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「仮病」というレッテルと、私を生かした一つの書き込み

数か月後、年度末の異動の時期がやってきました。 提示された新しい配属先は、まさかの「一番人と接するお客様窓口」でした。

心も体も悲鳴を上げている人間を、なぜ一番プレッシャーのかかる場所に置くのか。会社の意図は分かりませんでしたが、案の定、私の体調は急速に悪化していきました。

風邪をひきやすくなり、激しい頭痛が続き、便秘と下痢を繰り返す毎日。朝起きても指一つ動かないほど体が重くこわばる日が増えていきました。

そんな中、風邪で会社を休んだ日のことです。 人事から呼び出され、こう告げられました。

「風邪の診断書を出してください」

社内規定にはない対応だったため、「なぜ風邪で診断書が必要なのですか?」と尋ねました。 人事は悪びれもせず、こう言い放ちました。

「うつ病患者は仮病を使うから」

胸の奥が冷たく凍りつくのが分かりました。私は会社にとって、最初から「嘘つきの病人」だったのです。

同じころ、学生時代の先輩から突然電話がかかってきました。人事の仕事をしているという先輩は、「うちの会社で障がい者枠の採用をしたいんだけど、いい人を知らない?」と聞いてきました。 後から思えば、どこからか私の状況を聞きつけ、助け舟を出してくれようとしていたのかもしれません。

けれど当時の私には、環境を変えることを考える余裕など微塵もありませんでした。 そもそも「自分が障がい者手帳の対象かもしれない」ということすら思い至らなかったのです。うつ病と障がいが結びつかず、自分が該当するなんて夢にも思っていませんでした。

会社での不信感と肉体の限界の中、ずっと頭の片隅にあった「消えてしまいたい」という希死念慮は、日に日に強くなっていきました。 画面に向かっては、静かに検索を繰り返す日々。

そんなとき、あるネットの書き込みが目に留まりました。

書き込みをした人は、一人暮らしをしていたお兄さんを自死で亡くした方でした。 そこには、遺族の悲しみだけでなく、生々しい現実が綴られていました。

悲しむ暇もなく始まった遺品整理。 マンションの損害賠償や清算の手続き。 親戚や近所からの心ない言葉や好奇の目。

「家族はどれほど迷惑を被ったか。だから、もし死ぬのなら、お願いだから誰にも迷惑をかけない方法でやってくれ」と。

その言葉に、ハッとしました。 「残された人に迷惑をかけたくない」——ただその一心で、私は「誰にも迷惑をかけない方法」を必死で探すようになりました。

パソコンの前で、ずっと、ずっと探しました。

でも……どうしても、見つかりませんでした。 誰にも迷惑をかけずに消える方法なんて、この世のどこにも存在しなかったのです。

今振り返れば、あの哀痛に満ちた見知らぬ誰かの書き込みが、私をこの世に踏みとどまらせ、生かしてくれたのかもしれません。


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