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雪の降る街で 第七章 「疑念」 ③

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この作品はフィクションです。実在の人物団体事件出来事とは一切関係ございません。


第七章 「疑念」 ③


 一夜明け、第一小隊の面々が繁忙の藍抜きでミーティングをしている最中だった。

「おい!! テレビ着けろ!! MHKだ!!」

 騒々しく転がり込んできたのは同じホームセンターに駐屯する後方支援連隊の陸曹長。

 光一は急いで情報収集用のテレビに走ると、スイッチを入れた。

 一小隊以外の面々も続々と集まってくる。

 チャンネルをMHKに合わせると、曇天の下、横一列に整列する制服姿の男たちが映った。陸自のものではない。旧軍を彷彿とさせる、芥子色の制服を身に纏った彼ら。

 中央に立つ、ロングコートを纏った男が一歩前に進み出ると、映像がその男にクローズアップされた。

 精悍なマスクが醸し出す、画面から溢れんばかりの存在感。男が静かに目を見開く。見る者を射抜くような目力。

「日本国民の皆さん、初めまして。私の名前は仲木戸賢治。この間まで陸上自衛隊補給統制本部に所属する自衛官でした。今はこの国を憂える者の一人とでもしておきましょうか」

 彼は口角を上げると、大仰に両手を広げた。

「今、この目の前に広がっている場所がどういうところか皆さんはお分かりだろうか? 新潟県庁からほど近い、信濃川沿いにある約五千坪の土地。これだけあれば学校や病院、または商業施設や物流拠点など、様々な用途での活用が可能であり、行政としても街づくりを進める上で非常に魅力的な土地のはずだ。だが、そのような活用は残念ながら出来ない。何故ならここは日本では無いからだ」

 一旦言葉を切り、口を真一文字に結ぶ。

「この土地の主は、皆さんもよくご存じの、彼の国だ。彼等はここに新たな総領事館を建設する予定だ。だが現在の総領事館で働く職員は僅か二十名弱。そして東京・元麻布の彼らの大使館はここよりも狭い三千坪。明らかに過分な敷地だと言わざるを得ない。この地に交流センターを造り、両国友好の醸成に資するとの彼らの言い分を真に受ける国民は、今や皆無であろう。彼らの狙いは二つ。一つはここ新潟にセーフハウス、所謂アジトを築き、日本への間接侵略の拠点とすること。国際法上、外国公館に日本の公権力を行使することは出来ない。よってここは治外法権となる。ここで工作員を匿っていたとしても、また、武器や弾薬を蓄えていたとしても、日本国は一切手出し出来ないのだ」

 彼はカメラから視線を外すと後ろを振り返り、その先を指さした。

「そして二つ目は日本海の支配だ。ここ新潟の対岸には北朝鮮の羅津港がある。二〇〇五年に彼の国が五十年間もの長期契約で北朝鮮から租借した港だ。そこは、戦前に満州と新潟港を最短距離で結ぶ為に建設された要衝。従いここ新潟を掌握すれば、この航路を基に経済面で日本海を彼らの内海とすることができ、また、いずれはシーレーン防衛を名目に軍事プレゼンスも高めてくるだろう」

 彼は画面に向き直ると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「そう、彼等は我々が気づかぬうちに手筈を整えてきた。ここに限った話では無い。主要な自衛隊基地や在日米軍基地の近傍の土地は彼の国に抑えられ、我々の動きは常に監視されている。その事実を我々はただ、手を拱いて眺めているしかなかった」

 光一にとってはどれも初めて耳にする内容。それが事実であれば、この国は一体、今まで何をやっていたのだろうか?

「彼の国が日本を狙う理由はただ一つ。太平洋進出に伴う米国との対決に備え、防波堤とする為だ。一方、米国にとっての我が国は太平洋の覇権を維持する為の戦略的要衝で、同盟国とは名ばかりの只の尖兵に過ぎない」

 後ろ手を組み、ゆっくりと歩みながら、足下を見つめ語り続ける。

「戦後八十年、日本は常に戦勝国の思惑に翻弄されてきた。この国は常に米国を柱とする自由主義と、かつてはソ連、今では中国を柱とする共産主義による覇権争いの最前線であった。日本の戦後政治はその中で、米国盲従の保守勢力と、中共に媚びる革命勢力によって混迷を極めてきた。敗戦国の我々には独自の意思など微塵たりとも認められ無かった。殆どの国民は憲法九条こそが戦後日本のアイデンティティーであり、長きに渡る平和も九条によって守られてきたと思い込んでいるが、残念ながら我々を戦禍から守ってきたのは米国の強力な核の傘だ。只の国内法に過ぎぬ九条如きで守れる平和など、この地球上のどこにも存在しない。それが出来るなら争い事などとうの昔に無くなっている筈だ。では九条が守ってきたものは一体何なのか?」

 そこで立ち止まり、顔を上げる。

 計算し尽くされたかのような立ち居振る舞い。

「戦勝国にとって将来の脅威となりうる芽を摘むこと、即ち大日本帝国の復活を封ずることなのだ」

 語気を強め、訴えかけるように身を乗り出す。

 大袈裟な仕草も、彼に掛かれば自然と絵になってしまう。意識しなければ、あっという間に彼の世界に引き込まれてしまいそうだ。

〝コウちゃん!〟

 突如、脳裏に響いた彼女の声。

 そうだった。こいつが、菜々を。

「歴史は戦勝国によって捏造され、お人好しの日本人はGHQの戦後教育によりそれが真実だと教え込まされてきた。その歴史は日本を縛り、強請り、たかる為のものに過ぎないのだが、利権に群がる政治家やマスメディアによって、次々と嘘で塗り固められ、かつての美しき故国は悪の枢軸として貶められてしまった。正義の面を被り、彼らの手先として自虐史観で故国を貶めている連中は、彼の国を利することで己の懐を肥やさんとしている薄汚い売国奴に過ぎない。私はこれ以上、この神聖なる故国が踏み荒らされることに我慢がならぬ。故国が、大和の御霊が異国の詭謀に蹂躙され朽ちてゆくのを、ただ指を咥えて眺めていることなど私には出来ぬ! 手薄な地方自治に入り込んでこの国を根底から乗っ取ろうとする全ての動きを断つ為に私は起った」

 画面が再び彼の上半身を大きく映し出すと、彼は目を見開き、視聴者に訴えかけるように右腕を伸ばし、手のひらを翳した。

 その迫力に、光一は思わず唾を飲み込む。

「目を覚ませ日本人よ! 日本の要衝の大半は既に彼の国に乗っ取られている! 貴方達が日本だと考えている場所は既に彼の国のものなのだ! 貴方達が選んだ首長は果たして本物の日本人か!? 貴方達が国政に送り込んだ代表者は本当に日本人か!? 生まれや国籍のことを言っているのではない! この国を想い、誑かされず、私欲に捉われることなく、信念に基づいた行動が取れる人間かどうかを問うているのだ! 戦勝国に都合良く捏造され、洗脳され、押し付けられた自虐史観にいつまでも捉われ続ける負の連鎖は今こそ断ち切らねばならないのだ! 私は過去と訣別し、あるべき未来を築くことを全ての日本国民に提案する。そして私の理想郷を体現するため、ここ新潟に大日本帝国の復活を宣言し、諸外国と一切の外交を断絶することを宣言する。これはアンシャンレジームへの回帰などでは無い! 美しく清廉な在りし日の故国を取り戻し、この国に生まれ来る子孫に誇るべき魂を遺す為の行動である! 集え! 魂を持った日本人よ! 参じよ! 誇り高き志士達よ!」

 拳を振り上げ、気勢を上げる。

 独立宣言。

 戦後の日本人が無意識のうちに深層に抱く、敗戦国としての劣等感。その琴線に触れんとする、甘美なまでの危険な誘惑。

 もしかしたら光一も、この魅力的な男の強烈な誘惑に取り込まれてしまっていたかもしれない。

 菜々のことさえ、いや、多くの仲間を失ったあの山本山での戦闘さえ無かったら。

「ここで偉大なる三島由紀夫先生の言葉を借りよう。〝今こそ我々は生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主主義でも無い。日本だ! 我々の愛する歴史と伝統の国、日本だ!〟」

 三島由紀夫。

 その名前に、光一は首を傾げる。以前にどこかで聞いた名前。

「今日、この日が未来の日本のしるべとならんことを祈念して、私の建国宣言の結びとしたい。なお、我々は人質を取るつもりはない。賛同出来ぬ者は今から四十八時間以内にこの地域から退去して欲しい。それ以降は、我々に異を唱える者の生命及び財産は保証しかねる。以上だ」

 そうだ、あれは確か――――――

「賢治……さん……」

 横を向くと、いつ戻って来たのか、藍が画面を見つめていた。

「藍……さん?」

 初めて目にする上官の表情かお

 その顔を、その目を、光一は既に知っていた。

 そう、自分のことを見つめる菜々と同じ、愛する男を見つめる女の目だった。


リンク

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雪の降る街で 第一章 「鼓動」 ①|京

あとがき

 この回、すごく疲れました。当時、よくこれ書けたな、と思いました💦
 今回、改めての校正だけでも頭がおかしくなりそうで……。

 さて、この新潟の土地問題については現実のモデルがあります。

 実際には2010年~2015年にかけて起こった問題で、当時の市長が強引に彼の国への土地売却を進めようとして、市民たちの猛反対に遭い、市議会が売却方針の見直しを採択して、何とか事なきを得ました。

 今は複合賃貸マンションが建っているようですが、この物語は「売却を進められてしまった」というイフで進めていきます。

 私はここで政治問題については語りません。

 皆さまがそれぞれの信念に基づき、それぞれの想いを巡らせていただけたら、と思います。

 さて、次回は10月16日(木)に掲載予定、章題は「萌芽」

 藍と仲木戸の過去も少しずつ見えてきます。引き続きお付き合いいただけますとありがたいです。よろしくお願いいたします。