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河川の増水時に河原にいる虫たちはどこでどう過ごしてるのか?

疑問

 河原にはいろいろな陸生昆虫が生息しているが、河原の環境は、川の増水時に完全に水没するという意味で特異的である。そのような環境に選好性のある昆虫は、たまにある水没を前提とした生態を獲得していると考えるべきだろう。では、実際に増水したときに、それらの虫たちはどこでどうしているのだろうか?同じような疑問を持った人もいるのではないだろうか。

2020年9月26日のこと。前日からの雨で相模川がやや増水していたのだが、午後晴れたので、ヒメドロムシを採りに相模川に出かけた。胴長を履いて川に入り、足で水中の石を起こして、巻き上がった砂を網で救う作業を続けたところ、陸生のホソチビゴミムシミズギワヨツメハネカクシ類が網に掛かって非常に驚いた(下写真)。

ホソチビゴミムシ 網目は1ミリなので微小さがわかる
ホソチビゴミムシとミズギワヨツメハネカクシ類

しかも、網に掛かる個体数が非常に多く、際限なく採れる感じだった。採れた個体はいずれも弱ってる様子はまったくなく、ハネカクシは何とすぐに翅を開いて次々と飛び去って行くありさまだった。水中にいたのに、翅が乾いているのか??

当日に現場の写真を撮るのを失念し、翌日の川の様子が以下。当日は写真右下にある横長の石も水没してた。平常時はもっと水位が低い。

やや増水している相模川(2020年9月27日)
2026年現在では水際にヨシは繁茂し、景色はかなり変わっている。背後の橋は上郷水管橋。

上記のホソチビゴミムシとハネカクシは、通常、河川の水際の石の下等に生息している虫である。上記の採集例が示すことは、河川が増水したときに、水際に生息していた微小甲虫たちは避難せずにそのまま水中でやり過ごしているのではないか?ということである。

わざわざ水から避難せずに水中でやり過ごすというのは、考えてみればありそうな生態である。水際に近い河原には膨大な個体数の微小甲虫が生息しているが、もしそれらが水没時に避難しているとすると、増水時に大量の虫たちが一斉に河原を飛び交ったり、岸辺に向かって集団で河原を走ったりする様子の目撃例が絶対にありそうだが、そんな話は聞いたことがない。

しかし、水中でやり過ごすとして、水中で何時間くらい耐えられるものなのだろうか?呼吸はどうしているのだろうか?この辺の疑問に関して自分で調べようとも思ったのだが、オサムシ科甲虫については先行研究があることが判明したので、ここで紹介する。

オサムシ類 武田卓明(2010)

最近たまたま見つけた以下の報文。千葉昆虫談話会の会誌「房総の昆虫」から出ていた。

武田卓明, 2010. 千葉県産オサムシ類3種の水中生命維持時間とその考察. 房総の昆虫, (44): 60-63.

著者の問題意識は、飛翔能力のないオサムシ類の分布の拡大には、陸のみならず河川も寄与したのではないか?というものである。流されて移動するならば、耐水時間が重要になる。そこで、オサムシ類を含む44種の甲虫の耐水時間を調べた、という報告である。実験方法は単純で、ガラス瓶等の容器に深さ10 cmの水を張り、そこに虫を入れて放置したようである(虫が水面に浮いた状態になるもの許容)。この方法で最大192時間(8日間)まで耐水時間を調べた。

結果は以下の通り。
耐水時間が最も長い種(ほぼ192時間生存):
 アオゴミムシ、コブマルエンマコガネ、シロテンハナムグリ。
耐水時間が短い種:
 カミキリムシ類、ナミテントウ、カナブン。
主眼のオサムシ類ではどうだったかというと、マイマイカブリ、アオオサムシ、クロナガオサムシの3種それぞれ10個体での実験で、192時間生き延びたのは、
 マイマイカブリ:5頭
 アオオサムシ:8頭
 クロナガオサムシ:5頭
という結果だった。ここで興味深いことに、マイマイカブリとクロナガオサムシは個体によって水没してしまうが、アオオサムシは全個体が完全に浮いたらしい。このような水没耐性と浮き上がる性質により、オサムシ類は河川の洪水を利用して分布を広げたのだろうと考察している。

この報文の著者の関心は河川を利用したオサムシ類の分布の拡大にあったが、そもそも水中で生きられるのか?という基本的な疑問に対しても重要な情報を提供している。意外と水没耐性があるのだなと。

ゴミムシ類 Kolesnikov et al. (2012)

次が、虫屋知人に教えてもらったこの論文。フリーで入手可。

Kolesnikov, F. N., A. N. Karamyan, and W. W. Hoback, 2012. Survival of ground beetles (Coleoptera: Carabidae) submerged during floods: Field and laboratory studies. European Journal of Entomology, 109(1): 71-76.

この研究の目的はずばり、河川氾濫原に生息するオサムシ科甲虫の洪水時の生存能力を解明することにある。そのために、著者らは河川の実際の洪水時に起こりうる条件を模して、野外および室内実験でゴミムシ類の生存能力を調べた。

調査に用いたゴミムシ類は、ロシアのブリャンスク州の氾濫原で採集した以下の11種である。

Omophron limbatum カワラゴミムシ属
Carabus granulatus アカガネオサムシ
Dyschirius arenosus ダイミョウチビヒョウタンゴミムシ
Bembidion dentellum ミズギワゴミムシ類
Patrobus atrorufus ヌレチゴミムシ類
Pterostichus minor ナガゴミムシ類
Pterostichus aethiops ナガゴミムシ類
Agonum fuliginosum ヒメヒラタゴミムシ属
Platynus assimilis ヒラタゴミムシ属 
Oxypselaphus obscurus ヒラタゴミムシ類
Amara fulva マルガタゴミムシ属

著者らは野外および室内実験を行い、
1) 水面に浮遊した場合
2) 水没した空気だまりに閉じ込められた場合
3) 完全に水没した場合
の3条件で生存期間を比較している。結果は以下の通り。
1) 水面に浮遊した個体は最も長く生存し、種によっては22日間生存
2) 水没した空気だまりに閉じ込められた場合でも、多くの個体が15日以上生存
3) 完全水没条件では生存期間は短かったが、水温が低いほど生存期間は著しく延長
特に(3)において、生存期間が水温に依存することを見出している。春および秋の低水温条件では、一部の種は10日以上生存したのに対し、夏の高水温条件では生存期間は数日に短縮したらしい。

さらに、アカガネオサムシC. granulatusを材料にした実験で、上翅を除去すると生存期間が大きく短縮したことから、上翅下の空気層が水没時の酸素供給に重要な役割を果たしていることを示している。

これらの結果から、洪水時のゴミムシ類は、水面への浮上、空気だまりの利用、および完全水没への生理的耐性という複数の戦略を組み合わせることで、氾濫原という洪水が頻発する環境に適応していることが示唆された、と結論付けている。

うむ。ゴミムシ類の洪水適応という意味では、これでほぼ答えが出ているのではないだろうか。上翅の下に溜めた空気が呼吸に役立っているというのは、ヒメドロムシとかの水生甲虫のプラストロン呼吸と原理的に同じことをやっているわけで、非常に合理的で、ありそうな生態である。論文のディスカッションに書いてあるが、水没している状況でも、流れている水は酸素を豊富に含むので、溜めた空気に水中の酸素をうまく取り込めるのかもしれない。他、体表に微細な毛がある場合、水没しても虫の体全体が空気の膜で包まれるので、同様に呼吸ができるのかもしれない。冒頭に紹介した私の採集例で、水中から出したハネカクシがすぐに飛び立てたのも、水中で空気の膜に包まれて、まったく濡れていなかったからだろう。

チョウ類 中町華都雄(2021)

ゴミムシ類ではないが、日本鱗翅学会の和文誌から以下のような報文が出ている。

中町華都雄, 2021. 大規模洪水は,河川敷の蝶類にどんな影響を与えたか
~神奈川県相模川におけるダム緊急放流 (2019年台風19号)の場合~. やどりが, (271): 2-21.

2019年10月の台風19号襲来時の河川の洪水は、記憶に新しいところだろう。自宅のすぐ近くに相模川があるため、10月12日の夜、水位情報にハラハラしながら過ごしたのをよく覚えている。このとき、相模川の城山ダムが1965年の竣工以来初の緊急放流を実施し、相模川が記録的に増水した。翌日午前中の様子が下写真(小田急線の鉄橋)。土手下の遊歩道も泥水を被った跡があったので、前日夜はこれよりも1 m超水位が高かったはず。

増水した相模川 2019年10月13日11時頃

さらに翌日の10月14日、水が大分引いてきたので、近所の河川敷を見に行った(下写真)。この一帯は濃密なクズ群落だったのだが、見事に削られてしまった。

水が引いた直後の相模川 2019年10月14日

上記報文では、相模川河川敷に生息するチョウ類に対する、この相模川の記録的な増水の影響の詳細な調査結果がまとめられている。フリーで読めるのでぜひ閲覧されたいが、大変な労作である。

調査地は、城山ダムから数キロ下流にある広大な河川敷である。この河川敷は相模川の左岸に広がっているのだが、この一帯の左岸には急峻な段丘崖が続いているため、崖下の河川敷が周囲の環境から隔離されたような地形になっている。このような地形のため、周辺の環境から河川敷に飛来するチョウは少なく、河川敷に生息するチョウ類のファウナに対する洪水の影響を精度よく評価することができる。

調査結果は驚くべきものである。増水時、河川敷は水深3~4 mほどに水没したのだが、洪水翌年には56種のチョウが確認された。洪水前に確実にいた種数は60種なので、実に9割超の種数が発生している。また、増水時に幼生期(卵、幼虫、蛹)の段階にあった種が多かったが、その影響は意外と小さかったことを示している。卵や蛹なら水没耐性がありそうだが、特に驚くのは幼虫である。あの濁流の中で流されずに耐え忍んで生き残った個体が確かにいたのだ。著者は簡単な水没実験も行い、幼虫を24時間水没させても生き延びる種が複数いることを確認している。

河川敷に生息するチョウ類は、河川敷の環境に選好性があるわけではないため、上記の氾濫原ゴミムシ類と比べると水没耐性は弱く見えるが、少なくとも、水没すると簡単に死んでしまうほど脆弱というわけではないようである。

おわりに

というわけで、河川敷に生息する昆虫の洪水時の生態でした。自分のゴミムシ類に関する疑問については、上記の論文でほぼ答えが得られてしまった。まあとにかく、基本的に水中で耐え忍んでいるのだろう。チョウ類の幼虫も水没に耐えられるというのは驚くべきことである。では逆に、増水時に一斉に水際から逃げ出す虫はいないのだろうか?飛翔力の弱い小型のバッタ類とかはどうなのだろう?この辺は掘れば面白いテーマがありそうだが、まずは、あらためて増水時の虫たちの行動の観察から始めるべきかもしれない。河川の増水時はたいてい大雨とセットなので、そういう時にわざわざ観察に行く人は普通はいない。他の人とは違う視点が新発見につながる。

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