寒冷地仕様のわたし、75記事書く。の巻
75記事書いたそうだ。
昨日の通知がそう教えてくれた。
もし偽りの自分で書いていたなら、今頃とっくに書くのを辞めていただろうな。
今までの人生で、特に何か書いてきたわけではないので、100記事書いたら開眼するのかな、みたいな期待はある。
まあ、別にね、開眼しなくてもいい。
わたしの小さい目がこれ以上開かなくても、つぶらな瞳もかわいいから、いいのさ。
開眼したとしたら、それはオマケ。
なんとなく毎日アップしてるのは、自分に課しているわけではなく、自分を信用していないから。
たぶん毎日アップしないと書かないと思う。そして次の日もやらない選択をすると思う。
だから、内容がどうであれ、垂れ流す。
これが読者の迷惑になるかどうかは、わたしが心配しても仕方ない。
おもしろくないのに長いのは迷惑ですよね。300文字くらいがいいでしょうか。おもしろい記事は書けないけど許してください!
と全ての人の脳みそに流し込むのは、可能なものならやりたいけども。
そもそもnoteを始めたのは、自分矯正プログラムとしてだった。
人とのかかわりの中で、わたしはだいぶ寒冷地仕様の人間だと感じていて、それを直そうと必死だったのだ。
「それって直す必要ある?」
と開き直るまで、随分と耐えてしまったと思う。
今でも自分の中の検閲官と戦うことはある。「それをやったら傷つく人がいる」とか「冷たい人と思われる」とか。
だが、全ての人を傷つけずに行動することは難しい。
どれだけ角を削っても、誰かの古傷には当たる。
冷たい人=ダメという基準は、暖かさを求める側の価値基準に過ぎないのかもしれない。
そう気づいた時、人の様子を窺わず自分を出す練習の場として、このnoteを始めたのだった。
最初は300文字でも検閲官がうるさかった。
いま、検閲官が居眠りしてるから、300文字じゃ全然言い足りない。
このまま検閲官を追いやろうと思っている。
これも書いたら2000を超えたので、有名作家みたいに3部作にするから
そこんとこ
夜 露 死 苦 👼

という自己不信リスクへの対策として、
明日も
低コンディションのまま
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