テレビが壊れたら、人生に必要なものまで壊れた気がした話[ふんころう日記 2025年12月15日]
12年戦士の終焉
先日、家のテレビがとうとう壊れました。
スイッチを押しても、うんともすんとも言わない。画面は真っ黒なまま。
型番を調べてみたら、なんと2013年製。
そうか、12年も使ってたのか。
すごいな。
いや、すごいなと書いたものの、テレビの寿命をよく知りません。
だから、この12年が「短い」のか「長持ちした」のかもよくわからないけど、よく頑張ってくれたなぁという気持ちです。
すぐにAmazonで新しいのをポチろうかと思った、その時。
妻が冷静に一言。
「年末年始、どうせ安くなるんじゃない?」
あぁ、なるほど、そりゃそうだ。
早速調べてみると、確かに例年、この時期は家電量販店やECサイトが盛り上がるらしい。
よし、それじゃあ一旦落ち着いて、待ってから買おうということにしました。
テレビがなくても回る生活
テレビがないと困ること、といえば、まずは上の子の存在です。
髪の毛を結ぶ時とか、ちょっと機嫌を直してもらいたい時とか、「静かにじっとしていてほしい」場面では、テレビでアニメを見せるのが我が家の常套手段でした。
テレビが使えなくなると、どうしよう…と思いましたが、現代にはスマホがあります。
さらに、ずっと使っていなかったタブレットを引っ張り出してきて、久しぶりに充電してみたら復活。
上の子はそれを「大きなスマホ!」と喜んで、事なきを得ました。
そう、タブレットやスマホがあれば、とりあえず「アニメを見る」という機能は代替できるのです。
そんな年末年始の計画を立てていた時、ふと思いました。
テレビって、本当に必要なんだろうか?
あれ?
今、テレビがなくても、ちゃんと生活できてるぞ?
未来への問いかけ
自分が子供の頃は、テレビが生活の中心でした。
リビングでテレビのチャンネルを争奪し、家族みんなで同じ番組を見て、次の日の話題にする。そういう文化でした。
でも、今はどうか。
みんな、自分の部屋や手元のデバイスで、見たいものを好きな時に見る。
子供たちが大きくなったら、ゲームでもするかな?とも考えましたが…
いやいや、待てよ。
自分だってNintendo Switchをテレビに繋いで大画面でやるなんて、滅多になかったな…。
ほとんど手元の画面で済ませていた。
そう考えると、これから先の世代、
例えば今の子供たちが大人になる頃には、リビングにテレビというものが存在しない、なんてこともありえるんじゃないか。
「テレビはなくてもいい」という選択肢が、当たり前になるかもしれない。
買うなら、せっかく一軒家になったんだから、壁に金具をつけて壁掛けにして、リビングをすっきりさせたいという理想はあります。
でも、そんな大きなものを設置して、「やっぱり要らなかったね」と近い将来後悔するかも?
テレビだけでなく、私たちの生活を形づくるいろんなものが、これからも大きく変わっていくんだろうな。
テレビの故障をきっかけに、ちょっと大袈裟だけど、未来の生活のあり方について考えさせられた、というお話でした。
とはいえ、たぶん、年末年始に安くなってたら、結局買っちゃうんだろうな…。
とりあえず、お財布の残高と相談しながら、どんなテレビがあるのかをしっかり調べておこうと思います。
なんとも取り留めのない日記ですが、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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