吐き出せなかった怒りは肚の内でくすぶっていて、何かをきっかけに暴発する
『虎に翼』第69話、尊敬する恩師である穂高先生が最高裁判事を引退する記念祝賀会。その開催の準備チームに誘われた寅子はふたつ返事で引き受けるが、当日、穂高のスピーチを聴いている最中、顔色を変えて怒り、花束贈呈の役を上司の多岐川に押しつけ、会場から出て行ってしまう。
異変を察知した穂高は会場を出て寅子を呼び止めるが、弁護士を辞めた時の経緯を思い出して怒りの感情が収まらない寅子に困惑する。
SNSでは寅子の大人げない振る舞いに困惑したり非礼を批判したりする声がちらほら。でも、自分も過去に同じような感情に振り回されたことがあるせいか、わかってしまった。
寅子が法学の道に進んだのは、穂高先生との出会いからだった。結婚して幸せになるのが女の道だと(主に母のはるに)言われてもピンと来ず、見合いを二度失敗した寅子は「(穂高)先生は私の話を遮らなかった」という理由で、明律大学女子部に進んだ。
晴れて司法試験に合格して弁護士になったものの、妊娠してつわりとオーバーワークで倒れてしまった。その場に居合わせた穂高先生は、寅子の話を聴くより前に「母としてお腹の子を守るのが一番の仕事」と諭してしまった。さらに、雲野弁護士事務所に(寅子に聴きもしないうちに)寅子の妊娠を告げ、弁護士業を辞めるしかない状況に追い込んでしまった。その過程で、事前に相談してもらえなかったと知ったよねは深く傷つき、寅子に「もう二度とこっちの道に帰って来んな」と言ってしまった。当事者の寅子でない、穂高はじめ男たちの善意が、弁護士としての寅子の道を絶ってしまった、という皮肉。
そのことに対する怒りが、寅子の肚の内にくすぶっていた。穂高に再会した時、裁判官としての道を模索する寅子に、もう法律の道は歩みたくないだろうと穂高が見当違いの忖度をして「家庭教師の職を見つけてきた」とオファーしたこと(穂高のモデルである穂積重遠は東宮太夫だったことがあるので、やんごとない方の家庭教師であろう)が、寅子をさらに苛立たせた。かつて、話を聴いてくれ、もっと君の考えを言いなさい、と言ってくれた恩師が、寅子の望みもしないオファーを提示する。穂高先生は「また間違えた」と呟いていたが、本当に必要だったのは、寅子の話を聴くことだった。
そして退官記念式典。穂高が「私も雨だれの一粒に過ぎなかった」という言葉が、寅子の肚の内にくすぶっていた怒りに火を点けた。おそらくは、弁護士としての道を絶たれたという怒り(寅子の認識では)、寅子の弱音や本音を聴き出す役割でなく見当違いの解決策を押しつけられたという怒り、自分も雨だれの一粒に過ぎないのだと諦めさせられたという怒り。
果たして、明日の第70話で、師弟は信頼を再び築くことができるだろうか。
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ちょこっとだけ、寅子の怒りを理解した自分の背景を。
自分が高校生の時、父が週末に家にいないという事態が何ヶ月も続いた。金曜日の夜から日曜日の夜まで仲間とずっと麻雀をしていたというが、本当かどうかはわからない。自分はそろそろ卒業後のことを考えていた頃。中学生の弟は小学校高学年からずっといじめのターゲットになっていて、母はその対応に追われていた。父は私たち家族に一片の関心も払わなかった。
当時は母も離婚する可能性を模索していたようだし、私も、その場合には高校を卒業してすぐに働く覚悟も持ちつつあった。ひとりで母と弟を養えるかどうかはわからなかったけど、両親が離婚したらそうなるだろうという予測をしていた。
どういう話し合いが行われたかはわからないが、両親は離婚しないことになり、父は週末の麻雀を辞めた。少なくとも金曜夜から日曜夜までずっと外出ということはなくなった。私は、両親が離婚しないなら少しでも学歴をつけておきたいと思い、(父母はまさかと思ったかも知れないが)四年生大学への進学を選んだ。可能な限り返済の義務のない奨学金を受け、育英奨学金(という名の借金)も受け、バイトを掛け持ちしながら、卒業した。
私が在学中だったか働き始めてからだったか記憶は曖昧だが、その頃にまた夫婦仲が悪くなった。その時父は私を呼んで「お父さんな、離婚するから」と言った。その後の言葉はなかったが、つまり、飯炊き女を私にやれという意味だと受け取った。
その瞬間、私の肚にあった、くすぶっていた怒りに火がついた。「……あんたは以前、半年以上も私たちのところに帰らなかったじゃないか!」
離婚しても私は父の側に付かないという意思表示が効いたのか、離婚話は消えた。
その数年後、私は、家を出てひとり暮らしを始めた。「同居しないという選択」でそのエピソードを扱っている。
まこと、『虎に翼』は自分の人生の中で似た経験とその時の感情を掘り出してくれる。
