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クセナキス打楽器作品の深層へ:博士論文「打楽器作品の分析」を著者が語る

打楽器奏者の悪原至(あくはら・いたる)です。
今日は私が博士号取得の際に執筆し、2020年に発表した博士論文「ヤニス・クセナキスの打楽器作品の分析~打楽器作品のマクロフォームとそれらを形作る構成要素」を紹介したいと思います。

この博士論文は、あるときは作曲家、あるときは建築家としても活躍したヤニス・クセナキスの打楽器作品について分析したものです。

クセナキスの音楽はいわゆる現代音楽のジャンルなので、少し難しく感じる方もいるかもしれません。
できるだけ分かりやすくお伝えしたいと思っていますので、ぜひ読み進めてみてください。


ヤニス・クセナキスについて

博士論文の分析対象としたヤニス・クセナキス。
1922年にルーマニアで生まれたクセナキスは、作曲家であると同時に建築家でもあり、さらに高度な数学の知識まで持ち合わせていました。

こんなにユニークな経歴の作曲家は、なかなかいないのではないでしょうか。彼は、まるで建物を設計するように、数学を使って誰も聴いたことのない音楽を作り上げたのです。

それだけではありません、クセナキスが若い頃、ヨーロッパは第2次世界大戦の真っ只中。ギリシャに在住していたクセナキスは、反ナチス・ドイツのレジスタンス運動に加わり活動していました。

そのなかで爆撃により片目を失う重症を負ったり、戦争後には戦争犯罪に加担したとみなされ、捕縛の危機からギリシャを脱出しフランスへ亡命したりと、想像を絶するような境遇を辿ったのです。

その波瀾万丈で過酷な体験は、クセナキスの作る音楽にも表出しています。ときに暴力的なまでに感じられるようなエネルギーの爆発、聴くものに緊張を強いる極端なダイナミクスの対比、演奏者に限界まで挑ませるかのような複雑な音型、それらが無秩序に混じり合った混沌とした音の大洪水…そんな音楽が、高度な数学の知識により緻密に計算されて作り上げられているのです。

こんな音楽、他の誰が作り上げることができるでしょうか?

クセナキス作品の魅力はどこにあるのか?

クセナキスの音楽にすっかり魅せられた私は、大学院で彼の音楽について研究することにしました。

先行研究を調べてみると、クセナキスの数学的な作曲技法に焦点を当てたものがほとんどで、「数学の知識をどう音楽に活かしたか」が研究の中心でした。
しかし、私は「本当に数学だけで、あんなにすごい音楽が作れるんだろうか?」と疑問に感じました。

そんな疑問を持ちつつ研究を進めていると、クセナキス本人が次のように語った文章が私の目に留まりました。

「私がいつも計算尺を使っているように見えるかもしれないが、 そうではない。時々私は事物を組織化するのに計算をしなければならないが、それを成し 2 得たときには計算を忘れ、とても自由な気分になる。」

Emmerson, Simon. 1976. “Xenakis Talks to Simon Emmerson,” Music and Musician. May, 1976: 24-26.

要するに、クセナキスは計算のみによって音楽を作り上げているのではないのです。

「計算だけではない、クセナキスの音楽の魅力とは何だろう?」

これが、私の論文のテーマになりました。

クセナキスの打楽器作品のスケッチ

計算以外のクセナキスの音楽の魅力を探るため、私は自身の専門分野である打楽器作品に着目しました。自分でも演奏したことがあるので、演奏家ならではの視点から分析を行うことができると判断したからです。

クセナキスが作曲した打楽器のみを用いた作品は全部で以下の5曲あります。

  • 《Persephassa》1969年 / 打楽器6重奏 / 観客の周りに6人の奏者が配置される。

  • 《Psappha》1975年 / 打楽器独奏 / 五線譜を使わない記譜法が特徴的。

  • 《Pléïades》1978年 / 打楽器6重奏 / 4つの独立したパート(Claviers/Peaux/Métaux/Mélanges)による大規模作品。

  • 《Rebonds》1987–88年 / 打楽器独奏 / a・bパートによる対照的な構造と展開。

  • 《Okho》1989年 / 打楽器3重奏 / 曲の大半がジャンベのみ。

分析をするにあたって、幸運なことに、クセナキスが書いた打楽器作品のスケッチのコピーを手に入れることができました。
それは、細かいマス目の入った紙に、音を表す点がまるで設計図のように書き込まれているものでした。

ギリシャ語で書かれたクセナキスのメモや、計算の跡なども残っていて、一目で貴重な資料だと分かりました。

前半:各作品の分析

さて、論文のおおまかな方向性が決まり、そしてスケッチも手に入れることができたので、いよいよ作品の分析に着手します。各作品の分析は、博士論文の前半部分に当たります。

クセナキスの作曲技法に着目した研究であれば、その技法が用いられている箇所を部分的に分析すれば十分かもしれません。
しかし、私の研究はクセナキスの音楽性を探求することを目的とするため、作品全体を分析対象とする必要があります。
各作品は10分を超え、中には40分を超える大作も存在するため、分析対象の総量は膨大です。

そこで、私は各作品を複数のセクションに分割し、分析を進めることにしました。
具体的には、まず各セクションを構成する要素を抽出し、それらの組み合わせによってどのような特徴的なテクスチュア(構造)が形成されているのかを観察しました。

幸いにも、クセナキスの作品はセクションごとの特徴が明確であったため、このセクションに分けての分析は非常に効果的でした。

《Pssapha》を例に挙げると、とあるセクションではアクセントによるリズムの多層構造が顕著であり、別のセクションでは視覚的なリズムの配置が多用され、さらに別のセクションではダイナミックな音密度の変化が特徴となっている・・・といった具合です。

各セクションの詳細な分析を行った後、作品全体の構成(マクロフォーム)に関する考察を行いました。

マクロフォームの図示(Persephassaを例に)

作品全体を俯瞰することで、部分的な分析では見過ごされていた側面が見えてくることがあります。

例えば《Rebonds》のbでは、曲の冒頭に一定の秩序のもとに形成された2つのフォームが存在します。楽曲の進行に伴い、これらのフォームの規則性が崩れ、両者の特徴が次第に曖昧になり、最終的には混沌とした状況で終結します。この2つのフォームの解体が《Rebonds》bにおける主要な構成原理として機能していることが明らかになりました。

他の作品においても同様に、作品全体を統一する要素が見出され、それが作品の個性を際立たせていることが研究成果として得られました。

これは、楽曲全体を時間軸に沿って観察することで初めて明らかになった点であり、細部の分析のみでは見落としていた可能性があります。

このようにして全ての作品を個別に分析したのちに、5作品のマクロフォームを横断的に比較することも行いました。
そうすることにより、クセナキスの作曲思想の変遷と共通性に迫ることもできました。

後半:各作品に共通する構成要素の考察

論文の後半部分では、各作品に共通する構成要素の探求を試みました。ここでいう構成要素とは、作品全体やセクションを構成する基礎となる音型やテクスチュアであり、建築における個々のパーツに相当します。特に、クセナキス特有の表現であり、多くの作品で用いられている要素に焦点を当てて分析を行いました。

まず、クセナキスが使用した音型に着目し、類似した特徴を持つ音型を収集し、その構成方法などを分析しました。
その結果、クセナキスが打楽器作品に使用する音型は8種類に分類できることが判明しました。

この分類の根拠となるのは、各音型の音高、IOI(音の間隔)、最小音価といったパラメータの変動の有無です。

パラメータの変動の有無による分類

この発見は、本論文における最も重要な成果の一つであると考えています。詳細な説明は割愛しますが、機会があれば別途紹介したいと思います。

これらの8種類の音型を発見したことで、音の雲とも呼ばれる音群構造や、その他の多層構造も体系的に分類することが可能になりました。

クセナキスの使用する多層構造の分類

上記以外にも、各楽曲に共通する要素が複数見出されました。これらは、5作品をまとめて分析したからこそ得られた成果であると確信しています。

まとめ

以上、博士論文の内容を概略的に紹介しました。記述したい内容は多岐にわたりますが、博士論文全体のボリュームは500ページを超えるため、今回は割愛します。機会があれば、より詳細な内容を紹介できればと考えています。全文にご興味のある方は、下記のURLから無料でダウンロードできます。

国立音楽大学リポジトリ:https://kunion.repo.nii.ac.jp/records/2272

興味のある方は是非読んでみてください!




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