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ネット誹謗中傷で訴えられた馬鹿の末路!れいわ信者を開示⇒氷河期世代の底辺だった話

とあるSNSで執拗に僕に誹謗中傷を繰り返していた「れいわ新選組の支持者」に対して開示請求を行ったんですよ・・・

その正体はなんと…僕と同じ氷河期世代の底辺おじさんでした!

50代で未婚、賃貸アパート暮らし。職業などから推定される年収はおそらく250万円程度なのではないでしょうか(予想)。匿名の陰に隠れて他人を攻撃していた「勇ましい戦士(笑)」の実像は、社会の底辺の惨めな中高年男性だったのです。

インターネット上で誹謗中傷を繰り返す愚か者たちの正体は一体何者なのか。この疑問に対する答えは、実際に発信者情報開示請求を行ってみると驚くほど明確になります。

結論から言えば、ネットで威勢よく他人を攻撃している馬鹿の多くは、社会的にも経済的にも極めて恵まれない立場にいる中高年層なのです。


この事例は決して珍しいものではありません。

誹謗中傷の加害者を特定すると、中高年の低年収層、無職、生活保護受給者といった属性の人物が驚くほど多いのが実態です。


なぜ氷河期世代から高齢者の低年収層・無職層・生活保護受給者層が、こうした誹謗中傷に走るのでしょうか。その背景には、深い社会的孤立と承認欲求の歪んだ発露があります。

氷河期世代は、バブル崩壊後の就職難の時代に社会に出た世代です。正社員になれず、非正規雇用を転々とし、年齢を重ねるにつれて雇用機会はさらに狭まり、気づけば40代、50代になっても経済的に安定しない生活を送っている。結婚もできず、社会的なつながりも希薄。そうした現実の中で、彼らは深い不満と怒りを抱えています。

れいわ信者に誹謗中傷の加害者が多いのも、こうした背景と無関係ではありません。彼らは自分たちを「社会的弱者」「虐げられた存在」と位置づけ、その不満を特定の政治的立場に仮託します。

しかし、その主張の裏側にあるのは、建設的な社会改革への意欲ではなく、単なる他者への攻撃欲求と自己正当化に過ぎません。

現実社会で誰からも相手にされない。職場でも家庭でも居場所がない。友人もいない。そうした人間が、匿名のインターネット空間で「正義の戦士」を気取り、他人を攻撃する。

これほど滑稽で哀れな光景があるでしょうか。彼らは自分が社会の最底辺にいることを誰よりも理解しており、だからこそ、匿名性という盾に隠れて他人を引きずり下ろそうとする卑劣な底辺なのです。

しかし、その盾は発信者情報開示請求という法的手続きによって、簡単に剥ぎ取られます。そして彼らの惨めな正体が白日の下に晒されたとき、彼らは突然「払えない」「許してほしい」と泣き言を言い始めるのです。この一連の流れは、まさに因果応報と言えるでしょう。


ネット弁慶の典型的パターンは?開示された途端に泣き言を並べる恥知らず

ネット上では威勢のいいことを言っていた者たちが、いざ実際に発信者情報開示請求を受けて身元が特定されると、手のひらを返したように態度を変えます。その変貌ぶりは、見ていて滑稽を通り越して哀れみすら感じるほどです。

開示請求が通り、加害者の住所氏名が判明した後、損害賠償請求を行うと、ほぼ例外なく以下のような反応が返ってきます。

「お金が払えないので許してください…」

「生活が苦しいんです…」

「今は無職で収入がありません…」

「家族に迷惑がかかります…」

中には「自分も被害者なんです」と主張する者までいます。

匿名の陰に隠れて好き放題に他人の人格を否定し、名誉を傷つけ、社会的評価を貶めておきながら、いざ責任を問われると「払えない」「許してほしい」と泣き言を並べる。

この厚顔無恥な態度は、まさに卑怯者の典型と言えるでしょう。彼らには「自分の行為には必ず責任が伴う」という当たり前の社会常識すら欠如しているのです。

そもそも、経済的に苦しいのであれば、なおさら軽率な不法行為は避けるべきでした。訴訟費用や損害賠償金を支払う余裕がないなら、最初から他人を攻撃しなければよかっただけの話です。

計画性のある行動やリスク管理すらできないレベルの知能なのでしょう。

以下記事でも述べた通り、底辺・生活保護・無職にはお察しの知能な人が多いのです。

それをせずに、匿名性に甘えて好き放題に暴言を吐き散らしておきながら、責任を問われた途端に「払えない」は、あまりにも身勝手で卑劣な態度と言わざるを得ません。

さらに言えば、「払えない」という事情は、やっていい理由にはなりません。貧困であることは誹謗中傷を行う免罪符にはならないのです。むしろ、経済的に恵まれない立場にいるからこそ、法的トラブルを避け、慎重に行動すべきだったはずです。それができなかった時点で、彼らは自業自得の結果を受け入れるしかないのです。


法律知識ゼロで誹謗中傷を繰り返す無知な加害者たち

誹謗中傷を行う者たちの多くは、驚くほど法的知識が欠如しています。そもそもが、まともな社会人・ビジネスパーソンではないのでしょう。

彼らは自分が何をしているのか、それがどのような法的帰結をもたらすのか、まったく理解していないまま、感情のままに他人を攻撃しているのです。


名誉毀損罪や侮辱罪が成立するためには、極めて重要な前提条件があります。

それは、「特定の人の社会的評価を低下させたといえるかどうか」という点です。これは感覚論や被害感情の問題ではなく、刑法上の構成要件として厳密に要求されている要素です。

日本の刑法230条(名誉毀損罪)および231条(侮辱罪)は、いずれも「人」に対する犯罪です。ここでいう「人」とは、抽象的な概念や漠然とした属性ではなく、具体的に識別可能な個人、または少なくとも社会通念上、個人が特定できる程度に限定された集団を意味します。

そのため、例えば「サラリーマンは死んだ方がいい」という発言は、表現としては過激で不快なものであっても、法的には原則として名誉毀損や侮辱には該当しません。なぜなら、「サラリーマン」という属性はあまりにも範囲が広く、日本社会に数千万人単位で存在し、そこから特定の個人を指し示すことができないからです。

名誉毀損罪の保護法益は「個人の社会的評価」であり、不特定多数の集合概念には、そもそも保護されるべき単一の社会的評価が存在しません。したがって、「属性批判」や「集団への一般論的な暴言」は、刑法の射程外に置かれるのが原則です。

しかし、ここで重要なのは、「どこまでが一般論で、どこからが特定性を帯びるのか」という線引きです。たとえば、「○○社の○○部のサラリーマンは無能だ」「あの部署のサラリーマンの●●は社会の害悪だ」といった表現になると話は変わります。範囲が著しく狭まり、周囲の人間から容易に誰のことか分かる場合、個人攻撃と評価され得るのです。

裁判実務では、言葉の表面だけでなく、投稿の文脈、前後関係、過去の発言、アカウントの性質などを総合的に見て、「特定性」が判断されます。つまり、「名前を書いていないからセーフ」という単純な話ではなく、読んだ第三者が誰を指していると理解するかが決定的に重要なのです。


この点を理解しているからこそ、僕はSNS上で、

「減税派は社会不適合者だ」

といった強い表現を使うことがあっても、

「減税派の●●さんは社会不適合者だ」

といった書き方は基本的にしません(している場合は、他の違法性阻却事由を事前に用意している)。

「減税派」というのは思想・政策的立場を示す抽象的な分類であり、そこに属する人数は多く、個人を特定できません。一方で、実名やハンドルネームを出して人格評価を行えば、特定性は一気に跳ね上がり、名誉毀損や侮辱が成立するリスクが現実のものになります。

この僕の投稿に対して「社会不適合者はお前だ!」と攻撃してきた者の”言い訳”が「誹謗中傷されたので、言い返しただけなんです…」という馬鹿な主張でした。

「概念への攻撃なのか?」「特定個人への攻撃なのか?」という法的解釈を全く理解していない発言であることは容易にわかるでしょう。

「"概念攻撃"への反撃で"個人攻撃"をしたら、反撃した人だけが違法になる」という当たり前の話を本気で理解していないのです。

馬鹿ほど法的ロジックを理解していません。なぜなら、知能が低すぎて、法律論ではなく感情論で動いてしまうからです。


また、死者に対する名誉毀損についても整理しておく必要があります。

刑法上、名誉毀損罪や侮辱罪は、生存している人の社会的評価を保護する制度です。そのため、原則として、死亡した人物本人に対する名誉毀損は成立しません。

したがって、「●●は馬鹿だ」という発言であっても、その●●さんが既に他界している場合、刑法230条・231条の適用対象にはなりません。これは判例・学説ともにほぼ確立した見解であり、法的責任を問われることはありません。

僕はよく、

「森永卓郎は馬鹿だ」

とSNSでよく発信していますが、彼が生存していた時期に同様の表現を用いたことは一度もありません。彼が2025年1月28日に死去したので、法のロジックに基づいて、その後から、この投稿を行うようになったに過ぎません。


さらに深刻なのは、プロバイダから送られてくる意見照会書の書き方すら理解していない加害者が非常に多いという事実です。

意見照会書では、発信者情報の開示に同意するかどうか、また反論がある場合は「真実性」「公共性」「公益性」の観点から反論を記載する必要があります。

真実性とは、その発言内容が客観的事実に基づいているかどうか。公共性とは、その事実が公共の利害に関わる事柄かどうか。公益性とは、その発言が専ら公益を図る目的で行われたかどうか。これらすべての要件を満たして初めて、違法性が阻却される可能性があるのです。

しかし、誹謗中傷を行う者たちの意見照会書の回答は、ほとんどが感情論と的外れな主張で埋め尽くされています。「相手が先に言ってきた」「自分も傷ついた」「言論の自由だ」。こうした主張は、法的には何の意味も持ちません。

結果として、彼らの反論は一切考慮されることなく、開示請求は粛々と進んでいくのです。

もちろん、訴える側としては、相手が馬鹿だとバコバコ開示が通って楽なのでありがたい話なのですが。


法治国家で生きるということは、「言いたいことを感情のままに吐き出す」ことではありません。

どこまでが許され、どこからが違法になるのかを理解し、感情を完全排除し法的ロジックに基づいて"合法的な悪口"を言うことです。

企業が新しい事業やサービスを始める際、必ずと言っていいほどリーガルチェックを行うのは、法的リスクを事前に排除するためです。これは特別なことではなく、事業を行う主体として当然の責務です。

それと同じで、個人が言論や情報発信を行う場合でも、本来は法的な適法性を確認した上で発信するのがまともな姿勢でしょう。

僕自身、過去に逆に「開示請求を受けた」経験もあります。しかし、これまで一度も裁判所を通過したことはありません。

それは相手が弱かったからでもなく、投稿や記事を書く段階で、事実関係、根拠、公共性、公益性、表現の適法性を事前に精査し、法的に違法性が阻却される観点を定めて、エビデンスを揃えた上で発信しているからです。

裁判所はきちんと法律を理解して法令に沿って生きている真っ当な市民の味方なのです。

一方で、誹謗中傷を行う者の多くは、このような法的思考を一切持ちません。

感情のままに書き、怒りのままに叩き、結果として自らの発言がどのような法的評価を受けるのかを想像すらしない。

その無知と無思慮こそが、最終的に自分自身の首を絞める原因になるのです。

法を知らずに言論を振り回す者と、法を理解した上で言論を行う者。その差は、いずれ現実の場面で、決定的な形となって表れることになります。


ネット誹謗中傷の加害者は発信者情報開示請求と強制執行で追い込むべき

加害者が「お金が払えない」と泣き言を並べても、被害者側がそれに応じる法的義務は一切ありません。損害賠償請求とは「お願い」や「話し合い」ではなく、確定すれば債務、つまり借金と同じ法的性質を持つものです。

裁判で判決が確定した、あるいは和解調書・公正証書などの債務名義が存在する場合、加害者は支払い義務を負います。「反省している」「貧しい」「今は無理」といった事情は、支払方法に影響することはあっても、支払義務そのものを消す理由にはなりません。

加害者が任意に支払わない場合、被害者が取るべき手段は極めて明確です。それが強制執行です。

強制執行とは、裁判所の力を使って、加害者の財産から強制的に金銭を回収する合法的手続きです。これは私刑でも報復でもなく、国家が認めた正当な権利行使なのです。

具体的には以下のような方法があります。

まず給与差押えです。加害者が会社員であれば、勤務先を特定し、給与の一部を差し押さえることができます。原則として手取りの4分の1までが対象となり、毎月自動的に回収されるため非常に有効です。ネット上では威勢がよかった加害者も、勤務先に裁判所から通知が届き、給与が差し押さえられる現実を目の当たりにすれば、自分の行為の重大性を嫌というほど理解するでしょう。

次に銀行口座の差押えです。加害者名義の預金口座が判明していれば、残高を一括で差し押さえることが可能です。「お金がない」と言いながら、実際には給料を得ていたり、預金を隠していたりするケースは決して珍しくありません。口座に金が入った瞬間に差し押さえることも可能であり、逃げ場はありません。

さらに動産・不動産の差押えも可能です。車、不動産、有価物なども対象となります。高額な財産があれば一気に回収できます。「今は払えない」と言い続けても、時間が経てば経つほど、逃げ切れなくなる仕組みが法律で用意されているのです。

「相手の財産が分からないから強制執行できないのではないか」と不安に思う方もいるでしょう。しかし現在は、第三者から情報を取得する制度も整備されています。裁判所を通じて、一定の条件を満たせば、勤務先、銀行口座、不動産情報などを調査・取得することが可能です。

加害者の中には、財産や勤務先を隠そうとする者もいます。しかし、現在の制度では、「どこで働いているか分からない」「口座が分からない」といった理由で諦める必要はありません。

本気で回収する意思があれば、逃げ続けることは極めて困難です。加害者が意図的に情報を隠しても、法の前では完全に逃げ切ることは難しくなっているのです。


給与が差し押さえられれば、加害者の勤務先は「この人物は裁判で負けて、損害賠償を支払っていない」という事実を知ることになります

会社での評価は下がり、昇進の機会は失われ、場合によっては退職を余儀なくされることもあるでしょう。預金口座が差し押さえられれば、日常生活にも支障をきたします。家賃の支払い、光熱費の支払い、食費の確保。すべてが困難になります。

これは単なる金銭的制裁ではありません。加害者の人生そのものに深刻な影響を与える、現実の「社会的制裁」なのです。

匿名の陰に隠れて好き放題に他人を攻撃していた者が、自分の行為の結果として、現実社会で具体的な不利益を被る。これこそが、誹謗中傷という不法行為に対する正当な帰結なのです。


開示請求・強制執行は淡々と進めることが大切です。

開示請求を受けた後、れいわ信者の氷河期世代おじさんは、何度も「許してください」「払えません」とメールを送ってきました。しかし、そのすべてを無視し、淡々と法的手続きを進める旨を回答しました。感情的になる必要はありません。怒りをぶつける必要もありません。

ただ粛々と無感情に、法のロジックと法が定めた手続きに従って、機械のように法的措置を行ってください。


まとめ。ホワイトで公正な社会を実現するために日本に必要なこと

ネットで誹謗中傷を行う者たちの多くは、社会的にも経済的にも恵まれない氷河期世代から高齢者の低年収層・無職層・生活保護受給者層です。彼らは現実社会で誰からも相手にされず、匿名性という盾に隠れて他人を攻撃することで、歪んだ承認欲求を満たそうとしています。

しかし、いざ発信者情報開示請求を受けて身元が特定されると、彼らは手のひらを返したように「払えない」「許してほしい」と泣き言を並べます。

その厚顔無恥な態度は、まさに卑怯者の典型です。彼らは法的知識もなく、名誉毀損の成立要件も理解せず、意見照会書の書き方すら知らないまま、感情のままに誹謗中傷を繰り返しているのです。

金も知識も無いだけでなく、お気持ちで動いている馬鹿は、法律を勉強して、お金を準備してから、誹謗中傷してください


日本は法治国家であり、社会の秩序や正義は、個々人の感情や主観ではなく、厳密に法律に基づいて運用されるべきです。

これは理念ではなく、憲法を頂点とする法体系によって明確に定められた国家の基本原則です。誰かが不快に感じたから罰せられる、あるいは声が大きいから正義になる、という社会は法治国家ではなく、恣意と感情が支配する危険な状態だと言わざるを得ません。

とりわけ、インターネット上の言動については、「表現の自由」を盾に、法律論を軽視・無視する風潮が散見されます

しかし、表現の自由は無制限の免罪符ではなく、他人の権利や法益を侵害した場合には、当然に制約を受けます。名誉毀損や侮辱、不法行為が成立するかどうかは、あくまで法律の要件と裁判所の判断によって決まるものであり、当事者の感情や自己正当化で左右されるものではありません。

この法的枠組みを理解せず、あるいは理解しようともせずに、感情のままに違法行為を繰り返す者に対しては、しかるべき社会的制裁が科されるのが当然です。

法律論を無視する行為が放置されれば、「守る者が損をする社会」になってしまいます。それは、健全な民主主義や自由な言論空間を内側から崩壊させる結果につながります。

だからこそ、日本が法治国家であり続けるためには、感情ではなく法に基づき、冷静かつ厳格に運用される社会でなければなりません。法を軽んじる者にこそ、法の重みを現実として理解させる仕組みが必要なのです。

誹謗中傷されて困っている皆さん、面倒くさがらず開示請求してください

開示請求や訴訟は貴方の鬱憤を晴らすためにやるのではありませんし、弁護士費用を考えると金銭的収益にもなりません。しかし、無法者を排除し、社会をより公正でホワイトにするために必要なプロセスなのです。

個人的感情や怒りを完全排除し、公正社会・全体利益のために社会貢献する意識を持って、開示請求を行うことが大切です。

貴方の行動が社会をより良くするのです。


最後に僕の意見を述べておきますが、ホワイトで公正な社会を実現するために、さらに以下のような新たな法律を制定していただきたいと思います。

●賠償請求が成立した時点で、加害者の家族や勤め先に自動通知され、強制執行しなくても”逃げられなくなる”仕組み作り

●生活保護受給者が誹謗中傷で損害賠償請求された場合、「生活保護打ち切り」などの追加の社会的制裁

法律上の建付けとしては、例えば、生活保護法62条(指導・指示)を拡張し、「誹謗中傷してる暇があるなら、就労できるはず…⇒SNSで誹謗中傷する行動は、就労指導をしている行政の指示違反」という法的解釈ができるように法改正をする等が考えられます。


皆様に知っていただきたいことは、僕らの税金で庇護しているハズの「底辺」が、善良な市民に対してネット誹謗中傷で牙をむくという「恩を仇で返す行動」をしているという点です。

このような「醜い弱者」を皆様の税金で保護する必要が本当にあるのか、それが本当に国益・全体利益になるのか、よくよく考えていただきたいです。


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