1年の半分が終わってしまっただ。
今無料マンガアプリで三宅乱丈作の「イムリ」っていう漫画を読んでるんだけど面白い。SFファンタジー。
全26巻の8巻くらいまでチミチミ読み進めている。久々に紙で買うかも。(無料で読み進めてその作品が素晴らしいと思うとだんだんと無料で読むことによる作家への良心の呵責に耐えきれなくなり、紙で買っている)
無料マンガアプリのいいところは、無料であることは勿論なのですが(私は課金しない派。『派』と言えば響きは良いが、要は金が余っておりません)今まで知らなかった作品に出会えることが俄然増えたこと。昨今、本屋さんで「立ち読み」もままならなくなり、漫画好きな友人も周囲にいなくて、雑誌も買わない(買いたいけど…以下略)ため、そういう機会がめっきり減ったのですが、そこを補ってもらえる。
今までそのパターンで「紙で買った」作品は、
「クジラの子は砂上に歌う」梅田阿比
「イティハーサ」水樹和佳子
「昭和元禄落語心中」雲田はるこ

…こうして振り返るとなぜか女性作家ばっかりだな。三宅乱丈も女性だ。
「イティハーサ」は中でも別格で、1986〜1997年の足掛け約十年にかけて雑誌【ぶ〜け】で連載されていたのだが、当時は毎号【ぶ〜け】を買うお小遣いも大きな本棚も無く(【ぶ〜け】は電話帳並に厚みがあった)、高校時代は時給550円でウェイトレスのバイトをしながら「ギターの弦やら出演する渋谷のライブハウスへの交通費(埼玉の大宮から通う)を捻出」していたため漫画雑誌をピタッと買わなくなった。でも気になる作品だった。難解だった。でも!こうして無料アプリで読めるなんて〜! 時を経て読めたことで理解度は当時より数段上がっていたと思う。結構早々に紙で購入することを決めた。何回読んでも感動する。諸星大二郎の「マッド・メン」「孔子暗黒伝」に続く私の『聖書』だ。人類の本当の歴史はここにある、マジで(笑)
水樹和佳子作品はすべて素敵です。
そういう話をしたかったわけじゃなかった。
このひと月にかけての3本のライブのうち2本では、滅多に来ない客(友人)が来てくれた、という点で印象深いことがあった。



うち1人は専門学校時代の友人で私が19からの付き合い。うち1人は高校の同級生で16からの付き合い。どちらも10代〜20代の私のライブを観に来てくれていた闇歴史の生き証人みたいな人だ。でも最近は色々忙しいやら遠いやら(1人は東京を離れて離島に移住)、めっきり。その2人がフラリと7、8年、或いは10年以上振り位に別々に現れた。うれしかったり、驚いたり。
そしてその後にもらった言葉が似ていた。


なんだろう。チャットGPT?AIなの?違うよね?
全然年齢もタイプも違う友人なのだが、おんなじような感想を貰ったのが面白かったので書き留めさせて頂いた。(ありがとう)
どうやらそのライブは「考えさせて」しまうライブだった模様。
多分どうやら私と共演者は必死になにかを作って表現していた模様。
でもどっちも「楽しかった」って書いてあるのが良かったよ🤩
何故作るのか
何故うたうのか、描くのか、書くのか
何故残すのか
この同じ時期、ひと月ほど前に二十代の子と話をしていても、そんな話になった。
私はこう答えた。
【人によっては財産だったり、権力だったり、土地だったり、コレクションだったりするけれど、要は残したいんだよ。歌や絵や詩、文、映画を作る人は、自分の考えや、視点を、感性を、誰かに残したい、継いで欲しいんだよ。種子のようなものを。物理的に子孫を残すということ以外で。人間が他の動物より抜きん出ている部分だから。にんげんだもの。】
それを聞くと相手は間髪おかずに、「あー、それだ。種子。」と納得?していた、多分。(最後の太字部分はワタシちょいと半笑いで大仰に言い放ってしまいました、相田みつをファンの方、すんませんw)
ただ、それだけのこと
そういうふうに、生まれ落ちただけのこと
そこに「何故」はないのだと。
自分の腑には落ちています。
人は、それぞれの形で、何某かの種子を、残したい。
(そしてそれはいいものともわるいものとも、限らない。)
話は戻るがイティハーサ。
人は善神によってのみ
救われるのではない
それぞれに
それぞれの形で
救いの道を求めることができる

イティハーサのひとつのクライマックスシーン
自分の曲で「それぞれ」という曲があるのですが、それはこの作品を読むよりも前に出来たんだけど、このシーンを開いた時、同じ答えに別のルートから辿り着いた、そんな感動がありました。
ああ、漫画の話がしたいわけじゃなかったのに結局。
