圓生とやなせたかし
今日9月12日(金)の朝ドラでやっとアンパンマンが生まれました。この半年間待ちに待ったわけですが、朝ドラ自体はもう終盤も最終盤。やなせたかしの人生をそのまま写したような展開ですね。でも、このドラマを観れば、アンパンマンは偶然ではなく、必然的に生まれてきたんだとよくわかります。戦争の描写がかなりあったことで、このアンパンマンが生み出される感動はひと塩です。ヤムおんちゃんの話もあるのでさらに倍増します。やっぱり脚本の力がすごいなあと思います。
さて、このアンパンマンですが世に出たのはやなせさんが50歳前後のこと。最近の漫画家の方はデビュー作でとんでもない作品を出してきたりするので、これはかなり遅咲きですよね。だけど、遅咲きで言えば我々は圓生師匠を思い出します。圓生師匠は20歳で真打昇進して、そこまではスピード出世でしたが、そこから長い低迷期に入って、45歳の時に満州へ渡って、志ん生師匠と終戦後の引き揚げ船を待ちながら、現地にいる日本人へ落語をして過ごし、47歳で日本に帰ってきてから本格的に売れたそうです。
圓生師匠は後に、この満州での体験が自分を変えたとおっしゃっています。これだけを見ると、自分だって50前後でも遅咲き出来ると期待をしてしまいますが、二人に共通するのは【努力し続けてきたこと】が成功につながっているということなんですよね。『あんぱん』を観ればやなせさんの三十代四十代の苦悩がよくわかります。本当に描きたいものを心に秘めながら葛藤し、悩んだ人生が『アンパンマン』に詰まっています。
圓生師匠も稽古の虫と言われるほどの稽古狂いだったと言いますから、その苦労は並大抵のものではありません。50歳で咲くためには40代を大事にしなきゃいけないですね。
はな平、41歳の夏の終わりです。
いいなと思ったら応援しよう!
落語について、また過去の思い出等を書かせて頂いて、落語の世界に少しでも興味を持ってもらえるような記事を目指しております。もしよろしければサポートお願いいたします。