アホウドリの空_Season2〜自衛隊ラブストーリー〜【その参】愛とはお互いを見つめ合うことではなく、共に同じ方向を見つめることである。 ①
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【その参】愛とはお互いを見つめ合うことではなく、共に同じ方向を見つめることである。 フランス人作家・パイロット アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ ①
目を覚ますと、窓の外はまだ暗かった。
あ、そうか。昨日帰って来たんだった。
航海から戻り、そのまま転がり込んだ彼の部屋。
ぼんやりとした灯りが視界に入り、ふと横を見ると敏生は既に起きていて、夕陽を起こさないよう、背を向けてベッドに座り、小さな灯りで新聞を読んでいる。
スマホ全盛の時代であっても、「携帯ニュースだと興味のある記事しか見ないからね」と、紙面にこだわっている彼。
そういえば昨日の帰り道、新聞屋さんに電話して配達再開をお願いしてたっけ。
夕陽は気づかれないようにそっと起き上がると、裸のまま背後から彼に抱きついた。
「おはよ、敏生。ちゃんと電気点けないと、目、悪くなっちゃうよ?」
「起きたのか?」
新聞を畳んだ彼にグイッと抱き込まれ、膝上に横たえられる。
「にゃんっ」
可愛く甘えてみせると、彼の手が頬をそっと撫でた。
「どうしたの? 眉間にシワなんか寄せちゃって。敏生らしくなーい」
子猫の仕草でコンコンと敏生の眉間を拳で突つく。
「あ、いや、この新聞の連載小説の展開がなかなかショッキングでさ」
彼の視線が追っていたのは明らかに日本周辺のきな臭い地政学に関連した記事だったが、現地から戻って来たばかりで暗い気持ちにさせないよう、気遣ってくれたようだ。
「ふーん? てっきり横浜ベイダース一〇連敗にショックを受けているのかと思った」
「こら~」
彼が苦笑しながら髪をかき混ぜてくる。そんなやり取りが心地よい。彼に抱き起され、唇を塞がれると、夕陽は彼の首に腕を回した。お互いの存在を確かめ合うように、艶めかしく舌を絡ませる。いくら求めても足りることがない愛しい人。
再びベッドに横たえられると、乳房にキスが落ち、頂を舐られる。堪らずに声を漏らして仰け反ると、彼の愛撫がますます熱を帯び始める。
欲しい、彼が。
はしたないと思いながらも、手を伸ばそうとしたところで、彼がおもむろに起き上がった。
「……そういえば連絡が来ててさ。ほら、前に話していた俺の親友。今日の午前中に横須賀に入港するから、今夜、横浜で飲まないか?って……」
突然愛撫を中断し、そんな話をしてきた彼に、一瞬キョトンとしたが、夕陽にとっても大事なイベントだったことを思い出す。
「あしがら」との空対艦訓練は案の定、全機撃墜の憂き目に遭った。
だが、あの日の夕陽は絶好調で、最後まで見せ場を作った。敏生が囮になってくれて、あと少しのところまで追い詰めたのだが、最後の最後でCIWSの餌食になってしまった。
残念ではあったが、海上部隊に対して自身のプレゼンスを高めることができ、充実感に満たされた訓練だった。
ただ、その後は緊迫感漂う台湾海峡と尖閣諸島沖での示威行動で、威嚇してくる国籍不明機に対して何度も緊急発進を掛けることになり、緊張続きで疲労困憊となった。
なので、二カ月ぶりに厚木の滑走路に降り立った時は、これまでにない安堵感に包まれ、その余韻のまま、何度も何度も彼と濃密に求め合った。
解放感から、飛行機よりも足の遅い艦の仲間たちがまだ海の上だったことを、すっかりと失念していた。申し訳無い思いでいっぱいになる。
「うん、もちろん大丈夫だよ。敏生の親友さんに会うの、すごく楽しみ。敏生の学生時代のお話、いっぱい聞くんだ」
「ありがとう。あー、今から緊張して来た」
「何でよぅ?」
「だって初めてだもん。あいつに恋人を紹介するの」
「ご両親の時は全く緊張して無かったじゃない」
「親と親友はまた違うというか、さ」
やはり、彼も特別な感情を抱いていたのだと分かり、胸がいっぱいになる。
「……嬉しい」
「おわっ、なんで泣くの?」
「だって、嬉しいんだもん……」
涙が止まらない。心の奥底に閉じ込めていた一抹の不安が和らいでいく。
「愛してるよ、夕陽」
「好き。大好き、敏生」
夕陽は彼にきつく抱き着くと、子供のように泣きじゃくった。
*
横浜は久しぶりだ。せっかくのオフ初日なので、早めに家を出て、約束の時間まで街歩きデート。遅くまで気兼ねなく飲めるように、と、敏生がみなとみらいのホテルも予約済みだった。
世の中は不景気ではあったが、街を行き交う人々の表情はどことなく明るく見えてしまう。先日までの南洋での、あの睨み合いの緊張感が嘘のようだ。改めて、平和は砂上の楼閣に過ぎないと思い知った航海だった。
「ん? どうしたの?」
険しい顔をしてしまっていたのだろうか? 彼が夕陽を覗き込んでくる。
「……ううん。ただ、平和だな、って」
いけない、と思い、努めて明るく切り返すと、ポンと彼の手が頭に乗った。当たり前の平和を守りたい。出会ったばかりの頃、彼が口にした言葉が、今ではとても良く分かる。
「あ、俺、ちょっと駅前の高増屋行きたい。いいかな?」
「何か買うの?」
さり気なく、日常モードに引き戻してくれる彼。
「財布がもうだいぶボロボロになってきたからさ」
「あ、じゃああたしが買ってあげる!」
「え? でもそれは……」
「いいの! いつも敏生に買ってもらってばかりだから、今日はあたしがプレゼントしたいの! それにお財布ならいつも持ち歩いてもらえるし」
「……嬉しいよ。じゃあお言葉に甘えようかな」
「うん! じゃあ見に行こっ」
「あ、俺は他のフロアで時間潰してるよ。夕陽の選んでくれる財布、楽しみに待ちたい」
「う……何か責任重大」
「大丈夫。夕陽が俺のために選んでくれるものは何だって嬉しいから。その代わり高価なものはダメだよ?」
「了解!」
デパートに着くと、待ち合わせ場所を決めて、しばしの別行動。男物のお店に単独で入るのは初めてのことだ。
高価って幾らぐらいからだろう。でもあまりにも安物だと長持ちしないし、敏生に末永く使ってもらうには、やっぱり奮発したいな。でも、高価なものはダメって言われたし。
色々と眺めながら思案し、ふと、閃く。
……お揃いの財布を持つ、っていうのもありかも。
であれば、多少高価でも、自分も欲しかったから、と言い訳も立つ。考えてみれば、彼とお揃いのものは、何も持っていなかった。ペアルックなどは、さすがに気恥ずかしいが、財布なら目立つこともなく、いつも持ち歩くものなので、初心者としてはうってつけだ。
お揃いにするなら、男物のお店で選ぶ必要は無い。心の敷居も下がり、途端にウキウキとしてくる。敏生の今のお財布は二つ折りで、カードが沢山入るもの。いつもの彼の使い方を見ていると、長財布は止めた方が良さそうだ。
いくつかのお店を回って、ふと目に入ってきた、色違いのペア財布。敏生の好きな色であるネイビーブルーと、夕陽の好きな色の一つであるクリムゾンレッド。
あ、これいいかも!
値段も高価の部類だが、これなら許容範囲だろう。仕様を確認したいので、店員にお願いしてショーケースから出してもらう。カードも沢山入るし、小銭入れも付いている。決まりだ。
夕陽は支払いを済ませると、足早に店内の待ち合わせ場所に向かった。敏生は既に待っていて、スマホを眺めていた。
「お待たせ! ごめんね、時間掛かっちゃって」
「いや、大丈夫だよ。俺もさっきここに来たばかりだし、夕陽が一生懸命選んでくれていると思ったら、嬉しくて」
「えへへ。はい、これ、プレゼントです」
「ありがとう!」
小さな手提げ袋を受け取り、早速、中の財布を取り出す彼。そして動きが止まる。
「……え? これ、ヴィルワン・イーストウッドじゃん!」
ブランド物の財布に驚く彼。言いたいことは分かる。だから、すぐさま牽制攻撃だ。
「あのね、実はあたしも買っちゃったの。色違いのお揃い」
じゃん、と自分のものも、彼に見せる。
「えっとね、せっかくだから、敏生とお揃いのものを身につけたいな、って思って。そうなると、長持ちしそうなものがいいから、やっぱり少しは奮発したいな、って……」
敏生は驚いた顔で、まじまじと夕陽を見つめていたが、やがて人目も憚らず、ガバっと夕陽を抱きしめた。
「……何でそんなに可愛いんだよ、夕陽は。堪らなくなるだろ」
夕陽もギュッと抱きしめ返す。
「気に入ってくれた?」
「当たり前だろ。しかも夕陽とお揃いなんて、嬉しすぎて最高だよ」
「良かった。これね、カードも沢山入るし、小銭入れもちゃんと付いてるから」
ハグを解き、自分の財布を見せながら説明する。
「いいね、早速使いたいな。どこかで入れ替えたい」
「人目のあるところじゃ危ないよー」
「じゃあ……人目のつかないところに行く?」
「もう、だーめ。これから約束あるでしょ?」
「ん? そこら辺の漫喫で、と思ったんだけど……」
壮絶な勘違い。デジャヴだ。顔から火が出る。敏生は優しく微笑むと、夕陽の肩をグイッと抱き込んだ。
「その代わり、今夜も寝かさないからね」
「うん……」
どこまでも幸せ過ぎる、彼との時間。近場の漫画喫茶に入り、早速、二人で財布を入れ替えてから、約束のお店に向かった。
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