日本行き原油タンカー「出光丸」のホルムズ海峡通過──AISの観察と,SAR衛星画像との比較で確かめる|渡邉英徳研究室
4月28日,ホルムズ海峡で大きな動きがありました。
出光タンカーが所有する大型原油タンカー「出光丸」が,AISをONにしたまま,ララク島南側のルートを通過し,オマーン湾へと脱出。日本と「直接的に」関係する船舶として初めて,ホルムズ海峡を通過したと考えられます。

そして海峡通過後,「出光丸」の目的地は「名古屋」に変更されました。日本行き原油タンカー,初のホルムズ海峡通過 となったのです。

これは,単に一隻のタンカーが通った,というだけではありません。「出光丸」という船名は,1953年の「日章丸事件」以来の,出光とイランの関係を想起させます。日本のエネルギー史と,現在のホルムズ海峡の通航秩序が重なる,象徴的な航行といえます。
当日,私はXで「出光丸」の海峡通過を実況し,大きな反響がありました。この記事では,そのタイムラインを追っていきます。
4月27日,「出光丸」はペルシャ湾にいた
4月27日 15:23 UTC のMarineTrafficでは,「出光丸」はホルムズ海峡西方,ペルシャ湾側の海域に表示されていました。

周囲には「TOWADA」「MAYASAN」「AZUMASAN」「DAISEN」など,日本関係とみられる大型タンカー群も確認できます。この画像は「出光丸」が,海峡を通過する前にペルシャ湾に停泊していたことを示す起点データです。
4月28日未明,SAR画像でも「不在」となった
次に,4月28日 02:23 UTC のSentinel-1 SAR画像と,同時刻のMarineTrafficを比較してみます。



同時刻のSAR画像では,周辺に多数の船影が確認できる一方,前日に「出光丸」が表示されていた位置には,対応する船影が見当たりません。そして,MarineTraffic上でも「出光丸」の信号はなく,相互に矛盾がありません。
つまり,「AISを切って同じ場所に残っていた」のではなく,物理的にもその海域を離脱していたことが証明できました。その後のAISの航跡とあわせて,出光丸がペルシャ湾側の待機海域を離れ,ホルムズ海峡方面へ向かったことを補強します。
目的地表示の揺れ
4月28日の日中,出光丸は突如,ホルムズ海峡に向けて移動を開始します。
4月28日 10:27 現在,出光タンカー所有のVLCC「出光丸」が,ホルムズ海峡を通過するコースを進んでいます。
— 渡邉英徳 wtnv (@hwtnv) April 28, 2026
出発地はサウジアラビア,目的地は「FOR ORDERS」。
原油を積載しています。今後の動きを追います。 pic.twitter.com/I7UVcNozdc
航行中,目的地表示は何度も変化しました。当初は「FOR ORDER」。その後,一時「シンガポール」となり,さらに「AE SHJ OPL」,すなわちUAE・シャルジャ沖合を示すような表示に変わりました。
原油タンカー「出光丸」は 9.8 ノットの速度で北に向かって航行中。このまま進むと,イラン指定の航路を通り,ホルムズ海峡を通過するルートです。
— 渡邉英徳 wtnv (@hwtnv) April 28, 2026
目的地が「シンガポール」に変更されました。 pic.twitter.com/jv59IAWBTH
日本時間 20:00 現在,原油タンカー「出光丸」はオマーン湾を航行中。イラン側が支配する海域を抜け,アメリカ側の制圧域に入っています。
— 渡邉英徳 wtnv (@hwtnv) April 28, 2026
目的地はUAEあるいは「FOR ORDER」のいずれかで,揺れがあります。
AISが真正なら「ホルムズ海峡を抜けた初の直接的・日本関係原油タンカー」となります。 pic.twitter.com/aJyE8wrXZX
通過後には,ふたたび「FOR ORDER」に戻りました。その後,冒頭で述べたように「名古屋」行きになったのです。
現在のホルムズ海峡では,AIS上の目的地表示は,事務的な情報ではありません。これまでにも,「中国所有」「インド人乗組員」「オマーン船」などの表示が,非敵対性を示す「デジタルの白旗」として機能してきました。
出光丸の目的地表示の頻繁な変更も,通航環境に応じた,運航上の調整だった可能性があります。
ララク島南側ルートへ
航跡を追うと,出光丸はいったん北寄りに進んだあと,大きく東へ転じ,ララク島南側のルートに入りました。
日本時間 15:40 現在,原油タンカー「出光丸」はイラン・ララク島南を通る「代替ルート」を 9.6 ノットの速度で航行中です。
— 渡邉英徳 wtnv (@hwtnv) April 28, 2026
速力を落としたり,コース変更するようすはみられません。
この海域で頻発するAIS偽装(スプーフィング)の可能性もあるため,注意して見守りたいと思います。 pic.twitter.com/8KOgNbI8Yz
これは,これまでイラン側が管理してきた北側の「安全回廊」ではありません。ララク島の南側の「代替ルート」=“外向き”の航路です。水深が比較的深く,原油を満載したVLCCでも通行可能です。

ホルムズ海峡の特徴的な海底地形については「海底地形ビューア」でご確認ください。
後続した通常商船
出光丸の後方には,PAYA LEBAR と ROYA という貨物船も続いていました。PAYA LEBAR はアンティグア・バーブーダ船籍のコンテナ船で,Jebel Ali 発,インドの Nhava Sheva 行き。ROYA はパナマ船籍の一般貨物船で,UAE方面の港・錨地を結ぶ船とみられます。
先行するオマーン行きタンカー「STARWAY」もホルムズ海峡を通過。こちらはAISを切っていたようです。
— 渡邉英徳 wtnv (@hwtnv) April 28, 2026
また,インド行き貨物船「PAYA LEBAR」UAE行き貨物船「ROYA」は,ほとんど「出光丸」にくっついて航行中です。こちらは若干,不自然な感じもします。 pic.twitter.com/ApZCoEHy4e
両船とも,登録船主・管理会社などで,「出光丸」との直接的な関係は確認できません。イラン船籍でも,イラン港発でもないため,アメリカ側の海上封鎖の対象でもありません。両船は「出光丸」とほぼ同じタイミングで,AISをONにしたまま,通常速度でララク島南側ルートを通過していました。
このことから,今回の通過は,「出光丸」が単独で突出して強行突破したというより,非敵対的な通常の商船と同行して,イラン側指定ルートを抜けた,とみるのが自然です。
オマーン湾側へ
その後「出光丸」はララク島南側を抜け,ホルムズ海峡東側へ出ました。画期的なできごとです。私もMarineTraffic / VesselFinderの画面をみながら,興奮していました。
日本時間 16:45 現在,原油タンカー「出光丸」はララク島の南を通過。
— 渡邉英徳 wtnv (@hwtnv) April 28, 2026
ホルムズ海峡を通り,オマーン湾側に入りました。AIS情報が正しければ,画期的なできごとです。
このあと,イラン側の制止を受けずにオマーン湾・アラビア海へと抜けられるか,ウォッチします。 pic.twitter.com/GMdIMzcBSq
「出光丸」はAISをONにしたまま,ララク島の南東海上を,おおむね10ノット前後の速度で進みました。海峡の主要部を抜けたあと,速度は14ノット台まで上がりました。
日本時間 18:08 現在,原油タンカー「出光丸」はララク島の東をオマーン湾に向けて航行中。
— 渡邉英徳 wtnv (@hwtnv) April 28, 2026
14.4 ノットに速度を上げました。進路を変更するようすは見られません。
先行するUAE行きタンカーも進路を変えていないようです。 pic.twitter.com/l6HBq4UQBX
この挙動については,狭水道・監視海域を抜けたあと,通常の航行速度へ戻した動きとみることができます。
その後,オマーン湾側の沿岸寄り航路に入り,速度は14ノット台まで上がりました。AISも継続してONにしたままです。観測した範囲では,停止,反転,誘導,拿捕の兆候は確認できませんでした。
ここまで来れば,出光丸はホルムズ海峡の主要部を通過し,イラン側の実効支配が最も強い海域を抜けた と評価できます。その後も15ノットの高速で,オマーン湾を順調に航海中です。目的地の名古屋到着は5月19日と予測されています。

日章丸事件との重なり
出光とイランには,1953年の「日章丸事件」という深い関係があります。
イランの石油国有化に対してイギリスが圧力をかけるなか,出光興産はイランから直接原油を購入し,タンカー「第二日章丸」で日本へ運びました。欧米メジャーによる石油支配に対し,日本の民間企業が独自ルートを切り開いた象徴的な出来事です。
今回の状況は,もちろん1953年と同じではありません。しかし「出光丸」という船名が,イランをめぐる海上輸送の緊張局面に現れ,AISを点灯したままホルムズ海峡を通過したことには,やはり強い象徴性があります。
イラン側がこの歴史をどこまで意識していたかは分かりません。それでも結果として,現在のホルムズ海峡の選別秩序と,日本のエネルギー史が交差した事例になったといえます。
何が見えてきたか
今回の観測から見えてくるのは,ホルムズ海峡が完全に閉じているわけではない,ということです。しかし,やはり自由に誰でも通れる状態でもありません。通れる船・通れない船,ルート,目的地表示,船籍,積荷,政治的な文脈が,複雑に絡み合っています。
とはいえ,今回の「出光丸」の通過は,ララク島南側の平時航路に近いルートが,日本関係船舶についても機能し始めている可能性を示します。ただし,これをもって「日本関係船が自由に通れるようになった」と読むのは早計です。特定の日,特定の条件下での通航,とみておくのが安全です。

おわりに
4月28日は,これまで長らく続けてきたホルムズ海峡の観測においても,とりわけスリリングな一日でした。
「出光丸」は,前日までペルシャ湾側にいました。翌未明のSAR画像では,その位置から物理的に消えていました。そして日中,AISをONにしたまま粛々とララク島南側ルートを進み,オマーン湾へと抜けました。
経時的なAIS観察,SAR画像との突合結果を合わせると,「出光丸」がペルシャ湾側の待機海域を離脱し,ララク島南側のルートからホルムズ海峡を通過したことは,ほぼ確実です。
「出光丸」は,日本と“直接”関係する船舶として初めて,ホルムズ海峡を通過したと考えられます。ReutersやBloombergは不確定的な情報として報じています。
出光からは公式な発表がなされていないため,確証が得られないことが要因と思われます。私も観察を続けます。
このできごとは,ホルムズ海峡の通航秩序が,また一段階,変化したことを示しているのかもしれません。引き続き「出光丸」の次の動き,そして同じルートを通る船舶の傾向を追っていきます。
4月28日 23:00 追記:
本日,出光がベトナムへ約400万バレルの原油を供給する方針であることも報じられました。これは,ホルムズ海峡を通らないルートで調達した中東産原油であり,ベトナム北部の製油所で精製された石油製品は,現地の日系企業の生産活動や,日本向け輸出にも関わる可能性があります。
つまり,この日の出光をめぐる動きは,一隻のVLCCの通峡にとどまらない可能性があります。ホルムズ海峡を通る・通らないルート,そしてベトナムを介したアジア域内のサプライチェーンが,同時に動き始めています。
1953年の日章丸事件が,イラン原油を日本へ直接運ぶ戦後日本の独自航路を象徴したとすれば,今回の出光丸とベトナム向け原油供給は,ホルムズ危機下における,日本の広域サプライチェーン防衛を象徴するできごとかも知れません。
4月29日 03:00 追記:
ホルムズ海峡通過のためのイラン側との交渉には「日本政府が関わった」と報道されています。
駐日イラン大使館は「日章丸」のエピソードをXで発信。両国の合意のもとの海峡通過であったこと,そして友好関係をアピールしているようです。
The historic 1953 mission of the Nissho Maru—owned by Idemitsu Kosan—to transport Iranian oil to Japan stands as a testament to the long-standing friendship between the two countries. This legacy continues to hold great significance. pic.twitter.com/W44F1GzPQd
— Iran in Japan/ 駐日イラン大使館 (@IraninJapan) April 28, 2026
4月30日追記:
出光丸のホルムズ海峡通過について,テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」,テレビ朝日「グッド・モーニング」やNewsweekの取材を受けました。
