100年先で貴方に逢えた。
私の見間違いかもしれない。
けれど、ゴッホの自画像が飾られている展示室で、彼の顔をじっと見つめていた時、ふと左の頬を一筋の涙がつたうように見えたのだ。
館内の灯りのせいなのか、照明の角度の偶然なのか──
彼が幾重にも塗り重ねて描いた絵の具の波が、ちょうど光の屈折と重なり合い、まるで生きた人間の感情がふとあふれた瞬間のように見えた。
ゴッホの絵は、生きているのだろうか。
だからこそこんなにも胸を揺さぶられるのだろうか。
一世紀を越えた今も、誰かが自分の絵と向き合い、思い思いに鑑賞する姿を見て、胸がいっぱいになったのか。
それとも、まったく別の感情なのか──
もちろん、本当のところは本人にしか分からない。
それでも、彼と向き合ったその時、私は“涙を流す彼”を見たように感じた。
私だけに見せてくれた特別な感情だったのか。
100年後、どこかの美術館やアトリエで、この光の角度で当てると涙のように見える──そんな緻密な計算をして彼は描いたのだろうか。
あり得ない、と分かっていながら、そんな妄想を企てては、ひとり胸の内が高鳴ってしまうのだ。
