わたしの人生を支えている名前も知らないおっさんの言葉
こんにちは、ひゅーです。
わたしは、業務改善が本業のサラリーマン。noteでは、「考察と思考整理を楽しむ。」をテーマに、AIやIT・分析といったすこし難しそうなことを、わかりやすく深掘りしながら、ゆるーくお伝えしていきます。
みなさんには、ずっと覚えている言葉はありますか?
わたしには、これまでの人生を支えてくれている3つの言葉があります。
だいたいこういうのは、世界の偉人が話した格言などが多いと思いますが、わたしを支えている言葉は、どれも名前も知らない3人のおっさんのセリフです。
今回は、そんなおっさんへの感謝と共に、その言葉たちを紹介していこうと思います。
前見てないと事故るで
ひとつめは、わたしがまだ大学生の時に聞いた、タクシー運転手のおっさんの言葉です。20歳くらいの時。
友達と遊んだ帰り道、2人で夜のタクシーに乗り、先に友達が降りて、1人になった車内。運転手のおっさんと雑談してました。クリスマス前だったので街に照明が飾られて、その中を走っていた。
わたしが「この辺のイルミネーション綺麗ですよね」と言ったら、おっさんが「まあでも、あんま見んな(見ないな)」と言った後、しっかりと前を見つめ、「前見てないと事故るで」

わたしはその時自分の将来に悩んでました。大学生になったけれどあまり大学に行かず、友達と深夜まで遊んだり、バイトしたり。ほとんど家にも帰ってなかったと思います。
大学に入って、就職活動をして、会社員になってという路線がなんか嫌だった。嫌だったけど決まった流れのように、受験をして大学に入ってた。そんな感じがしていました。
なんとかその路線に抵抗したいけど、やりたい事も別になく。ただ楽しいことに流れて浪費していた生活でした。
そのタクシーの中で、友達と話してた話題もそんな感じ。「別にやりたい事もないしな。将来とかどうでもいいよな。」みたいな会話だったと思います。
おそらく、そのタクシーのおっさんは、前を向かずよそ見ばかりしている若者の将来を案じて、車の運転になぞって、未来を見てちゃんと生きろというメッセージをくれたに違いない。(ホントか?)
当時のわたしはこの言葉をカッコいいと思った。前見てるおっさんの横顔も。多分その1週間後くらいに大学辞めてると思う。遊びもやめて、学んできた学校の内容ともまったく違う、印刷業の会社に就職しました。
なんとなくサラリーマンになるよりも、自分の手に職をつけたかったという気持ちが強かったんだと思います。ある意味、転換期になった一言。
それからずっと、気持ちがばらついたり、目的が見えなくなったりすると、このおっさんの表情と言葉が頭に浮かびます。
この「前見てないと」という言葉を変えるなら「目的志向」とか「未来志向」と言ったことになるかと思います。終わってしまった事ではなく、なにができるかを考えて生きていたいので、これからもこの言葉は忘れたくないなと思っています。
このおっさんの言葉は、ずっとわたしに「いま前を見てるか?」って、問いかけるきっかけを与えてくれる言葉になっています。
繁華街のタクシーのおっさん。名前も知らないけどありがとね。とっても感謝してます。
業者にできて、できない理由がない
ふたつめは、スロット店でバイトをしていた時の店員のおっさんの言葉です。
わたしは、印刷会社に就職した後、その会社がなくなってしまい、失業していた期間があります。その時25歳くらいかな。
生活もあるので時給のいいスロット店で、アルバイトをしていました。
スロットのメダルを上に持ち上げる「リフト」と呼ばれていた大きな機械があって、それがある日壊れました。普通に2メートルくらい高さのある大型の機械なので、壊れた時は専門の業者さんを呼んで直してもらうことになります。
わたしがその業者さんに故障の連絡をして、3時間くらい来るのにかかると社員に報告しようと戻ってきたら、その社員のおっさんは、故障したリフトの機械を分解しようとしていました。つまり自分で直そうとしてた。
わたしが「直せるんですか?」と聞いたら、そのおっさんが機械から目を離さずに「業者にできて、(自分に)できない理由(わけ)がない」と。

わたしはたぶん「きょとん」としていたと思います。いやできないでしょ?そのために業者さんがいるんだから。と思った後、1拍おいて「あれ?でもそう言えばそうかも」と思い直しました。
その後なにが正しいかわからなくなって考え込んでしまいました。なんで自分は、「業者以外できない」と思っていたのか。
だって、自分で機械を直そうなんて気持ち、1mmもなかったですから。
たぶん、このスロット店のおっさんは、なにもやる前から自分の限界を決めて、やろうとする意志も持たない若者のチャレンジ精神に疑問をいだき、諭すためにこの修理をしようとしたに違いありません。(そうか?)
実際には直せるわけがないし、このおっさんの選択は間違っていると思うし、あとから来た業者さんに「中途半端に直さないでください」と怒られてはいたけど、そういう犠牲のもとにわたしはそのおっさんの意思をしっかり受け止めたのです。
誰かができるのに、自分にできないと決めつけることは止めようと。
それからは、なにか新しいことを始める時、他の誰かがやっていることをできないと思ってしまった時、この言葉と、機械油が手についているおっさんの姿が頭に浮かんできます。
「自分の限界を勝手に決めてしまうことの怖さ」
最初からそれは自分の領域ではない、自分ができるものではない、と決めてしまえば、やろうとも思わないし、そもそも疑問すら湧かない。
実際にできるできないではなく、可能性の話です。どんなことでも誰かができるならそれは0ではない。そう思うことで、新しいことに挑戦していきたいと思ったから、これからもこの言葉を大事にしたいと思っています。
このおっさんの言葉はわたしに、「なぜできないと思っているのか?」といつも問いかけてくれます。
小さなスロット店のおっさん。あなたの無謀さがわたしは大好きです。
毎日傷んだのを取ってるだけ
最後は、何気なく見ていた野菜作りのテレビ番組の中で、農家のおっさんが言っていたひとことです。30代くらいだったかなその時。
農家の大きな畑の取材を女性レポーターがしていました。農家の野菜ってすごく緑も青々していて野菜に傷みもなく綺麗です。その様子がテレビに映っていた。
そして、その女性のレポーターがその綺麗な畑の秘密を聞き出すべく「こんな綺麗な野菜を育てるためのコツは何ですか?」と聞いて、返ってきた言葉が農家のおっさんの一言。「毎日傷んだのを取ってるだけ」
そういいながら、農家のおっさんは片手を野菜の大きな葉に伸ばすと、指と指の間に茎を挟み、魔法のような鮮やかな手つきで葉を折りました。

期待通りの回答ではなかったのか、そのまま女性レポーターは話を流し、別な話題に進んだのですけれど、わたしはこの言葉の強さと大きな葉を折る仕草の鮮やかさに目を奪われてました。
おそらく、その農家のおっさんは、素晴らしい成果を出すのは、特別なコツや才能ではなく、当たり前のことを毎日積み重ねることだと、テレビを通じて全国の若者に生きるヒントを投げかけていたに違いありません。(まさかね?)
レポーターさん的には、特別な農家ならではのコツや、手法を聞きたかったのかもしれませんが、おそらく真実はこういうことで、農家の畑の野菜も、素人が育てた野菜も、同じように傷むのです。
それを毎日ずっと取り続けているから、畑全体が綺麗になる。それをやり続けているからこそ、その技術が魔法のような葉を折る仕草になる。
この継続性というか、習慣の行動の強さ。とっても憧れます。
でも、わたしはこの農家のおっさんほどに、人間ができていないので、いつもめんどうだったり、飽きてしまったりで、やるべきことを疎かにしてしまいます。
いつかこの農家のおっさんに追いつけるような立派なひとになりたいと思っていますが、移り気なわたしは一生青二才かもしれません。
よく覚えていないテレビ番組の名前も知らない農家のおっさん。わたしはあなたを心から尊敬しています。
おっさんは偉大である
こうしてわたしは、3人の偉大なおっさんの言葉を胸に、今日も生きています。
わたしももう立派なおっさんになりましたが、若い時におっさんから聞いた言葉でいまも支えられています。
未来へ向けて目的を持ち、自分の可能性を信じて新しいことに挑戦し、誰でもできることを当然に続けていく。
こんな人生を、この後に続けていければ幸せです。
みなさんにも、こんな人生を支えるような言葉があるでしょうか?
誰かの言った言葉は、全く本人の意図と違う形で、違う誰かの心にこうして残っていくこともあるのだと思います。
もしかしたら、わたしや皆さんが書いているnoteも、意図とは違う形でいつか誰かに見られて、その心に大切なものとして受け止められる可能性もあるのかもしれませんね。
偶然の言葉の出会いというのもあるのかなと、感じたところで、今回はこれまでにします。
ではまたー。

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