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仕事が回っていたことと、仕組みがあることは違う

仕事が問題なく回っていると、
その仕事は「うまくいっている」と思われやすいです。

毎日、大きなトラブルもなく進んでいる。
誰かに何度も確認されることもない。
周りから見ても、特に困っているようには見えない。

そうなると、その仕事には問題がないように見えます。

でも本当は、
仕組みで回っているのではなく、
誰かの気づきや先回りで回っていることがあります。

その人がいる間は、仕事が止まらない。

必要な確認を、先にしてくれる。
漏れそうなところに、早めに気づいてくれる。
周りに聞かれる前に、整えてくれる。
予定が詰まりそうなら、先に調整してくれる。

だから周りから見ると、
「この仕事はちゃんと回っている」
ように見えます。

でも実際には、その人の中で、
たくさんの判断や調整が行われていることがあります。

どこを先に見るか。
誰に確認するか。
どの段階で止めるか。
どこまで自分で判断して、どこから相談するか。

そういうものが、その人の経験や感覚の中に入っている。

けれど、それが言葉にされないままだと、
周りには見えにくいのだと思います。

そして、その人がいなくなったとき、
初めてわかることがあります。

回っていたのは、
仕組みがあったからではなく、
その人が支えていたからだったのかもしれない、と。

後任者がその仕事を引き継いだとき、
ここで苦しくなることがあります。

手順は教わっている。
資料もある。
前任者のやり方も聞いている。

それでも、同じようには回らない。

前任者なら気づけたことに気づけない。
前任者なら先に動けたところで止まってしまう。
前任者なら何となく調整できていたことが、自分には判断できない。

そうなると、後任者は思ってしまいます。

「自分ができていないのかな」
「前の人ならできていたのに」
「自分が引き継いだから、うまくいかなくなったのかな」

でも本当は、
前任者が一人で補っていた部分が、
仕事として整理されていなかっただけかもしれません。

ここで見たいのは、
前任者がすごいかどうかではありません。

もちろん、できる人が職場を支えていたことは確かです。

その人の頑張りや工夫があったから、
仕事が止まらずに済んでいた。
周りが困らずに済んでいた。
お客様や関係先に迷惑をかけずに済んでいた。

それは、ちゃんと意味のあることだったと思います。

でも、できる人がいることで、
職場が困らずに済んでいたからこそ、
仕組みを作る必要性が見えにくくなることがあります。

少し無理があっても、その人が調整する。
足りない部分があっても、その人が補う。
曖昧なところがあっても、その人が判断する。

すると、仕事は表面上、回っているように見えます。

だから、
「どこを確認するのか」
「誰が判断するのか」
「どこまでが担当範囲なのか」
「例外が起きたらどう動くのか」
「何を優先するのか」

そういうことが、仕事の形として残らないままになってしまう。

本当は仕組みにしておいた方がいいことが、
できる人の頭の中や、経験や、気づきの中に残ったままになる。

その状態で人が変わると、
後任者はとても苦しくなります。

引き継いだのは、仕事のはずなのに、
実際には前任者の経験や判断ごと渡されているような状態になるからです。

でも、経験や判断は、
資料のようにそのまま渡せるものではありません。

前任者の中では自然にできていたことも、
後任者にとっては、まだ見えていないことがあります。

前任者が当たり前のように補っていたことも、
後任者にとっては、どこから手をつければいいのかわからないことがあります。

それは、後任者の力だけの問題ではないのだと思います。

仕事が「人についていた」まま、
次の人に渡されている。

そこに、引き継ぎのしんどさが生まれることがあります。

これは、担当者の引き継ぎだけではなく、
会社の代替わりにも少し似ているのかもしれません。

先代が人脈や経験や判断力で支えていたものを、
仕組みとして残さないまま次の人が引き継ぐと、
同じ肩書きでも、同じようには回らないことがあります。

もちろん、規模も責任も違う話です。
けれど、
「人で支えていたものを、仕組みとして渡せていない」
という意味では、少し似ているところがあるように思います。

仕事が回っていたことと、
仕組みがあることは、同じではありません。

ここは、分けて見た方がいいのだと思います。

前任者ができていた。
だから、その仕事には問題がなかった。

そう見えることがあります。

でも実際には、
問題がなかったのではなく、
前任者が問題になる前に拾っていたのかもしれません。

前任者がすごかった。
だから、後任者も同じようにできるはず。

そう思われることがあります。

でも実際には、
その人だからできていた部分が、
仕事の中にたくさん混ざっていたのかもしれません。

できる人がいたことが悪いわけではありません。

その人が頑張ってくれたから、
助かっていた人もいる。
守られていた流れもある。
その人の工夫で、仕事がうまく回っていたこともある。

ただ、その頑張りが見えないままだと、
次の人にとっては、
「やって当たり前の仕事」
として渡されてしまうことがあります。

そして、うまく回らなくなったときに、
後任者だけが責任を感じてしまう。

「自分ができていないからだ」
「自分が前任者みたいに動けないからだ」
「自分の理解が足りないからだ」

そう思ってしまう。

でも本当は、
それはあなた一人の問題として抱えなくていいことかもしれません。

その仕事は、
仕組みとして渡されたのではなく、
前任者の経験や気づきごと渡されているのかもしれません。

マニュアルはある。
手順もある。
でも、それだけでは回らない。

そういう仕事は、思っているより多いのだと思います。

だから、引き継いだ仕事がうまく回らないとき、
すぐに「自分ができない」と決めつけなくてもいい。

もしかすると、
その仕事の形が、まだ整理されていないだけかもしれません。

誰が判断するのか。
どこまでが担当範囲なのか。
例外が起きたとき、誰に確認するのか。
前任者が何を補っていたのか。

そこが曖昧なまま、
「前と同じように」と渡されているのかもしれません。

できる人がいる職場ほど、
問題が見えにくくなることがあります。

その人がいる間は回る。
だから、仕組みにする必要が後回しになる。

でも、人で支えていた仕事は、
人が変わったときに苦しくなりやすい。

後任者が苦しいのは、
前任者より劣っているからではなく、
仕組みになっていない仕事を引き継いでいるからかもしれません。

仕事が回っているように見えた理由を、
少しだけ分けて考えてみる。

それは、人の力で回っていたのか。
仕組みで回っていたのか。

その違いに気づくだけでも、
少しだけ自分を責めにくくなる気がします。

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