「AIが進化すれば英語学習はいらなくなる」は本当か?
私は30代で仕事をやめ、ただ英語を学ぶためという理由だけで留学に行きました。
しかし、留学生活中は何度もこのような考えが頭をよぎることがありました。
「これからAIが進化すれば、英語なんてもう学ばなくてもよいのでは?」
そしてこれはおそらく私だけでなくほとんどの英語学習者が1度は考えたことがあるのではないでしょうか。
こんなにも苦労して英語を学ぶことに意味があるのか?
散々苦労してやっと英語が身に付くころには、すでにAIによって無駄な能力になっているのではないか?
今回は、AI時代に英語を学ぶべきかどうかについてお話ししたいと思います。
今後はAIと音声認識を組み合わせた同時通訳デバイスが進化し、お互いの言語がわからなくても言葉が通じるようになり、英語学習がいらなくなるかも?と言われています。
しかし、本当にそうでしょうか?
結論を言えば、外国人と会話する上でそこにコミュニケーションが伴うかどうかが重要であり、コミュニケーションが伴うのであれば英語を学ぶべきだと私は考えています。
どれだけAIが進歩しても、AIが人と人との自然なコミュニケーションにまで入り込むのには限界があるのではないかと私は考えているからです。
日本語と英語にはどうしても語順の違いという問題があります。
例えば、
「私はピザを食べます」
という文章の場合、英語に訳すと
“I eat pizza”
となりますが、これを同時通訳する場合、
『私はピザを・・・』
の段階でも、英訳では
“I ...”
までしか認識できません。
なぜなら『私はピザを・・・』のあとに、『食べる』がくるのか『食べません』がくるのか『作ります』がくるのかわからないからです。
日本語と英語では動詞と目的語が逆になるため、どれだけ優れた高性能AIだろうと必ずここに一瞬のタイムラグが発生します。
AIには文脈予測機能もありますが、実際に交わされる会話はより複雑でより長い文章になるため、こうしたタイムラグの発生は避けられません。
そしてこのほんの小さなタイムラグこそが、会話のテンポや互いの感情に大きなズレを生じさせてしまう最大の原因となるのです。
AIは言葉の直訳自体は得意ですが、その場の空気やユーモア、信頼関係を築くための「間」や「感情の同期」までは完全には再現してくれません。
もしそのような同時通訳機能がついたデバイスをつけたとしても、
・友人と笑い話をしているのにせっかくのオチが毎回遅れてくる
・外国人と恋愛したくても常に感情の共有がズレてしまう
・緊迫したビジネス交渉の現場で相手の意図や本心がわからず契約に踏み切れない
このように、単にAIが互いの言語を翻訳するというだけでは、様々な場面でコミュニケーションがうまくいかなくなることは想像に難くありません。
逆に、コミュニケーションが伴わない会話であればこの同時通訳デバイスは十分機能すると私は思います。
コミュニケーションが伴わない会話とはどういうことか?
例えば海外旅行中にレストランで注文したい、ホテルでチェックインしたい、人に道を尋ねたい、といった場合です。
なぜならそれは単なる業務上必要な行為で、お互いに仲良くなったり、お互いに信頼し合うことが目的ではないからです。
相手とコミュニケーションが取りたいのか、ただその場の会話さえ成立すればそれでよいのか、英語を学ぶ意義はズバリそこにあるのではないでしょうか。
もちろん、私はAIを否定したいわけではありません。
むしろAIのおかげで海外旅行や情報収集のハードルはこれからますます下がっていくでしょう。
だからこそ、「目的」が大切なのだと思います。
海外旅行に行きたい、海外の人とチャットやメールでやり取りしたい、海外の論文や洋書を読みたい、それならAIの翻訳機能で十分かもしれません。
近年ではX(旧Twitter)やInstagramでも翻訳機能が実装され、海外の人とも容易にコメントし合えるようになりました。
しかし、
・外国人と友達になりたい
・外国人の恋人を作りたい
・海外で働きたい
・相手の冗談で一緒に笑い、何気ない雑談を楽しみたい
そうしたコミュニケーション、つまり「人と人とのつながり」を求めるのであれば、私はこれからも英語を学ぶ価値は十分にあると考えています。
AIはただ言葉を翻訳してくれるだけで、人と人の心の距離まで縮めてくれるわけではありません。
その最後の一歩は、やはり自分自身の力で埋めるものなのではないでしょうか。
ここまでお時間を割いて読んでくださり、ありがとうございました!
