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作家になれなかった元国語教師が商業出版するまで

2025年、私は一冊の本を書き上げた。
『文才ゼロでも書ける人になれる国語力の磨き方』は、1100部を超えて読まれている。

ただ、世の中にはもっと大きく売れる本がたくさんある。

何万部、何十万部と読まれる本もある中で、1100部という数字は小さいかもしれない。けれど私にとっては、その一冊一冊が奇跡のようだった。

なぜなら、私は小2の頃、「作家になる夢」を一度、自分で消していたからだ。


小2で悟った「才能問題」

幼い頃から本好きだった私は、『赤毛のアン』を書いたモンゴメリのような作家になりたかった。

けれど、ある日テレビで見た文学賞の発表を見て、

「作家になれるのは、才能のある人だけだ」

とふと急に悟った。

読むのは好きだけど、オリジナリティあふれる物語が書けない。ハリーポッターのような空想の世界も、ミステリーも思い浮かばない。

「想像の翼」を広げられないことに限界を感じて、小2にして将来の夢を諦めた。

それからは、「花屋さんになろうかな」「やっぱり飼育員さんになりたい」と将来の夢ジプシーになったのだ。


それでも、本のそばから完全に離れられなかった。

中3になって進路学習が始まったときは、出版業界や図書館司書に憧れたこともある。けれど結局、私は中学校国語の教師になった。

せめて「本の近くにいる人」になりたかったから。

教科書を開き、登場人物の気持ちを考えさせ、比喩や構成法について教える。子どもたちが給食のメニューに意識を飛ばす横で、私は向田邦子のエッセイのすばらしさを熱く語っていた。

「この表現、めっちゃ美しくない!? やっぱり作家ってすごいよね!」

そう力説しながら、心の奥ではずっと思っていたのかもしれない。

ーー私も、あなたのように、本を出せたら。


ライターになっても満たされなかったもの

出産を機に、noteを始めた。
育児やキャリアをどうしようかと悩みながら発信していた頃、たまたま見つけたWebライターの求人に飛びついた。

ライターとして文章を書くことは、夢に近づいたようでいて、夢そのものではない。

依頼されたテーマを、指定された文字数で書く。文章でお金をもらう経験はうれしかったけれど、あの頃に夢見た「本を書く人」とは、やはり少し違っていた。

noteのフォロワーは400人を超えて、「今ならできるんじゃないか」と出版企画に何度も応募してみた。

人より文章がうまい自信はあったから、出版社や敏腕編集者が私を見いだして、

「あなたには文才がある!」
「うちで本を出しませんか?」

と熱いオファーが来ることを夢見ていた。
でも結局、何の音沙汰もなく、いつもの日常へ戻っていく。


自分で書いて自分で出したKindle

商業出版できないなら、自分でKindleを出してしまえばいいと、私はベクトルを変えた。

その頃、私にはかおりさんという友人がいた。2020年にnoteで知り合い、彼女は私の転職noteをきっかけに、自らも転職へ踏み出したと言っていた。

ある日、新幹線に乗ってかおりさんに会いに行った。駅前のカフェで読書好きの彼女に、小説の構想を話すと、

「長編より、短編の方がいいと思うよ」

彼女はそう言った。

たしかに、いきなり長編を読んでもらうのは難しい。短くても、ちゃんと届くものを書けばいい。そう思って私は、『はなちゃん先生は定時で帰りたい』という小説を書いた。

それは元教員だった私が、少しでも教師の舞台裏を知ってほしくて書いた物語だった。私は産後、現場には戻らなかったけれど、子育てをしながら学校で働き続けるnote仲間がいた。

授業をして、保護者対応をして、職員室で気を張って、家に帰れば母親になる。そんな彼女たちのしんどさを、外側の人にも少しだけ想像してほしかった。

表紙を描いてくれたイラストレーターさんも、教育に関わる仕事をしている人で、そして母親だった。

かおりさんに背中を押され、教育に関わるママの手で表紙をまとい、私の小さなKindle本は、ひっそりとネットの海に流れていった。

大きな波は立たなかった。

それでも、私は一度、自分の手で本を世に出した。


それから私は介護職を経て、「文章コンサルタント」として開業した。クライアントの言いたいことを整理し、文章の流れを整える仕事だ。

仕事を軌道に乗せるのに精一杯で、「出版」の二文字は心の片隅で埋もれていたはずだった。


運命を変えるのはやっぱり本

2024年7月末。
ふらりと立ち寄った紀伊國屋で、私は城村典子さんの『本を出そう、本を出そう、出したらどうなった?』に出会い、つい足を止めてしまった。


まただ、
と思った。

出版したくて行動しても、何も変わらなかったじゃないか。なのに、またこんな本に手を伸ばすの?

ーー性懲りもないな、と苦笑した。

けれど、手を下ろせなかった。気づけば本屋の隅でじっくり立ち読みして、結局その本をレジへ持って行った。

そのまま、ずっと入ってみたかった高級紅茶店に入った。一杯1200円の紅茶に少しだけひるみながら、私は背伸びをするような気持ちで紅茶を頼んだ。買ったばかりの本を開き、愛用のノートを広げ、

そして、書いた。

「出版したい」

その文字を書いた瞬間、またあの熱が胸に込み上げてきた。どれだけ蓋をしても、「私はダメなんだ」と言い聞かせても、本を出したい欲は、消えてくれない。

火を止めたつもりの鍋が、またぐつぐつと音を立て、蓋の隙間から熱湯をこぼしている。私はその勢いのまま、Xを開いた。そして、叫んだ。

「本を出したい!!!」

その叫びを、見ていた人がいた。かおりさんだった。

「知り合いに、編集長をしている人がいるから紹介するよ」と。

それが、岡本編集長だった。


あなたが出す意味「著者性」を考える

私は最初、ストーリーブランディングの本を出したかった。

人の人生を物語として捉え、その人の魅力や価値を言葉にする本。自分が文章コンサルタントとしてやっていることを、本にできたらいいと思っていた。

けれど、岡本編集長は「著者性が大事です」と言った。

著者性。

その言葉は、簡単なようで難しかった。著者性とは、「その人が著者である必然性」みたいなもので、本の内容と著者の経験がガチっとハマっているか、という話になる。

その中で、商業出版として本にするなら何がいいのか。

話すうちに出てきたのは、私が最初に考えていたストーリーブランディングではなく、「国語力」だった。

正直に言えば、最初は少し拍子抜けした。私はもっと、物語や人生、価値を言葉にする本を出したかった。そんな私に岡本さんは、

「ストーリーブランディングの本は、1冊目を出したあとの方が出版しやすいこともあります」

と可能性を未来へ託してくれた。

まずは「これが私の専門分野です」と旗を立てること。その上で元国語教師らしく、「国語力」の本を企画することになった。


企画が通ったらゴールじゃない


何度も頭をひねり、岡本さんともやりとりを重ねた企画が、ようやく通った。夢に見たスタートラインに立ったとき、喜びを実感するよりも、不安が先に来た。

「書く人のために国語力を解説する本」と決まっても、執筆は簡単ではない。

ライターとして、一万字の記事を書いたことはある。けれど、四万字、五万字の本を書くことはまったく違った。

記事は、ある程度の枠がある。

テーマがあり、見出しがあり、必要な情報があり、そこに向かって書けばいい。けれど本は違う。

一冊として、どこから始まり、どこへ向かい、読者に何を残すのか。その全体像を持たなければ、途中で自分がどこにいるのかわからなくなる。

途中まで打った原稿を前に、

「国語力ってなんだ?」
「それを文章にどう生かせるの?」

と考えると、うまく言葉にならなかった。

8年も教壇に立っておきながら、書くことへの「意識」が「無意識」すぎてまとめられない。それがおかしくもあり、苦しくもあった。

Wordの画面を見るうちに頭がこんがらがって、私は付箋を使うことにした。

項目を書き出し、並べ替え、剥がし、貼り直した。

国語力を「書くこと」に生かすには、どんな要素があるのか。私は普段何を見て、文章を読むとき、どこに引っかかるのか。

それまで無意識にやっていたことを、ひとつずつ言葉にしていった。すると少しずつ、本の輪郭が見えてきた。

国語力とは、ただ語彙力があるとか、作文がうまく書けることじゃない。

相手の言いたいことを読みとる力。
自分の考えを整理する力。
伝わる順番で組み立てる力。

それは書くこと、話すことの土台であり、「人と関わることの土台」でもあった。

私は書きながら、少しずつ気づいていった。国語力は、私が思っていたよりずっと大きなものだ。教科の名前をしているけれど、本当は、人生のあちこちに関わっている。仕事や人間関係、発信、自己理解にも、全てに。


そうして、私は『文才ゼロでも書ける人になれる国語力の磨き方』を書き上げた。本は世に出て、多くの人に読まれることになった。

世の中を悟ったフリをして、ちっとも諦められず、もがいていた。

そんな私の本を、誰かが買って読んでくれている。その事実は、何度考えても不思議だった。


国語力は生きるための力

国語は、ずっと軽く見られている気がする。

数学や英語のように成果が見えにくいから、「センス」の一言で片づけられたり、「読書していればできる」と雑に扱われたりする。

けれど個人事業主として働く今、ひしひしと感じる。

国語力がある人は、伸びていく。自分が何をしたいのか、相手が何を求めているのか、今自分がどんな感情なのかを言葉にできるから。

それを言葉にできない人は、仕事でも人間関係でも、同じところでつまずいてしまう。

相手に伝わる言葉と、自分だけが気持ちよくなる言葉は違う。それを学ぶのが、本来の「国語力」なのだと思う。

AIがどれだけきれいな文章を書いてくれても、何を言いたいのか、何を大事にしているのか、そこは自分の中から掘り出すしかない。だからこそ今、多くの人が「国語力」に立ち返っている。

奇跡も秘訣もなく、ただ諦めが悪かっただけ

商業出版した私は、シンデレラでもなんでもない。
本屋の隅で、性懲りもなく出版の本に手を伸ばした「諦めの悪い私」がいただけ。

小学生の私が夢見た「作家」とは、少し違う形だったけれど、私が書いた本はたしかに世に出て、誰かの手に届いている。

Amazonや楽天で、私の本は1100部売れた。
けれど、やっぱり本音を言えば、自分の本が書店に置かれる日をまだ夢見ている。

『国語力の磨き方』が本屋にずらりと並ぶ横で、ドヤ顔の写真を撮って、25歳の教え子たちに送りつけたい。

「先生、ほんまに本出したんじゃね」

そんな雑な感想をもらって、私はきっと、スマホの前でにやにやする。


作家になる夢を消した小2の私は、まだ成仏していない。

夢なんて、きれいに諦められなくていい。
何度も蓋をして、何度も見ないふりをして、それでも本屋の隅で手が伸びてしまうなら、それはまだ、あなたの中で生きている。


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