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雪の降る街で 第十一章 「月光」 ①

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この作品はフィクションです。実在の人物団体事件出来事とは一切関係ございません。


第十一章 「月光」 ①


 狙撃手スナイパー逸見奏斗いつみかなと三等陸曹は微動だにせず、スコープを通して交差点を見下していた。

 県道沿いのビルの一室。

 傍には観測員スポッター糀谷こうじや一等陸士が寄り添い、辺りを警戒している。

〝敵が迫っている。恐らくこれが最後のチャンスだ。我々の趣旨に賛同できぬものは戦闘服を脱ぎ、急いでこの場から離脱せよ〟

 再三の意思確認を受けたが、逸見は残ることを選んだ。

 元より児童養護施設で育った彼には帰る場所などない。遠方にかけがえのない友人達はいたが、彼らは既に独自の生活を築いているはずで、頼ることは憚られた。

 何より、仲木戸の言う「理想郷」を見てみたかった。

 幼少より冷たい世間に対する疑問を感じながら育った身としては「あるべき祖国の姿」がとても甘美なものに思えたのだ。 

「彼らは本当に来るんでしょうか?」
「うん。さっき燕三条を出たらしいよ。早ければあと一時間ほどで現れるんじゃないかな?」

 普段から一緒に飲みに行く仲の良い二人。

「その、本当に攻撃してくるんすかね?」

 不安げな様子で警戒を続けるスポッター。

「分かんないね。ただ、彼らは自衛官だから街を滅茶苦茶にはしないと思うんだ」

 それは希望的観測に過ぎなかったが、状況を知らされていない立場では致し方なかった。

「これは日本を守る為の戦いだって。平和ボケしている国民達に、本当の脅威が何かを分からせる為の戦いだって。そう鶴見大隊長殿が仰ってたよ」
「うーん、難しいことは分かんないっす」
「うん、俺も分かんない」

 あはは、と二人で笑い合う。

「早くこの状況終わって欲しいっす。ミドリちゃんとも会いたいし」

 糀谷がしみじみと呟くように話す。

「それって古町のエスワンの?」
「はい。今度、デートの約束取りつけてたんすけどね」
「まじで?」

 逸見がスコープから目を離す。

「マジッす。いやもう、ここに来るまでかなり金注ぎ込みましたよ」
「騙されてない? あの娘人気あるじゃん」
「何でも逞しい男が好きみたいで自衛官の俺はど真ん中らしいっす」

 糀谷が得意げに鼻を膨らませる。

「それ、セールストークだろ」
「いいんす、あの笑顔さえあれば。俺、昇任試験受けちゃおっかな」
「あれ? お前、自衛隊は腰掛けだろ?」
「でも他に職ないし、逸見三曹殿ともずっと一緒に居たいっすから。だから残ったんすよ」
「嬉しいね、それ」

 逸見は照れ臭くてスコープを覗き直した。

「へへ。で、デートコース、どこ行ったらいいっすかね?」
「県外出身の俺に聞くかー?」
「だからっすよ。俺なんか、水族館行って食事して、夜はメッセから夜景を眺めるくらいしか思いつかないっす」
「彼女いない歴が年齢の俺に聞くなよ」
「まじっすか! じゃあ三曹殿のオキニのレイナちゃんも誘って四人で行きましょうよ!」
「お、いいね、ソレ」

 人懐っこい笑顔を浮かべる部下。

「うっしゃ、俄然やる気出てきたっスよ!」

 逸見は、はは、と笑うと交差点を見つめた。

 ずっと動悸が止まらない。恐らくそれは傍らに寄り添う彼も同じだろう。

 人差し指に掛かる引き金がいつも以上に重く感じられた。
 
          *
 
「全車停車」

 藍の命令で隊列が停止する。

 新潟県庁から半径四キロの地点。仲木戸の言う半径三キロまではあと五分程度の距離。

「橋本から全車へ。いい? ここから先は確実に地獄が待っている。躊躇ったら死ぬ。迷わず撃ちなさい。責任はあたしが取る」

 声を低く抑え、配下に語りかける。

「擱座したら直ぐに脱出し、隠れて仲間の救援を待つこと。あたし達は何があっても仲間を連れて帰る。以上よ。何か質問は?」

 今さら疑問を唱える者などいない。この事態が勃発して以降、誰もが自分の中で必死に折り合いをつけてきた。

 死地に赴く者達にとっての願いは語り継がれゆく物語。

 自分達の死が決して無駄ではなかったことを語ってくれる未来。

 そして今、八十年前に語られたであろう物語を巡る闘いの火蓋が切って落とされようとしている。

「こちら四号車・大口。よろしいでしょうか?」

 重苦しい雰囲気を破ったのは直属の部下。

「いいわよ。何?」
「実は砲手の磯子が橋本隊長殿に告白したかったと言っております」

 どっと笑いが起こった。「言わないで下さいよー!」と叫ぶ声が聞こえてくる。

「二小隊・三号車の桜木です。操縦手の山手が抜け駆けは許さん、と申しております」

 ウーイと歓声が上がる。

 そこから後は堰を切ったかのように、俺も俺もと、続々と名乗りを上げ始めた。

 その配下たちのノリに戸惑う。

「みんな藍ちゃんのことが大好きなんだよ。なあ、コウ」
「……はい」

 相原が柔らかい口調でフォローを入れてくれ、光一も頷く。

 胸を詰まらせた藍は、しばらく俯いていたが、やがて顔を上げると、涙を拭った。

「ありがとう、みんな……。あたしもみんなのことが大好き! 駒門に帰ったらみんなでデートに連れて行ってね!」

 男達から雄叫びが上がる。時が満ちた。

 藍は目を閉じてすうっと息を吸うと、カッと目を見開き、前方を睨んだ。

「よし、行くぞ! 全車全速前進! あたしに続け!」

 唸りを上げ、猛然と前進を始める戦車隊。

 轟音を轟かせ、地響きを立てながら只ひたすらに中心街へと突き進む。

 その後方からは特殊作戦群の隊員達を乗せた九六式装輪装甲車が続き、上空からは対戦車ヘリコプターAH64D・ロングボウアパッチが掩護につく。

 決められたポイントに到達すると、ユニット毎に割り当てられたルートに散開する。

 山本山以降は実戦に遭遇していないが、長岡、燕三条と過緊張の中で積み重ねられてきた戦術。ユニットの息は今やぴったりだ。

「怯むな! 前へ!」

 三キロ圏内に突入する。周辺は住宅街。

 無人とはいえ、彼らに自衛官としての自覚が残っていればここでは仕掛けてこないだろう。

 景色が徐々に市街地へと姿を変え始める。

 各車からも戦闘開始の報は無い。最初の攻略目標である新潟県庁まであと二キロ。額を、背中を汗が伝う。

 今は信じるしかない。一〇式戦車のスペックを。

 それは新潟県庁まであと一キロに差し掛かった時だった。

〝RPG――――――!!!〟

 無線越しに誰かが叫ぶ。

 え? 

 目の前に走った閃光。気づいた時には遅かった。

 回避不能。

 次の瞬間、藍は激しい衝撃に包まれた。


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雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京

あとがき

 逸見、どこかで聞いた名前ですね。思い出せない方はぜひぜひ遡りを🙏

 そしてついに市街戦が勃発してしまいました。

 いきなり直撃を喰らった藍たちが乗る10式戦車。果たして三人は無事なのか?

 ところで、以前にこの話にはストーリーとは全く関係ない仕掛けがある、とお話しましたが、今回で気づかれた方はいらっしゃいますかね?

 分かった方はぜひコメントにお書きください♪

 次回は11月12日(水)に掲載予定です。辛い運命が彼らの前に立ちはだかります。

 引き続きお付き合いいただけますとありがたいです🙇‍♀️