男女の友情はまぼろしか
ノートパソコンをひっくり返しちまった(こげが)。
ソファに座り、小さなサイドテーブルにパソコンを置いて作業をしていた(わたしが)。円形の天板から四すみがはみ出しており、不安定な状態であったことは否めない(パソコンが)。
作業の合間に、お茶を淹れようと台所へ立ったその刹那、凶行に及んだのである(わたしが/こげが)。

このテーブルに興味を示したことなんて一度もなかったじゃないの。あんたもう相当でかいのに、なんで収まると思ったんだよ。見積り甘いよ。あれから開け閉めのたびに「ぱきゃっ」と音がするようになったパソコンで、この文章を作っています。こわい。
今日はひっさびさに、読んだ本報告。千早茜「男ともだち」。なんだか年齢が近い主人公の話にばっかり惹かれるぜ。わたし自身が迷えるアラサーだからかな。
なんか、神名もハセオもだらしないし、彰人こんにゃろーだし、医者きもいし!でもみんなそれぞれいろんな傷があって、そこが未だにじくじくしてて、結果こういう生き方になっていったのだろうね。露月さんが神名に「ファザコン」だと指摘するシーンは、なんかちょっとわかっちゃう気がしてそわそわした。
「そう、あんたはね、男を信用してないの。すぐ寝ちゃうのもそのせい。身体を与えておいて、自分に欲情する男という生き物を見下しているのよね。けど、あの坊やは決してあなたを抱かない。あんたから何も奪わず、守ってくれる。だから、あんたにとっては最上の男なの」
神名は「理想の父親」をハセオに見ているということなのかな。いわゆる男女の関係にあるものとはまったく違う愛の姿。存在まるっと全肯定とか、無償の愛とか、包容力とか、そういうものが原材料で、例えば一緒に寝るという行為にも性的な欲求が一切絡まなくて、この人にならどんな姿を見せても大丈夫だと安心しきれるような。
わかるうう。わたしもずっとお父さんほしい。ずっと別々に暮らしていて、しかもあんまり上手に関わってもらえなくて、あんまり家族家族した環境じゃなかったからか、いわぬる父性に飢えている自覚がある。しかも、わたしの場合はそれを恋人に着せてしまう。そりゃあうまくいかないよ!!!
神名は、無償の愛をくれるハセオとの関係を「男女の友情」と呼びたい。けど、実現しがたいものなのは神名自身もわかっている。だから、ハセオが真司さんに嚙みついたとき、ハセオとの関係が恋愛じみた方向に進展することを恐れたり、その一方で、もしハセオと離れてしまうことになってもなるべく傷つかないように、単なる男女の関係になろうと迫ってみたりする。
わたしにも「ハセオ」や「あんちゃん」がいた時期があったけど、みんな結婚して家庭をもって、そうはいっていられなくなってっちゃったな。今までのようにわたしと会ったら、そりゃ奥さまいい顔しないもんね。「わたしたちはそういう関係ではなくて」なんて弁明しようもんならますます怪しいし、エロ目的じゃないからこその嫌さがあるよね。旦那の近くにいてほしくない女ランキングぶっちぎるで。男女の友情って、結局は幻想なんかな。神名とハセオみたいに、当事者2人の間で確かなものであればあるほど、周りから疎まれるものになっていくよな。でもさー同性の友達ってなるとそれはそれで、大人になってから結婚してるかしてないか、子どもいるかいないか、どんな仕事してるか、どれくらいお金持ってるかとか、、、はあ。友達って難しいよね。

わたしはさ、いまだにずっと、空きコマにお昼寝しにいったり、部屋着のままスマブラしに行ったり、コンビニから「デザート何がいい?」ってテレビ電話かけてこられたりしたいだけなんだよ。
R-1始まっちゃった!!!!!!
