺も混ぜろよ?」
赦しを乞うように覗き込んでくる夫。こういうところもまた、変わっていない。笑いを必死に堪え、ポーカーフェイスを保つ。
「やだ。今度は夕陽ちゃんも交えて三人で女子会するんだから」
「お前な~。こういう時は分かったから絶対帰って来てね、とか言うだ……」
遮ったのは若葉の唇。
体重を乗せて身体を押し付けると、彼の腕が背中に回ってきて舌を絡めとられる。言葉は要らない男女の間合い。
ここひと月ほど、事態への対応を強いられていた為、肌を重ねられていない二人。お互い満ち足りるはずもなかったが、ここがその営みに相応しい場所とも言えず、どちらからともなく名残惜し気に離れた。
「これでいい?」
「ああ、充電出来ました」
槙村はニヤッと笑うとヘリポートに上がるエレベーターのボタンを押した。
「絶対帰って来いよ?」
「当たり前だ」
「お土産は〆張鶴ね。はい、コート」
「買えたらな」
槙村は笑うと若葉の頭をポンと叩き、扉が開くのを待ってエレベーターに乗り込んだ。
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雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京
あとがき
藍が名誉を取り戻した回、いかがでしたか? 最前線で頑張る人を後ろから撃つ人たちって、現実にもいますよね。
もっとも、この回には実はちょっとした仕掛け?があるんです。今はもちろん、何かは言えませんが(;^_^A
そして槙村夫妻。
自分はこの二人の距離感が実は一番大好物だったりします( ´艸`)
さて、この先、槙村は無事に〆張鶴を買えるのでしょうか?(そこ!?)
次回は10月25日(土)、第九章「狂気」。新章突入です。
引き続き、お付き合いをいただけますとありがたいです。よろしくお願いいたします。
