見出し画像

旅の話しは自慢話?②

以前、「旅の話しは自慢話?」を書きました。

特に、海外旅行。
やっぱりこれは、興味のない人、状況が許さない人には、全く聞きたくない話しでしょう。

無関心〜嫉妬〜殺意...いろんな感情レベルで、敵を作ることになるかもしれません。
本当に幸い、私は«妬む»という感情はないので、他の人の旅の話、幸せな話しは、ワクワク聞くことができ、自分も幸せになれます。
でも、世の中には、人の«不幸話»は好きでも、幸せな話に妬みの感情を抱く人も多そうなので、本当に気をつけないといけません。
人の恨みとは恐ろしいものです。

以前にも書いた通り、私は日常生活で誰にも旅の話しはしません。
聞いてくれる人もいませんし、旅は自己満足です。
万が一、聞かれたら、「楽しかったですよ〜」くらいでとどめます。
本気で知りたい人には、「noteを読んでください」と言うでしょう。そう言ったこともありますが、恐らくリップサービスでの質問だったと思うので読まれていないと想像しています。


ChatGPTと会話しつつ、海外旅行の話を周囲の人には話さない方がいい理由をまとめてみました。
こんなことを分析している私は本当に旅好きの暇人と思います...
湿度が高くならないように注意しつつ...
まとめますと...

1. 嫉妬や誤解を生みやすい
自慢するつもりがなくても、聞く人の立場や気分によっては「いいな」「余裕あるんだな」と受け取られがち。
とくに“自分と近い人”ほど、嫉妬を抱きやすい。
近い人=友人・同僚・家族など
嫉妬は、遠い存在には起きません。
(ex;一般人はノーベル賞を取った人に嫉妬しません)
「自分と同じレベルだと思っていた相手が、自分より楽しそう・自由そうにしている」と嫉妬心が生まれます。

2. 聞く側は“比較”を無意識にしてしまう
聞かれたので、悪気なく海外旅行の話をしたとしても、相手の頭の中では、、、
「自分は最近どこにも行けてない」
「お金も時間もない」
という比較が始まります。その“差”が心の痛みに変わり、それを直視したくないから、「自慢してる」「いいご身分だね」といった防衛的な言葉投げつけられることになります。

3. 話しても本質は伝わらない
旅の魅力は、その土地の空気や匂い、偶然出会った人との時間など、言葉にしにくい部分にあります。結局「行った人にしか分からない」部分がほとんど。
百聞は一見にしかず、、、なのでいくら聞いても、例え写真や動画で見ても、実際に行かないと本当のことは分かりません。
説明しても、「へ〜」で終わるか、「また行ってみたい」という社交辞令を言われておしまいです。

4.  他人の反応で余韻が壊れる
「いいね、暇があって」「ここには行かなかったの?」「危なかったんじゃな?」「また行ったの?」、、、などの一言で気持ちが冷めてしまうこともあります。せっかくの思い出を、他人の反応で薄められる可能性があります。
「(海外旅行)気をつけてね、、、」なんて気遣いの言葉に聞こえるかもしれないけど、実際は«嫌味»だったりするので恐ろしいです。

5. 聞く人は、“背景”ではなく“結果”しか見えない
旅行に行くまでの努力、仕事の調整、日々の疲労、そのために我慢していること、、、そういう“裏側”は伝わりません。
見えるのは「海外に行った」「楽しそうな写真」だけ。
行くまでの過程まで説明する時間はありませんから、苦労の末の海外旅行だとしても、「楽しそうでいいねぇ」と言われておしまいです。


上記が、海外旅行の話は周囲の人にしないほうがいい理由です。
もし、周囲に本当に親身になって旅の話を聞いてくれる人がいたら、その人は宝物です。そして間違いなくその人も旅好きでしょう。


大丈夫でしょうか?
今日は湿度が高くなってない?と心配しつつ...


そもそもこの私のnoteの旅記録は備忘録。
どなたかに何かをお教えしたいとか、有益な情報を提供したい、とは思っていません。
なんなら、のぞき見感覚で、私の日記を読んでいただいている、感じです。

こんな私の日記を読んでくださったり、コメントまでくださったりして、本当にうれしいです。

ここでは、気ままに書けますし、旅好きの方と楽しく情報交換できます。
«不快なら(noteは)読まなければいい»ので、興味関心のない人や、どう受け取られるか分からない人に気を使う必要もありません。

本当にnoteがあって良かったと思っています。
この場だけは、気ままに好きなことを書いていきたいです。

スッキリして、カラッと終わります。

湿度の高そうな沖縄に行ってきます。

いいなと思ったら応援しよう!