かげろうの君と #06 第二話 憧憬②
第二話 憧憬②
約束の週末がやってきた。少しめかし込んで、幸子が待つ橋へと向かう。
拓海を認めた彼女は小さく振る手を止めると、ポカンとした表情を浮かべる。
「……なんか拓海、いつもと違うわ」
「いつもスーツ……背広姿だからね。今日は休日だし。変かな?」
「ううん! 見慣れないけど、モダンな感じでとても素敵よ」
胸元で両手を合わせる彼女。
「で、試したいことって何?」
「うん、それなんだけど。……さっちゃん、俺に取り憑くこと、出来るかな?」
予想外のお願いだったのか、目を丸くする彼女。
「取り憑く? 拓海に?」
「嫌かな?」
「そんなことないわ! ただ、どうやったらいいのか分からないし……」
彼女の目に不安の色が浮かぶ。
「大丈夫。じゃあ俺、今から歩くから付いてこれるかな?」
「……やってみるわ」
意を決したように頷く幸子。
拓海が小さく頷き返してからゆっくりと歩き出すと、スーッと彼女もついてくる。狭い範囲なら移動できることは、これまでで確認済み。
後はどこまで行けるかだ。
もし、彼女が地縛霊なら橋から離れるのは無理かもしれない。彼女も同じことを感じているのか、少し顔がこわばっている。
もう少しで橋を渡り切る。そして。
「……橋から離れたわ!」
「よっし!」
拳をグッと握り締める。
「信じられない……。今までこの橋から離れることが出来なかったのに。何をしたの? 拓海」
幸子が喜びと驚きの混じった表情で拓海を見る。
「俺は何もしてないよ。多分、さっちゃんの中で変化があったんだと思う」
「あたしの中の……変化?」
「うん。それが俺の想像通りなら、嬉しいな、って」
「?」
首を傾げる彼女に、拓海はにっこりと微笑んだ。
「それより、せっかく動けるようになったんだから、このまま歩いて駅前に行ってみない?」
「え? 駅前? でもあそこは……」
先ほどとは打って変わって、少し青ざめた表情の幸子。もしかしたら、彼女が亡くなった原因と何か関係があるのだろうか?
「何か嫌な思い出があるなら止めておくよ?」
「……行くわ。今の駅前を見てみたい」
「了解。あ、ちょっと待って」
拓海は肩に掛けたリュックからワイヤレスイヤホンを取り出すと、耳に装着した。
「それなあに?」
「イヤホンだよ。君のことは周りの人たちには見えないだろ? 傍から見たら俺はブツブツ独り言を言ってるヤバい奴になっちゃうから、スマートフォンでお喋りしているようにカモフラージュするのさ」
「嫌本? すまあと本?」
「あー、スマートフォンはこの携帯電話のこと。これがあれば何でも出来るんだ。本とかも読めるし、写真も撮れるし、財布にもなる。翻訳機能で外国人と会話だって出来る。で、このイヤホンは受話器みたいなもんかな」
スマートフォンの操作をして色々と画面を見せてあげると、幸子が感嘆の声を上げる。
「すごいわ……。今はこんなに便利なものがあるのね」
「うん。ということで先ずは駅前にいきましょうか、姫さま」
おどけてみせる拓海に、顔を赤らめる幸子。
「そ、そんな、姫さまなんて」
「さっちゃんはお姫さまのように可愛いから」
「も、もうっ! 拓海ったら、揶揄わないで!」
「あはは。さっ、行こう」
スッと手を差し出すと、一瞬、彼女は戸惑うも、俯きながらそっと手を重ねて来る。繋ぐことは出来ないが、気分を盛り上げていきたかった。
これまで橋から遠巻きに街の発展を眺めていた彼女。行き交う人々や車の様子から時代の流れを感じてはいたはずだが、初めて間近に見ることが出来た街に興味津々といった様子で、キョロキョロと辺りを見回している。
「すごいわ。こんなに高い建物ばかり。それに道路も全部綺麗に舗装されているわ」
なるほど。拓海にとっては当たり前の光景が、彼女にとっては、とても新鮮に映るようだ。
「さて、駅前に着きましたよ。どう? 面影はある?」
「ええっ!? これが今の駅前なの!?」
驚きのあまり、あんぐりと口を開け、駅前のビル群を見上げる。
「面影なんてどこにも無いわ……。本当にここがあの駅前なの? まるで銀座みたい」
「郊外のそこそこ大きな街はみんなこんな感じだよ。まあ、最近は隣町の発展に押され気味だけどね」
「あたしの時代も、あそこは軍需工場が多いから急速に発展していたわ」
「まあ、今は軍需工場なんて無いけどね」
「え? そうなの?」
「うん。日本は戦争に負けたから」
「ええっ!? 嘘でしょう……?」
「本当だよ。1945年8月15日に日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏したんだ」
「8月15日……。そんな……」
拓海の説明になぜかショックを受けた様子の彼女。今の説明のどこがいけなかったのだろうか?
心配になり、彼女を覗き込む。これまで彼女のつらい過去を思い出させないよう、幽霊になった経緯などは一切聞いてこなかったのだが。
「……戦争に負けたのに、何でこの町はこんなに発展してるの?」
幸子が俯きながら、絞り出すように聞いてくる。
「それは生き残った人たちが頑張って復興させたからだよ。2009年までは日本は世界第2位の経済大国だったんだ。最近は元気ないけどね」
「そう……。戦争に負けても日本は滅びなかったのね」
彼女はゆっくりと顔を上げると、感慨深そうに駅前を見渡した。その様子に、拓海もほっと胸を撫で下ろす。
「ねえ拓海、あの大きな建物は何?」
「え? ああ、デパートみたいなもんだよ。百貨店、の方が通じるかな?」
幸子が大きな瞳を更に大きくして拓海を見る。
「……百貨店があるの!?」
「そんなに驚く?」
「だってここは田舎よ? 百貨店なんて銀座や新宿にしか無かったわ!」
「そうなんだ。まあ、最近の百貨店はロードサイドのショッピングモールに押されてるけどね」
「……行きたいわ」
「え?」
「拓海、お願い! あの百貨店に連れて行って!」
目を輝かせ、興奮した様子で手を合わせて懇願してくる幸子。その様子に拓海は吹き出しそうになるのをグッと堪えると、頷いてみせた。
「了解。お安いご用です、姫さま」
彼女を促し、デパートに向かう。1階の入り口まで来ると、フロア案内を指し示した。
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