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知らない土曜日、知りたくない日曜日。これもある意味、非日常。

だめだなぁ。
気力が沸かない。

その理由は自分でも分かってる。
若ければ無理にでも
絞り出していたやる気は
2度目に自分が○んだ日に
心療内科の領収書と一緒に
ゴミ箱に投げ込んでやったわ。

発信は義務ではない。
無理はしなくていい。
そんなこたぁ分かってる。

日常が日常でなくなる日
良い意味なら
思い出に刻まれる時間となる。
悪い意味なら
自己がボロボロと崩れる音が聞こえる。

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1,令和8年熊本地震

熊本地震が起きた。

私の住む四国も揺れたが
大したことはなかったし
鈍感な人(私)は
全く気付かなかった。

高速道路の欠落や
ガス爆発など
凄惨なニュースが入り込んでくる。

これは大変だ。

震災の被害を気にする前に
身内のこと。

妻は医療関係者で
DMATのメンバーである。

DMATとは

都道府県庁や災害拠点病院に本部を設置して医療機関等の被害状況を把握・共有し、被災医療機関・施設を訪問し、ニーズを聴取・分析しながら物資支援、搬送支援、診療支援を通じて、地域の保健医療福祉提供体制をお支えします。

DMAT事務局HPより抜粋

これまで実際に派遣されたことはない。
ないが、訓練や研修などに参加し
いつでも派遣されておかしくない状況だ。

妻がDMATメンバーになってから
被災地へ派遣されることは
覚悟はしている。
誇らしいことでもあり
支えようと本気で思っている。

だが、妻の人間としての
弱さも知っており
精神的なものが
肉体や体調に障ることも
理解しているので

心配は募るばかりだ。

2,派遣決定

7月29日に
「派遣要請が来た」
とLINEメッセージがあった。

(とうとう来たか)

メンバー全員が参加するわけではなく
選抜メンバーが行くんだろうけど
きっと妻は選ばれる。

他の人は急なことで業務から抜けられない。
そういう状況を知ると
断れなくなるのが性格だし
「誰か行けないのか?」
という雰囲気になったら
行く方を選択するという
思考も知っている。

18時前に
「多分決まりだ、ごめんね」
とメッセージ。

知ってた。
うん、分かってた。
出発は夜中だそうで
これから自分の支度も整えるようだ。

その前に出発準備で
搬入や買い出しで
病院を出たのが
20時過ぎていた。

それから慌ただしく
買い出しをしたり
出発準備をしたり
困惑気味の顔で
アタフタと動いているのが
目に浮かぶ・・・。


3,被災地へ

慌ただしく被災地へ向かう。
橋を渡り陸路で。

妻は運転が得意だった。
初めて逢ったときは
ゴリゴリのスカイラインに乗っていて
よく走り屋~と弄っていたが
本当に運転は上手かった。

私と出かけるときは
必ず私がハンドルを握る。
特に妻が単身赴任してからは
週末家に帰ってくるときは
130キロを運転するので
休みの日くらいは運転させないのだ。

知らない道、大きな車は苦手という妻。
私はこれまで仕事を色々してきたので
どんな車、どんな道でも割と抵抗がない。

そんな妻が
熊本までの道で
ハンドルを握ることになるそうで
それも心配だった。
(大丈夫だったようだが)

LINEで色々な話をしてくれる。
レポート的なことから
どんな活動なのかを
教えてくれるので
想像することはできる。

大変だなぁと思う半面
何で妻が、と思うこともあり
自分に言い訳して納得させる。


4,寄り添える自分でありたい

被災地で活動するのは
本当に大変だと思う。
経験したことがない自分には
語ることさえも烏滸がましい。

妻の代わりができるのなら
いつでも代わってあげたい。
それが出来ないなら
気持ちで寄り添うことで
痛みも苦しみも共有したい。

それくらいしか出来ないから。

ただ、日常を護ることも
楽ではないし
トラブルや変化に
淡々と対応するしかない。

そこに力を注ぐので
他のことには散漫になりがちで
本当に申し訳ないと思っているが
自分で自分を護らないと
いけない環境だから許してね。

そんな中
嬉しいことに

初受注しました。
本当にありがとうございます。

誰が、どんな
というのは内緒ですが
発注主様には事情を話し
製作からお渡しまで
時間をいただくことを
了承いただいています。

待たせた分
「良かった」
と思って貰えるものを
描きますので
もう暫くお時間くださいね。

ちょっと低迷気味で
コメント返しも
人様のnote読むことも
コメント残すことも
全てが緩慢ですが
そっとしておいてください。


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