躙口に込められた思想
あるお茶会に参加したあと、茶の湯や茶会についての講演を聞く機会があった。
そこで初めて「躙口(にじりぐち)」という言葉を知った。
茶室へ入るための小さな入口。
その説明を聞いたとき、私の頭に浮かんだのは、とても単純な疑問だった。
「なんで、わざわざこんなに小さい入口なんだろう。普通の入口じゃだめなのかな。」
とても気になって調べてみると、そこには想像以上に深い意味が込められていた。
躙り口は、茶室の中ではすべての人が平等であることを表しているという。身分が高い人も、武士も、刀を外し、頭を下げ、小さく身をかがめなければ茶室に入ることはできない。茶室の中では、地位や肩書きではなく、一人の人間として向き合う。
私は、この考え方に強く惹かれた。もちろん、「みんな平等」という考え方にも心を動かされた。それ以上に、一つの小さな入口に、ここまで深い思想を込めた人の感性に驚いた。ただ人が出入りするための入口ではなく、人がどんな姿勢で他者と向き合うべきかまで表現している。
建物の一部に、思想を宿らせることができる。
そんな発想そのものが、とても美しいと感じた。今、私たちが生きる社会には、さまざまな役割や立場がある。仕事、年齢、肩書き、経験。それらは大切なものだけど、ときに人との間に見えない壁をつくることがある。
私もまた、そんな見えない壁にとらわれているひとりである。
だからこそ、茶室という空間だけは、そのすべてを一度外し、一人の人間として向き合える場所であろうとしたことに心を打たれた。
そこには、「どんなあなたでもここでは一人の客人です」という、静かなメッセージがあるように感じる。
躙り口を知ったのは、ほんの些細なきっかけだった。だけど、その小さな入口には、人と人とが向き合うための大きな思想が詰まっていた。
私には難しいことはわからないし、建築についてもわからないが、こうやって込められた意味を知ることができるというだけで十分なのかもしれない。
人の流れに飲み込まれ、自分を見失うこともある。
辛い日常が続くかもしれない。
何のために頑張っているのかわからなくなることもあるかもしれない。
そんな時に、戻ってくることのできる場所なのだと思う。
これからも茶の湯と短い糸でもいい。繋がっていたいと思う。
自分が自分でいいんだと思えるこの場所を大切にしたい。
