高校3年生、白紙のワークシートが私の人生を変えた

私の原点は、高校3年の時に配られたワークシートだ。12年も前のことだけど、あの時のショックは今も鮮明に残っている。その頃、私は中高一貫の進学校に通う「落ちこぼれ」だった。

唯一平均点が取れるのは国語だけ。長期休みはいつも補習に呼び出された。人間関係もうまくいかず「どうせ私なんか病」を拗らせていたのだ。


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高校3年生、進路学習の授業だった。

「これまでの自分を振り返ろう」

と担任は号令をかけるなり、すぐにワークシートを配り始めた。B4サイズの文字の少ないシートだった。


一番目の質問を見て、シャーペンを持つ手がピシリと固まった。

「6年間で挑戦したことはなんですか?」

チョウセンシタコト。

チョウセン…

中1の頃から振り返ってみたものの、挑戦らしい挑戦は何一つ思い浮かばなかった。謙虚でも何でもなく、ホントにそうだったのだ。他の質問なら答えられるかと思ったれど、続く質問も似たようなものだった。

「努力したこと」
「特技」
「検定・資格」

悲しいくらい、書くことが見当たらない。


「私、一体6年間何してたんだろ…」


後頭部をハンマーで殴られたような衝撃だった。

漫然と過ごした6年間は、返ってこない。「真面目ないい子」でさえいればいいと思っていたけど、そうじゃなかった。いくら自分が本当に「真面目ないい子」だからって、大学に受かるわけでも、面接に有利なわけでもない。

やり直したい!13歳の春から!

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入ろうと思っていたのに、顧問が嫌という理由だけで諦めた部活。

友達の目が気になって行けなかった海外留学。

本当はやりたかったクラス委員。


静かな教室に、カリカリとシャーペンを走らせる音がする。暑かった夏は終わり、大学受験は今この瞬間も近付いていている。クラスにいる全員が進学を目指し、夜遅くまで予備校に通っていた。

その日、私が唯一書けた栄光は「英検2級」

情けなかった。膨大な6年という歳月を表す、客観的事実が一つしかないなんて。どれだけ真面目だったとか、一生懸命だったかって、具体的に行動にうつさないと伝わらないんだ。

大学受験の結果は散々で、志望校は全滅。辛うじて受かった地元の大学に通うことになった。その時、私は決意した。


「周りの目なんか気にせず、やってみよう」



クラウチングスタートを切ったように、私は走り出した。

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大学を飛び出して、学外のボランティアサークルに入った。英文学科だらけの留学プログラムに参加し、英文の子よりも前のめりで授業に参加した。日本語教師のインターンでタイに行き、1ヶ月も授業をした。


本音を言うと、「いろんな経験を積んでいれば、少しでも就職に有利だろう」と下心もあった。思惑通り、教員採用試験の自己PRは、華々しい経歴が並んだので、しめしめと思った。


一歩動けば、世界はガラリと変わる。


最初は目を瞑って「えーい!」と飛び込んでいたのに、挑戦することがどんどん楽しくなっていった。「真面目でいい子」だった頃よりも、ずっと自由で「生きている」感じがした。


「門を叩きなさい、そうすれば開かれる

中高6年間、毎朝読まされた聖書。流石、二千年も読まれるだけの価値はある。イエスが残した言葉は、真理だった。

「挑戦」なんてたいそうな言葉だから、「挑戦」する気が起きなかった。
「まあ、やってみよう」くらいのノリで良かったんだ。「行動」に正解・不正解はなく、全てが自分にとっての学びになった。それを伝えたくて、私は中学校の教師になった。


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4月。新学期の始まりは、いつもこの話をする。ある男子生徒から「しくじり先生」と言われた。最初は恥ずかしかったけど、確かにその子の言う通り。

その年、子どもたちが決めた学級目標は


「TRY」

形骸化しがちな学級目標が、その年はみんなの心に残り続けた。二学期になり、大人しかった女の子が、図書委員に立候補したのだ!他に立候補者がいたにも関わらず、手を挙げた。気になって立候補の理由を尋ねたら、彼女は「私もやってみようと思った」と言った。心がぽわりと温かくなった。

見事、学級選挙に勝った彼女は、一生懸命委員会の仕事をこなした。次第に表情も明るくなり、よく笑うようになった。「先生、先生」と慕ってくれるこの子が、私の中でどんどん特別になっていった。


その翌年、私の離任が決まり、彼女とは別れることになった。

学級解散の日、彼女がくれた手紙にはこう書いてあった。

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「最初に学級目標が『TRY』に決まった時、できるか不安で、自分には無理だと思っていました。でも、先生の明るさで私も自然と変わっていきました!
そして、『私の中でやってみよう大賞は◯◯さんだよ』と言われた時には、とてもうれしくて、自信を持つことができました。ありがとうございました!」


私が伝えたかったことに、こんなにも真剣に向き合ってくれたのだ。

手紙を読んで、涙がボロボロと溢れた。

私の6年間は、戻らない。だけど、今まさに中学生の子どもたちと、こんなにも素晴らしい時間を過ごしている。教師でいることで、あの時の自分が救われるようだった。



来年の春、私は教員を辞める。

エッセイストになる夢を追いかけて、ライターに転職するのだ。

「教員」という肩書きを失うことは、ぶっちゃけ不安だ。ライターの給料は完全出来高制で、月2〜3万円からのスタート。

月末には必ず20万以上の給料が入り、家賃補助までもらっていた今までとは雲泥の差。実家の母に伝えたら、きっと卒倒するだろう。

しかも、子どもが産まれたばかり。夫がものすごい高級取りなわけでもない。夫と2人でこの子を養っていく義務がある。家族の命運が、私の挑戦にかかっている。崖っぷちに私は立っている!

常識的に考えれば、教員を辞めるなんて「もったいない」としか言われない。「いいね!」って言ってくれる人が、どれくらいいるだろう。


それでも、私はもう諦めない。


子どものおかげで、人生の夢を思い出せた。この機会を逃したら、私は一生後悔する。


「子どもに見せたい姿はなんだ?」


と自問する。答えは出ていた。

もう、教科書はいらない。

私という人生をかけて、「挑戦すること」を教えていくのだから。

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