「丁寧な暮らし」はできませんでした
40代後半で仕事を早期リタイアして、1日の大半を家で過ごすことになった時、わたしは「丁寧な暮らし」に憧れた。
それまで、余裕なく働いていた反動ももしかしたらあったのかもしれない。
いや、きっとずっと憧れていた。
コーヒー豆にこだわるとか、
丁寧に出汁をとるとか、
日々使うタオルにこだわるとか、
花のある暮らし…とか。
……。
でも結局、
コーヒーはマイルドカルディが好きだし、
出汁はちょっとだけ良いパックだし、
おまけでもらった薄いタオルを喜んで使っている。
全部やってみて気づいた。
「丁寧な暮らし」は、わたしには意外と大変だった。

それよりも、
コーヒーを飲みながら
思いつくまま手帳に書き込んだり、
カーテン越しに差し込む光に
「いいなぁ」と目を細めたり、
愛猫がゆったりとまどろんでいるのを眺めたり、
そんな時間に幸せを感じる。
noteを始めてからは、そこに、
誰かが綴る言葉や、切り取った写真に心ときめく時間も加わった。
その延長線上に、わたしの表現はある。
自分のこれまでの時間を時々振り返って、丁寧に言葉にしていく。
部屋で、心ゆくまでシャッターを切る。
──わたしのnoteのテーマ
「贅沢noteじかん。」では、
書く時間そのものを楽しむことを。
「経験を言葉に。」では、
その経験が未来の資産になることを。
「フォトエッセイ」では、
人生そのものを物語として綴っていくことを。
一見バラバラに見えるが、
実はこれらはすべてつながっている。
「暮らしを丁寧に味わい、
それを言葉に、写真にして残していく。」
わたしはきっと、その積み重ねの途中にいるのだと思う。
憧れていた「丁寧な暮らし」は出来なかったけれど、「暮らしを丁寧に味わう」ことは叶ったんじゃないか、そんなふうに思う。
文中のnoteテーマはマガジンから読めます。よかったら。
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