母乳が出なかった私のたどり着いたところ

出産したら、
当たり前に母乳は出るものだと思っていた。
そんな私の、母乳育児と格闘した11ヶ月間のお話。

現在娘は1歳半で、とっくにに卒乳済み。
色々と終わった今だからこそ出来る話を書いていこうと思う。

妊娠中、出産準備本とやらを何冊か読んだが、
「母乳は最高の栄養」
「赤ちゃんは出来るだけ母乳で育てましょう」
などという文言がやたら目に入ったので、
「だったら母乳で育てよう!」と当たり前のように考えていた。
ミルクも、調乳に必要なグッズも、
「必要になるだろうから少しは揃えておけば?」
と両親は言ったけれど、母乳が出るだろうし、万が一出なかったら考えればいいや、と何も揃えていなかった。

妊娠期間はあっという間に終わり、いよいよ出産の日を迎えた。
無痛分娩か自然分娩か最後まで悩んだが、自然分娩を選んだ。
出産への恐怖心から色々と対策をしていたおかげで、
かなりのスピード出産だった!

安産だったことにほっとしたのもつかの間、早速夜通し泣き止まない娘。
身体は疲れ切っているし、初めてのことでどうしたら良いか分からないけど、1人だし、、とにかく寝てくれれば何でも良い、、!
「母乳にこだわるか、ミルクも足しながら母乳を頑張るか」
と看護師さんに確認されて、特に深く考えず、「できれば母乳で育てたいが、ミルクもあげることに抵抗はない」と答え、藁にもすがる思いで看護師さんのアドバイスのままミルクを足した。

入院中は、吸わせていれば必ず出るようになる、との看護師さんの言葉を信じて、1日10回以上の頻回授乳。
助産師さんのアドバイス通りに吸わせ方も工夫した。
しかし、一向に私の胸からは母乳が出ない。
滲みもしない。
こんなに頑張って吸わせているのに何故、、!
看護師さんは毎日母乳指導とマッサージをしてくれたが、
変化のない日々が続く。
そんな私の悶々とした状況をよそに、隣の部屋のお母さんは既に母乳がよく出ているようで、看護師さんとの会話が聞こえてくる。
母乳はよく出るが、赤ちゃんが吸ってくれず胸が張って痛いらしい。
全く張らない自分の胸に焦りを感じつつも、まだ産後1週間も経っていないから、とどこか余裕でいた私。
この頃はまだ、母乳が出ないことや、どうしたら早く出るようになるかを友達や周りの大人に相談する余裕もあった。

結局状況は変わらないまま退院。里帰り出産だった私は、実家に帰宅。
家に帰ったら、ほっとして出るようになったという人がいたので期待していたが、一向に変化はなかった。そして、この頃には娘は既にミルクに慣れ、母乳を嫌がるようになっていた。

2週間検診の母乳指導では、助産師さんと一緒に、ギャン泣きする娘に無理やりおっぱいを咥えさせ、どれだけ吸えているか測ったが、全く吸えていなかった。
しかし乳房マッサージをしてもらったら、今まで見たことのない量の母乳が出てきて感動した。助産師さんからも諦めないでと励まされ、このまま頑張っていたらきっと沢山出るようになる!と、微かな希望を持って帰宅した。

しかし、やはり状況は変わらない。

母が近くの助産院を探してくれたので、行ってみることにした。
授乳の様子を見てもらったり、乳房マッサージをしてもらったりすることができ、産後ケアチケットが使えたので何回か通った。
色々と診てもらったり、助産師さんからもらうアドバイスを全て試したりしたが、胸は全く張ってこないし、毎回の母乳測定の数値はゼロ。
この測定がまた辛い。今回こそは吸えているかも、、!という期待が一瞬にして打砕かれ、なんとも言えない気持ちになる。

もしかしたら舌が原因で上手く吸えないんじゃないかと、舌小帯を切る手術を受ける策もあると提案されたが、そこまでしなくても、、と断った。
変わらない状況に助産師さんも頭を抱え、しまいには、今回は諦めて2人目で頑張れば良いんじゃない?と遠回しに言われた。
私だって諦めていないのに、助産師さんにそう言われたことが悔しくて、娘に抱きつきながら大泣きした。
別の助産院なら、、!と他を探して電話してみるも、この時既に産後1ヶ月が経とうとしており、私の状況を鑑みて、ここからの指導はうちでは難しいと断られる始末。まさに絶望だった、、

娘は相変わらず授乳の度に、おっぱいを嫌がりギャン泣きする。
先にミルクをちょっとあげてみたり、あやしながらあげてみたり、、授乳の時間がとても辛かったが、とにかく頻回授乳をやめたら終わりだと思っていたので、何としてでも3時間おきに吸ってもらおうと必死だった。
しかし増えるのはミルクの量ばかり。
今回買ったミルクがなくなる頃にはきっと、、と毎回希望を持っては、その希望は呆気なく打ち砕かれていった。

娘の昼寝中は、せっせと搾乳(10mlも取れなかった)やマッサージ。
でも睡眠も取らなきゃなので昼寝もする。
ご飯は根菜多めでいつも以上に食べ、体重は5Kgも増えた。
水分も取るし母乳に効くハーブティーも飲む。
やれることは全部やっていた。

父と母が心配してくれるのもまた辛かった。
私を思ってしてくれるアドバイスや哀れむような目線が辛くて泣いたことも沢山あった。泣きながら何度も東京にいる夫に電話した。

産まれたての赤ちゃんを一目見たいと近所の人や親戚が実家に来ることがあった。でもそれがまた嫌だった。
何故なら皆絶対に母乳かミルクかを聞いてきたから。
母乳をあげたくてもあげられない人もいるのに。
母乳が出ることが当たり前じゃないのに。
悪気はないと分かっていてもすごく嫌だった。
娘がおっぱいを嫌がる姿を見られたり、泣き声を聞かれたりするのも嫌で、とにかく全部が嫌だった。

そんな日々が続き、あっという間に東京に戻る日になった。
この時点で娘を出産後2ヶ月が経過していた。
搾乳量も母乳測定の結果も変化のない状況が続いていたが、とにかくミルクの前には必ず母乳を吸わせる、他の時もクズったら吸わせるなど、なんとか授乳回数を減らさないよう継続して頑張っていた。
ネットで同じような状況の人がいないか頻繁に調べていたが、もう早々に母乳を諦めてミルクに切り替えている人が多くなってきている時期だった。

しかしまだ2ヶ月だと、諦めの悪い私は、東京に戻ってからも助産院や母乳に効くという鍼治療のお店を探し、せっせと通った。
助産院では、母乳は出ているけど赤ちゃんが上手く吸えていないだけだから諦めないでと言われ、吸う力がつくような哺乳瓶を貸してもらったり、かと思えば、病院の母乳外来では、もう母乳はほとんど出ていないから諦めてスキンシップとしてあげていく方向に切り替えたほうが良いと言われたりと、周囲の人の言葉に一喜一憂したり、涙したりする毎日だった。

頑張った甲斐あって、以前より母乳が出ている実感はあった。
しかし、母乳測定はいつもマイナスか一桁。
何故、、、!

そんな日々が続き、自分の中でも、もう母乳をやめてミルクにしてしまいたい、楽になりたい、という気持ちと、ここまでやったんだから途中でやめたくない、最後まであげ続けたい、という気持ちの葛藤が常にあった。
娘の母乳拒否もますます酷くなる一方で、それまでなんとかあやしたり、乳頭保護器をつけたりしながらタイミングを見計らって吸わせることが出来ていたのが、全く吸ってもらえないことも増え、しまいには娘の寝落ちするタイミングを狙って、何とか半分寝ながら吸ってもらうことしか出来なくなった。
授乳回数が少なくなることに焦りと恐怖を感じ、今日もまた吸ってくれない、、と、授乳の度に涙していた。気づけば授乳中心で生活が回り、一日中母乳のことばかり考えていた。

私は今までの人生において、途中で諦めた経験が余りなく、困難と思えることも割と努力で乗り越えて達成してきたので、珍しく挫折を味わい、どう対処して良いか分からなくなっていた。
ここまで頑張ってきたのだから簡単に引き下がれない、
という気持ちが常にあった。

そうこうしているうちに産後4ヶ月が経った。
ここまで頑張り続けてきたが、精神的にかなり疲れてきていた。
ある日、いつものようにおっぱいを嫌がりギャン泣きする娘を見て、
「もう頑張るのやめても良いかな。」
と夫に言ったら、
「ここまでよく頑張ったよ、お疲れ様でした。」
と一言言ってくれた。
そこで初めて、自分の気持ちの中で一区切りつけることが出来た気がしたのを覚えている。
そこから、通っていた助産院や鍼治療を思い切ってやめた。
しかし完全に諦めたわけではなく、娘が嫌がらない時に、ストトレスのない範囲で、スキンシップとして少しでも娘が母乳を吸い続けてくれたらそれで良いと思えるようになった。

そうは言いつつも、常に悔しさや辛い気持ちは消えなかった。
この頃になると、徐々に近所のベビーマッサージや児童館に遊びに行くようになったが、周りのお母さんたちが母乳をあげている姿を見たり、おっぱいが張って痛いだのという話を聞いたりするのが羨ましくて辛かった。
もちろんミルクで育てているお母さんもいたけれど、私のように母乳が出なくて悩んでいる人はいなかった。
また別の日に、子供を連れてお出掛けし、ベビールームに入れば、母乳をあげているお母さんが羨ましいと思った。
友達が家に遊びに来る機会も増えてきたが、皆の何気ない母乳かミルクかという質問に答えるのがいつもしんどかった。

そして、あっという間に生後半年が経った。
まだ母乳はあげ続けていたが、この頃になると、もう離乳食がスタートしていたこともあり、徐々に授乳回数は減っていった。
悲しい気持ちもあったが、成長と共に仕方のないことだと受け入れる心の余裕もできつつあったし、何としてでも母乳をあげなきゃ!と頑張っていた頃と比べて、随分気持ちが楽になっていた。

生後8ヶ月頃になると、何故か娘はおっぱいが好きになってきた。
授乳回数はもう1日1回程度になっていたし、母乳はもうほぼ出ていないはずなのに、安心するのか面白いのか、おっぱいを見ると嬉しそうに寄ってくるようになった。
反対に私はこの頃になると、もう卒乳しても良いかな、と考えるようになっていた。お酒も飲みたいし、カフェインも気にせず好きなだけ摂りたい。
でも、娘が嬉しそうに吸いたがるので、吸ってくれるうちはあげ続けることにしていた。
娘にどんな心境の変化があったのかは分からないが、あんなに嫌がっていたおっぱいを求めてくれるのは素直に嬉しかった。

そんな日々が続き、娘が間も無く1歳になろうとしていた頃、第2子の妊娠が発覚した。これをきっかけに、卒乳を決め、案外娘はそれをすんなり受け入れてくれて、私の母乳育児はここにて終了した。

私がこのnoteを書こうと思ったのは、私が辛い時、ネットでどれだけ調べても、同じような状況の人がなかなか見つからなかったから。
結果完母になりました!とか、母乳量が増えました!とかいう話ではないので、結末にがっかりするかもしれないけど(現にあの頃私はそういう話を探していた)まず、同じような悩みを抱えている人に、自分だけじゃないと思ってもらえたら幸いだと思う。
そして私の話を、頑張った結果どうなるかという一例として参考にしてもらえたら幸いだ。
一つ言えるのは、娘はほぼミルクで育ったけど、母乳で育った子と比べて劣るところは今の時点で何もない。むしろめちゃくちゃ元気!

頑張ったことは決して無意味じゃなくて、目にみえる結果として残らなくても、今に繋がっていることは沢山あると思う。
娘はもうおっぱいは吸わないけれど、未だにおっぱい=安心する存在だと認識しているし、それが娘の心の安定に繋がっている。
今振り返ると、あんなに思い詰めるほど頑張らなくても良かったのになぁという思いもありつつ、今悔いなくあの頃を振り返ることができるのは、あれだけ頑張ったからだという気もする。
自分が納得いくところまで頑張ったら、結果はどうであれいい思い出になるし、良い方向に向かうということだろう。

2人目はどうかな。1人目の時には全く張らなかった胸が今は張っているので、何となく勝手に次は出るんじゃないか?という気がしている。笑
でもまぁ出なかったとしても、
前回のように辛くなることはもうないと思う。
誰に何を言われようと、出ないもんは仕方ない!
と、あの頃は言えなかった言葉を堂々と今は言える気がするので。

また2人目の出産を無事に終えたら、どうだったか書こうと思います。


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