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10年で3回転職して上場企業の人事部で働いている話

1.はじめに

(1) 当記事について

当記事は私のキャリアについて記します。

現在、私は上場企業の人事部門で給与厚生業務を担当しています。

企業名は伏せますが、同業では売上も従業員数も国内No. 1で海外進出もしている大企業です。

そんな会社の人事部門で、給与厚生業務のメイン担当を任せて頂いてきます。

すみません。格好をつけました。

実際はタイトルにも書いた通り、新卒から約10年間で3回も転職をして何とか辿り着いた会社です。

また、給与厚生業務も特に格好良い仕事ではありません。

幅広い知識が必要な上に泥臭くミスが許されない…そんなストレスの多い仕事です。

しかし、私にとっては望んだ仕事で天職だと思っています。

この天職に辿り着くまでの10年間を文章に残そうと思います。


(2) 働く全ての人に

この記事は以下の方におすすめです。

・転職を検討している方
・今転職活動をしている方
・上場企業に転職したい方
・転職回数を気にしている方
・今の会社に不満がある方
・ブラック企業で勤めている方
・銀行の業務に興味がある方
・人事労務の業務に興味がある方
・ご自身のキャリアに悩んでいる方
・他人のキャリアに興味がある方

列挙しましたが、社会人や就活中の学生さんであれば誰にでも当てはまる気がします。

“働く全ての人に読んでもらいたい!”という強い気持ちで書こうと思います。


(3) 現在の仕事

現在私が担当している具体的な業務は以下の通りです。

・給与計算
・福利厚生の事務
・社会保険業務
・団体保険の事務
・人件費に付随する会計処理
・海外赴任者の給与計算
・労務関係の制度設定 等々…

イメージしにくいかもしれませんが、人事の分野の中で“採用と教育以外”を担当しています。

メインの仕事は給与計算なので、ほぼ一日中パソコンで数字を眺めています。

自分自身で担当するまでは、(給与なんて機械が勝手に計算するんじゃないの?)と思っていました。

しかし実際は人の手で行う泥臭い作業が多くあります。

そんな地味な仕事を毎日コツコツこなしながら、日々発生する様々な課題と戦っています。


(4) 当記事で伝えたい事

ここまで現在の仕事について簡単にご紹介しましたが、次章からは新卒から今までの転職歴について記します。

概要は以下のとおりです。

[1社目]銀行:融資担当(約3年半)
[2社目]法律事務所:社労士補助(約1年半)
[3社目]大手グループ子会社:人事部(約5年)
[4社目]上場企業:人事部(約1年半)

銀行員が何故人事の仕事を目指し、どのようにして上場企業に辿り着いたのか。

はっきり言って、格好良くて輝かしいキャリアの話ではありません。

理不尽や挫折を味わい、悩みを抱えながら転職を繰り返しました。

そんな10年間を記事にする事で、“仕事で悩む誰かの力になりたい”と考えています。

つまり、当記事で伝えたい事は“転職で変わる未来もある”という事です。

今の時代ホワイト企業なんか夢物語で、厳しい労働環境やクソみたいな人間関係で苦しんでいる会社員が多いはずです。

限界が来る前に転職を検討してください。

転職は“逃げ”ではなく新しい可能性への“挑戦”です。


転職回数は少ない方が良いという風潮もありますが、転職は悪い事ではありません。

もちろん一つの会社で定年まで勤め上げる事も素晴らしいですが、転職とキャリア形成の両立も可能です。

そんな転職肯定派の約10年の記録、お付き合い頂けると幸いです。


2.銀行の労働環境

(1) 非インテリ銀行員

約10年前、大学を卒業した私は某銀行に入社しました。

銀行出身というだけでエリートと思われる事がありますが、それは完全な誤解です。

たしかに銀行員は高学歴で優秀な方が多いのは事実です。

しかし私は同期の中で一番偏差値の低い大学出身でした。

高学歴の同期や学歴至上主義の上司に囲まれ、自分が“インテリ枠”ではない事はすぐに気がつきました。

非インテリの自分がなぜ内定をもらえたのか?

絞り出した結論は、コミュニケーション能力や行動力を評価頂き採用されたという事です。

当時は銀行に入社した事を誇りに感じており、出世して定年まで勤め上げる事を目指していました。

そして、インテリ達に負けないよう自分の強みを以下のように考えました。

・ノリが良い
・フットワークが軽い
・気遣いができる
・素直
・冗談が言える
・バカになれる
・清潔感がある
・一生懸命働く

自分の武器を活かし、新入社員としてフレッシュに元気よく職場の雰囲気を良くしつつ、上司の指示を素直に受け入れ業務を遂行する。

いわゆる“良い新入(若手)社員”になる事を志していました。

飲み会では常に幹事を買って出て、あらゆる接待に同席し、週末は上司や顧客とゴルフに行き、業務外で地域のボランティアに参加し…

「銀行員=エリート」のイメージとは真逆の泥臭いポジションです。

プライベートの時間は全くありませんでしたが、明るく元気に努力した経験は成長に繋がったと思います。

つまり、私にとって非インテリだった事は苦ではありませんでした。

その代わり、銀行の人間関係と業務内容に苦しむ事になります。


(2) 「死ね」と言われた入社初日

入社初日から支店の融資担当になりました。

この配属は人事部が設定した教育カリキュラムから外れていていました。

受けていた説明では、まず預金の窓口担当を数ヶ月経験し、その後は個人の資産家向けのリテール営業を担当するはずでした。

しかし、入社初日から企業相手の融資担当です。

はっきり言って、新入社員ができる仕事は何一つない部署です。

入社初日、一生忘れられない思い出ができました。

する事がなく先輩方の仕事を見学していると、融資課長に声をかけられました。

課長「おい!新人!手形割引の処理をしてくれ。」

私「はい?手形えっと…割引ですか?」

課長「なんだ?手形は見た事ないのか?」

私「はい!」

課長「じゃあ死ね。」

衝撃的過ぎる言葉で、本当に聞き取る事ができませんでした。

私「あの…?今なんと?」

課長「死ねって言ったんだ。」

すぐに先輩が駆け付け、手形割引について詳しく教えてくれました。

今にして思えば、融資課長は預金窓口に配属されるはずの新入社員を押し付けられ腹を立てていたのかもしれません。

しかし、言われた言葉は一生消えません。

更に恐ろしい事に、この融資課長が特別口が悪い訳でなく同じ言葉を使う人が一定数在籍していました。

銀行には3年半在籍しましたが、顧客よりも身内相手に戦々恐々する日々でした。


(3) 融資担当の仕事

私の銀行員生活は全期間が融資担当でした。

初めに配属された支店で1年間、その後転勤し複数店舗の融資案件を統括する部署で2年半勤めました。

この章では“融資担当とは何の仕事か?”について説明します。

結論から書くと、融資担当とは“借金取り”です。

この表現に賛否がある事は承知していますが、私はそう考えています。

それでは融資担当の仕事について、美容室の開店を例を挙げながらご紹介します。

例えば、自分の美容室を開きたい美容師さんがいるとします。

店の場所も決まり月々の売上も目処が立っていますが、設備を買ったり建物の工事をするには多額のお金が必要です。

そんな時、銀行から初期費用としてお金を借ります。

これが“融資を受ける”という事です。

美容師さんは借りたお金で店を作り、稼いだお金で銀行に返済します。

この時、銀行員はどんな仕事をしたのでしょうか?

まず銀行の融資担当は、美容師さんが本当にお金を返してくれるかを審査します。

・借りたい額が妥当か?
・月々の売上はどれくらいになるか?
・美容師の免許は持っているか?
・店の開店に行政の許可が必要か?
・美容室のトレンドは?
・周辺の競合店舗は?
・前の道の人通りは?

本当に様々な角度から審査します。

そして審査の結果、“返済可能”と判断すればお金を貸します。

当たり前ですが、「借りたい金額が多過ぎる」や「そもそも美容師免許を持っていない」等、“返済不可能”と判断した場合はお金を貸しません。

そして、銀行はボランティアではないので貸したお金は利子をつけて返してもらいます。

これが融資担当の仕事です。

ここまでの話で融資担当のメインミッションは何かわかりましたか?

多くの方が“お金を貸す仕事”だと言いますが、本質は“お金を回収する仕事”です。

当たり前ですが、100万円を貸して1円も返してもらえなければ100万円の損失です。

貸した100万円に利子を付けて回収して初めて利益が生まれます。

だからこそ“返してもらえるか?”を見極める為に様々な審査をします。

返せる相手にお金を貸して、毎月利子を払ってもらう。

だから融資担当とは“借金取り”です。

どんな事情があっても貸したお金を回収する事が仕事です。

入社前の綺麗なイメージとは裏腹に厳しい世界でした。

バブル時代に借りた膨大で不要な借金に苦しむ会社、時代の変化により需要が無くなった在庫を抱える会社、様々な事情でお金を返せない会社がありました。

心を殺して割り切らなければいけません。

今でも思い出すと心が痛くなる辛い案件もあります。

たった3年半でしたが、濃い時間を過ごしました。


(4) 過酷な環境

銀行は労働環境も厳しいものでした。

ゼロ金利政策により日本の金利は低く、融資をしても銀行は利息があまり貰えません。

つまり、銀行の本業である融資は儲からない事業でした。

また人口が減っていく中で銀行と銀行員が多過ぎた為、合併やリストラを繰り返しています。

業界全体が厳しい故に競争が激化し、労働環境も過酷になっていました。

実際私も“寝ている時間以外は仕事”でした。

若さで乗り切りましたが、今思うとあまりにも異常な職場です。

そんな環境からの転職を決意したのは、入院した上司からの言葉でした。


(5) 退職の薦め

入社から3年が経った頃、相変わらず過酷な環境で働いていました。

ハラスメントは当たり前ですが、業務の量と責任の重さは一人の人間が背負えるものではなかったと思います。

寝ても夢の中で仕事をして、夢の中で終わらせた仕事が残っていてパニックになった事すらありました。

キャパシティもストレスも限界を超えていました。

しかし限界を超えているのは自分だけでなく、同僚達も体や心を壊しながら働いていました。

ある日、直属の上司が過度のストレスから腸閉塞となり入院しました。

厳しい上司でしたが、人間味があり仕事の面でも尊敬していた為、休日お見舞いに行きました。

その日、上司から退職を薦められました。

上司「俺にはお前と同じ歳の息子がいる。だから自分の子と重ねてしまう。こんな会社早く辞めた方がいい。この数年、どんどんおかしくなっている。俺たちの世代は残り10年耐えればいいが、お前の歳だと後40年近くもある。後悔してほしくない。」

上司の言葉を聞き、何も言えなくなりました。

悲しい訳ではないのに涙が止まりませんでした。

かなり長い時間沈黙し、考えを巡らせました。

そして上司が正しいと感じ「わかりました。」と返事をしました。

ここから一回目の転職活動が始まります。


以下一回目の転職活動から現在の仕事までの内容は、有料にさせていただきます。

私が経験した苦労や挫折、それらを乗り越える為の工夫や努力を書きました。


仕事やキャリアで悩みを抱える方に役立てる内容だと自負しています。

また、“私の人生を切り取った大切な記事”ですので価値をつけて販売したいのも本音です。

喫茶店のコーヒーより安い値段で人生経験の一部を販売します!

ご興味のある方は購入を検討して頂けると幸いです。


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