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『取調べ室のうた』 〜兄の面影〜

犯人は全てを話し、調書に署名をした。

事務的な時間が流れ、刑事が取調べ室から出ていく。
警官が一人見張りとして犯人を監視している。 

ふぅ、と犯人はため息をついた。
警官は、何の反応もしない。

(これから、身ぐるみ剥がされて刑務所か、、、もう、世間には戻れないんだ、、、)

未練はある。
だが、後悔はない。

やらなければいけない事をやった。
そう思っている。

そこに、ベテラン刑事が入ってくる。
ペットボトルのお茶と缶コーヒー、清涼飲料水が目の前に並べられた。

「お前さん、ちゃんと話してくれたから、どれか選んでいいよ」

犯人は目を見開いた。
この部屋に似つかわしくないものが並んでいる。

そして、それを勧められている。

「なんだ、同情か?」

ベテラン刑事は、そんな言葉も気にせずに、机に両肘を置き左手に顎を乗せ、右手で3本のドリンクを犯人の前に出してまた無言ですすめてきた。

そして、犯人の目を見て言う。
「もう、お前さんと私は、二度と会う事もないだろう」

犯人は真顔に戻り、目をつぶった

「まぁ、ちゃんと説明してやると、これから、お前さんは身柄を送致されて裁判にかけられる。

その辺りは裁判官の仕事だから、私からとやかく言う事ではない。
とにかく、この部屋を出たら、全ての自由は無くなる。

行動だけでなく、言葉の自由もだ。
だから、この部屋を出る前なら聞いてやる事ができる。

もし、話しておきたい事があれば、話してみないか?」

犯人は、聞き終えるとゆっくりと目を開いて、「コーヒーをください」と呟いた。

ここ数日間、この刑事とこの取調べ室で、たぬきの騙し合いをしてきた。

最初は、やっぱり警戒してしまっていた。
騙されないようにと一言一句必死になり、質問への答えを出していた。

今まで生きてきた中で、自分の言葉にここまで神経が通っていたのは、この時だけだっただろう。

カシュ、、、

缶コーヒーのプルタブを開けて、ゆっくり飲みこんだ。

苦い液体が、舌から喉を通っていく。
もう何年も飲んでいない飲み物を飲んでいるようだった。

「お前さんは、罪を犯した。これは、調書の通り紛れもない事実であることは、もう認めているから、これ以上先の話は裁判官へパスする。

ちゃんと話してみな?

ここの話は、調書には載らない。

さっきも言ったが、もう私とお前さんは二度と会う事はないだろう、、、

だから、最後のチャンスだ。 少しだけだが、話してもいいぞ、、、」

そうなのだろう、、、

もう、外の世界に出る事もないだろう、、、
そして、まともに話を聞いてくれる人間なんて、もう現れないのだろう、、、

それがわかった途端に、涙が溢れてしまった。

「俺は、、、俺だって、、、やったんだ、、、一生懸命にやったんだ、、、ううう、、、あぁぁぁ、、、」

犯人は、机にうつ伏せになって泣き出してしまった。

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供述調書

【供述の趣旨】
被疑者は、平成20年(西暦2008年頃)夏頃、実の兄である被害者を自宅において刃物で刺して殺害した旨を自供し、その動機および経緯につき次のとおり供述する。

第1 犯行に至る経緯について

1 私は、当時、兄である被害者と私の妻との間に不倫関係があることに気づいていた。2人はそれを隠していたつもりだったが、私はその関係を確信していた。

2 しかし、当時の私は妻との離婚に踏み切れず、また兄との間でも決定的な衝突を避けていた。そんな中、妻が妊娠した。
生まれてきた子供(以下「本件子供」という。)について、私は戸籍上、自分の子供として育てることとした。

第2 犯行当日の状況について

私は、平成20年(西暦2008年頃)8月頃の暑い日の日中、兄の自宅において、兄と2人で言い争いになった。

その言い争いになった原因は、兄から産まれてくる子供は、兄と私の妻の間の子供の可能性があるという真実を告げられたことによるものである。

2 私は、また、兄にはなにも敵わないという絶望感と全てを奪われるかもしれないという恐怖心から台所にあった包丁を手に取り、兄の胸部めがけて突き刺した。
兄はその場で倒れ、動かなくなった。

第3 自首に至る経緯について

1 私は当時、警察の取り調べに対し、厳密なアリバイを主張して容疑を免れた。その後、世間の目を欺きながら、兄の子供を我が子として育て上げた。

2 月日は流れ、子供が成人した。
子供が立派に成長し、ふと見せた顔や仕草が、私ではなく実の兄(被害者)のそれに酷似していることに気づいたとき、私のなかで罪の意識が深まっていった。

3 子供が成人した今、私がこの罪を隠し続ける理由はなくなった。私は真実を話し、償いをするために警察に出頭することを決意し、本日ここに自首したものである。

(結尾) 上記供述を録取し、これを被疑者に読み聞かせて閲覧させたところ、被疑者は、その内容に相違ない旨を供述し、署名及び押印する。

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「全て私がいけないんです、、、

わかっていながら、妻と別れたくなかった、、、浮気されても愛していたんだ、、、」

犯人は起き上がり、ベテラン刑事から勧められたティッシュで鼻をかむ。

少し落ち着いたのか、缶コーヒーをもう一口飲んだ。

「自首しようとは思いました。

ただ、兄がいなくなってから、妻が優しくなったんです。

出会った時と変わらなかった、、、

薄々、私がやった事は気がついていたと思います。

兄の葬式では、私より泣いていた。
その時私が流したのは、悔し涙だった。

でも、次の日に妻が『大丈夫?』って優しく声をかけてくれたんです。

その時の笑顔が、今も忘れられません、、、

そして、『子供ができた』って、、、

複雑でしたが、それでも嬉しかった。

全て元に戻ってきたって思ったんです。

そこからは、幸せだった。

子供は男の子なんですが、運動神経も良くて、勉強はできる方ではないですが、悪くはないんですよ。

幼稚園の送り迎え、運動会やお遊戯会、小学生、中学生になってもできるだけ仕事を休んで子供の成長を見てきたつもりです。

でも、子供が大きくなってくると違和感が出てくるんですよ、、、

ふとした仕草や、話し方などが、兄を思い出させるんです。

そして急に夢に兄が出てきて、飛び起きたんです、、、

汗びっしょりで、、、

早朝だったと思います。

息子が帰ってきた所でした。
夜遊びした帰り、朝帰りだったんですよ。

叱ってやろうかと思ったら、逆に心配されて、、、
その時の顔が、兄にそっくりだったんです。

私の兄は、運動においても、勉強においても、容姿背格好についてもだ、、、

全て私より上回っていた。

優秀だったんです。

どんなにトレーニングしても、どんなに勉強しても、兄には追いつけなかった、、、

そして、とても優しかったんですよ、、、

心配してくれた息子の様に、、、

心配されたまま、私、玄関で吐き戻してしまったんです。

そこで、罪の意識が出てきたんです、、、

なんて事したんだろって、、、

そして、ここへ来ました。

私が感じてた幸せは、兄のものだったかもしれないんです、、、

妻も息子も、、、

兄のものだったかもしれないんです、、、」


男は静かに全てを言い終えたようだった。

「よく話してくれた。あとは、ゆっくりな、、、」
とベテラン刑事がゆっくりと椅子から立ち上がり、犯人の肩に優しく手を置いた。

これから、犯人は護送されていく。

そして、部屋に入ってきた警官につれていかれる。

その後ろ姿を見ながら、ベテラン刑事が犯人へ呟いた。

「息子さんが、面会できるか聞いてきた。やり方を教えておいたから、会いに来るだろう。あんたの息子さんだ、、、」

俯き加減だった犯人は、顔をあげて背筋を伸ばした。

そして、ベテラン刑事に横顔が少しわかる程度に振り向いて軽く会釈をして、周りの警官と一緒に歩き出していった。


ベテラン刑事は取調べ室に戻り、お茶と清涼飲料水を給湯室の冷蔵庫へ戻し、代わりに微糖の缶コーヒーを取り出した。

カシュとプルタブを開けて、一口飲み干したあと、ふぅと一息ついてから自分の机に向かっていった。

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取調べ室のうた
〜兄の面影〜 完

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