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鍋の具は、シロクマ文芸部、927文字、ほっこりする話


鍋の具は、全部あなたの好物よ。
そう言って彼女は胸を張った。

「美味しい、美味しい。全部好物だ」
そう言った、あの時の俺を殴りたい。今なら、正拳突きでいくだろう。

鍋の中身は……パクチー、春菊、セロリ、牡蠣、キノコ×5種類。俺の苦手なものオールスターズ。むしろ「俺の嫌い選手権・優勝鍋」だった。

なのに、俺は笑った。笑って全部食べた。彼女が俺のために作ってくれたことが嬉しくて、涙は香辛料で誤魔化した。

だから、彼女は、同じ鍋を今日も再現した。もはや、拷問でしかない。

「ほら、前回すっごく嬉しそうに食べてたでしょ? 私、嬉しくって♡」

――前回の俺、マジで反省しろ。
タイムマシンがあったら、俺は全力で止めに行く。

思わず箸を止めた俺に、彼女は不安な顔をしながら言う。
「あれ? 食べないの? もしかして……」

来るぞ。最悪の質問。
「お口に合わなかった?」

上目遣い、ぷくっと膨れた頬、潤んだ瞳。そんな顔をさせたくなかった。
「い、いや、ちょっと熱くて……うん、熱すぎるだけで……」

彼女は安心したように微笑んだ。
鍋はぐつぐつ煮え続ける。でも、これが何度も繰り返されるのは、あまりにも……。

覚悟を決めて、言った。
「実は、全部……苦手なんだ」
彼女はゆっくり俺を見る。そして、ため息をつき――
「……よかった」

「え?」
「実は私も全部苦手」

「は!?」
「鍋の王道の具だから仕方なく……。でもあなた美味しそうに食べてたし……これから、ずっと私は我慢して食べないとダメかなって思ってた」

次の瞬間、ふたりで吹き出した。

「ねえ、もう鍋やめよ。具を全部取り出して――雑炊にしよ」

そう言って、ふたりで嫌いな具材をひとつずつ摘出する。鍋はスカスカになり、ただのスープになった。

正直、そのスープには、俺と彼女の嫌いなエキスがしっかり溶け込んでいたはずだ。なのに、卵を落とし、ご飯を入れ、ネギを散らしてひと口食べた瞬間――

「……うま」

同時に呟いて、笑った。湯気の向こうで、彼女が照れくさそうに言う。

「ねえ……次はさ、ふたりの『好き』だけで鍋作ろ?」
俺はうなずいた。
「うん。今度はちゃんと、本当のこと言う」

雑炊は、最後のひと口までうまかった。
苦手から始まった鍋なのに、気づけば――その夜はとびきり幸せな味がした。

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