写真が「自分の世界観」の入口になる理由
写真を撮ったあとに、
「これじゃない」って思うこと、ありませんか?
私はよくあります。
「うーーーん。これかー。…マジか。」
みたいな感じ。笑
で、そういう日って何をどう撮っても気に入らないという。
光のせい? 構図?
いや、もしかしてカメラ…?
もちろんそれもあるかもしれないけれど、
多くの場合、私にとっての理由はそこじゃなくて。
そのときの “自分” が写っているから。
焦りや、迷い、気負い。
「うまく撮らなきゃ」「早く撮らなきゃ」という気持ち。
そういう日に撮った写真は、たいてい自分の中でしっくりこない。
つくづく思うんですが、
写真って、単なる“記録”ではなくて、自分らしさそのもの。
自分の世界観そのものと言ってもいいと思います。
どんな写真であっても。
どんな光に惹かれるのか、
どんな瞬間を切り取りたいと思うのか。
そして、
その光をどんな佇まいにしたいのか、
どんな色味に仕上げたいのか。
そこには、言葉にしなくても滲み出る「自分らしさ」があるということ。
たとえば私の夫は、スマホでサッと写真を撮ります。
「ちゃんと写っていればいい」と言っていますが、それだって立派な“彼の世界観”。
削ぎ落とされたシンプルさ。機能に徹する潔さ。まぎれもなく彼らしさです。
今回は、写真を撮るという行為そのものが、自己理解につながる、というお話です。
写真が語る、心のありよう
私は写真が好きなので、noteでもブログやサイトでも使われている写真をよく見ます。
写真家やフォトグラファーの方の写真も見ますが、どちらかというと、自分が興味を持った内容の記事にどんな写真が使われているかをつい意識してしまいます。
それがその人が撮った写真ではなくても、なぜこれを選んだんだろう?という視点で見ます。
自分の記事に載せる写真を「なんでもいい」で選ぶ人は少ないと思うんですよ。
その視点をそのまま自分に向けて、
「自分はなぜこの写真を撮ったんだろう」
「なぜこの写真をこの記事に載せようと思ったんだろう」
と一枚の写真を見ながら思いを廻らせると、その時の自分の心のありようが見えてくる気がします。
20代のわたしが撮った写真から見えるもの
今から30数年前、まだ20代だった私が撮った写真です。

これは、お洒落なBarに連れて行ってもらったときの写真。
当時すでに現像の仕事をしていた私は、タングステンの光の温度に惹かれてシャッターを切りました。
この写真を見返すことで
大人の世界への憧れ
未知への高揚と不安
を思い出します。
あの頃のわたしはこれから出会うだろう外の世界を、憧れと不安が入り混じる中、見ようとしていました。
でも、今の私は写真を通して“内側の自分”を見ようとしている。
年齢を重ねたからこそわかる視点って、確かにあるんですよね。
撮ることも選ぶことも自己表現
写真って、本当に撮る人によってまったくの別物になりますよね。
きっと、同じ景色を見ていても、シャッターを切りたくなるポイントは人それぞれ。
光の入り方、距離感、色のトーン――
それを「どう感じたか」「どう切り取ったか」には、その人の“心の癖”がそのまま表れると思います。
たとえば、私は少し逆光ぎみのやわらかい光が好きです。
それは、たぶん“完全に明るいもの”よりも、“光と影がやさしく共存している瞬間”に惹かれるからかもしれません。
もっと言えば、その「少し逆光ぎみのやわらかい光」で撮った写真をさらに編集して、低コントラストにすることがあります。好みと言えばそうなんですが、やっぱり無意識に「自分の世界観」に近づけたいと思っているからなんでしょうね。
こんな感じです↓

上の写真はほぼ撮って出しの状態で、下の写真が自分の世界観を意識したものです。
“記録”から“自己表現”へ
記録のための写真。
そして今は、SNSで誰かに見せるための写真。
写真にはそういう一端もあります。
自己表現としての写真は、“見せるもの”ではなく、“自分と向き合うもの”という一面があると思います。
「今日はどんな気分で撮る?」
「この光のどこに惹かれてる?」
そんな“気づきのプロセス”としての写真。
続けるうちに、写真は
“記録”から“自己表現”へ、そして“自己理解” へと変化していくと思うのです。
自分らしい写真って何だろう
自分らしい写真って、テクニックやカメラの性能で決まるものではありません。
“自分の感じ方”を大切にして撮ること――それがいちばんの個性。
だから、スマホでも一眼でも、何を使って撮るかは問題ではありません。
大切なのは「感じた瞬間を収めること」。
写真の世界観は、特別な場所ではなく、日常の自分の感性の中にあるんじゃないかなと思います。
おわりに
「写真で自分を表現する」と聞くと、なんだか難しく感じてしまうかもしれないですね。
私もたぶん言います。
「えー、それってどうやんのよ?」って。笑
でも実際は、特別なテクニックよりも、“日々どう感じているか”に耳をすますことのほうが大切。
世界観って、どこか遠くにあるものではなく、「自分が何に心を動かされるか」を日々少しずつ集めていくことで育っていくものだと思うんですよ。
次回は、「小さな習慣が世界観を育てる(写真編)」そんなお話をしようと思います。
それでは今日はこの辺で。
「写真が自分の世界観を育てていく」というテーマでシリーズで書いています。
興味があったらぜひ。
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