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こんな本を読んだ 『九十歳。何がめでたい』 佐藤愛子

比較的最近読んだ本の感想を投稿しています。古い本が多いです。『安っさんのこんな本を読んだ』というマガジンにまとめます。

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『九十歳。何がめでたい』

佐藤愛子の『九十歳。何がめでたい』という本を読みました。

佐藤愛子さんは小説家。直木賞を受賞した『戦いすんで日が暮れて』
ほか小説・エッセイ多数。

102歳の現在もご存命。2025年にも『老いはヤケクソ』『百一歳。終着駅のその先へ』ほかを出版している。

この本は、90歳のときやることがなく「老人性ウツ病」になりかけていたときに連載の依頼が来て、それに乗ったといういきさつから出来たらしいです(あとがき)。

内容は、文明の発展に対して、「それがなにか?」という話が多い。

もう「進歩」はこのへんでいい。さらに文明を進歩させる必要はない。進歩が必要だとしたら、それは人間の精神力である。私はそう思う。

21ページ

人の心のまずしさと、精神的な未熟さに怒っていることが多い。昭和世代の私には共感しっぱなしである。


次の話も好きです。

新聞に家族が反対している結婚についての人生相談が載っていた。回答者は次のように述べる。

「結婚は折り合ってするものではありません。これまでご両親に向けていた愛情のすべてを彼に切り替えることです(中略)それほどの覚悟と勇気がなければ結婚するのものではないのです。それでも彼と添い遂げたいというなら、一生、その意思を曲げないと誓ってください」

124ページ 太字は筆者

これに対して佐藤さんはこう言います。

私は思う。歳月は覚悟も勇気もなし崩しにしてしまう容赦ない力を持っている。私は九十年の人生でまざまざとそれを見てきた。恋も熱病である限りやがては熱は下がることも。それが人間というものであり、「生きる」とはそういうことなのだ。

125ページ

同じ「覚悟」でも「一生意思を曲げない覚悟」ではなく、長い年月の間にやがて来るかもしれない失意の事態に対する「覚悟」である。たとえ後悔し苦悩する日が来たとしても、それに負けずに、そこを人生のターニングポイントにして、めげずに生きていくぞという、そういう「覚悟」です。

125ページ 太字は筆者

「覚悟」についての見事な解釈の違いです。


佐藤さんは、怒るか嘆いていることが多い。私も佐藤さんには及ばないにしてもある程度長く生きてきた。もう遠慮したり怖気づく必要はない。もっと怒ることにしよう。



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