笑われる挑戦者と笑う空虚人
これは決意表明だ。
「私は挑戦者である」
それはきっと綺麗事だけでは済まされない。
苦しい想いもするだろうし、馬鹿にされて笑われる事もある。
ステージに立たない人間からの批評、批判に曝される事もある。
勇気を削り取ってくる人に出会う事もある。
もうダメなんじゃないか
何もしない方が良いのではないか
と弱音が心の中でコダマする時もある。
それでも私は決意し覚悟する。
私はやらずに笑う側よりも
やって笑われる側で居続けたい。
苦しさの中で
誰かが、それは無理だと言った。
誰かが、私を無能だと言った。
誰かが、私を滑稽だと笑った。
誰かが、私はもう終わっていると言った。
それは私にとって苦痛だった。
しかし、この苦痛は私が何もしなければ産まれなかった。
挑戦しなければ無理だと言われる事もなかった。
挑戦しなければ、自分の弱さは浮き彫りにならなかった。
挑戦しなければ、惨めな想いもしなかっただろうし
挑戦しなければ、誰かに批評や批判を喰らう事もなかった。
世の中には
挑戦して笑われる側の人間と
人の挑戦を笑う側の人間がいる。
そして、痛みの中で私は決意する。
絶対に後者にはならない、と。
結局、挑戦をすれば、痛い目に遭うだろうし、苦しい想いもするだろう。
好き勝手に批評されたり、酷ければ風評被害に遭う事だってある。
協力してくれた仲間達ですら危険に曝し、惨めで悲しい気持ちになる事もある。
それでも、何もしなければ、何にもならない。
何もしなくても歳は取る。
挑戦した10代を過ごした人間と
それを笑う10代を過ごした人間。
挑戦した20代を過ごした人間と
それを笑う20代を過ごした人間。
挑戦した30代を過ごした人間と
それを笑う30代を過ごした人間。
40代、50代、60代…
挑戦する人生を過ごした人間と
それを笑う人生を過ごした人間。
挑戦する苦しさの中で
絶対に後者にだけは
なりたくない、と感じる。
強くは居れない
心の痛みが活動性を奪っていく。
ずっと挑戦してきた。
挑戦しなければ何も出来なかった。
全てにおいて、私は人から劣っていたように思える。
不器用で要領が悪く
俗にいう発達障害故の生きづらさ、みたいなモノも
ずっとあったのだろう。
戦っては疲れ、戦っては疲れ
それでも戦って、戦って
なんとか今日まで生き延びてきた。
笑われ嘲られ、心には無数の傷がついた。
心の傷は化膿して私の精神を侵した。
もう何も頑張れない。
そう想った時もあった。
苦しかったし切なかった。
楽になりたかった。
でも結局救いはなかった。
私に残されたのは、そのどん底から
また挑戦し直す事だけだった。
弱くて壊れて、それでも私は
挑戦をやめない道を選んだ。
苦しさと覚悟
苦しさの中で挑戦をやめない覚悟をした。
挑戦は苦しさとも、覚悟ともセットになっていると思う。
挑戦すれば苦しい時もあり、その時に覚悟が無ければ
挑戦は頓挫する。
覚悟なき挑戦は成功しない。
逆を言えば覚悟があれば挑戦を継続する事が出来る。
継続すればする程、成功の可能性は高まる。
苦しさはまた、全く別のベクトルを持っている。
外側からの圧力と内側からの圧力の両方が
挑戦者を苦しめる。
共に変化に抵抗し、鍛錬の中断を求める。
苦しいからやめてくれ、と内側から止められて
嘲笑や批評で、外側からも押さえつけられる。
それは不安を呼び起こし
時に絶望や萎縮を引き起こし
覚悟さえも削り取っていく。
この綱引きに負けないようにする事が
挑戦者には求められる。
それはある意味、孤独で怖い戦いなのだと思う。
生きるという挑戦
私は今、最も初歩的で原始的な挑戦を試みている。
「生きる」という挑戦。
苦しくて切ない。
虚しくて悲しい。
そんな感情を抱えたまま
私は生き続ける事を決意した。
精神疾患は私の人生を真っ暗闇にした。
そして、そこから新しい挑戦が始まった。
人生がどん底に辿り着けば
最早、生きるという事すら挑戦になってしまう。
そうなれば、なんと生きる事自体が滑稽で
嘲笑われ、差別され、ダメだ、ダメだ、と内側から、外側から潰れていく。
この挑戦を成し遂げる事が今、最も重要で困難な挑戦となっている。
苦悩
最後に弱音を吐いておく。
苦しい。
生きる事は苦しい。
最早、生きる事すらも挑戦となってしまう人生は
不運であり残酷で過酷だ。
辛い。
生きるのが辛い。
だからこそ挑戦となる。
これは覚悟のいる挑戦だ。
私は生きる事を選んだ。
苦しくて虚しくて辛くてしんどい挑戦。
発達障害を抱えているが故に生きているだけで
嘲笑われ貶される。
発達障害者差別は、今も社会に潜んでいる。
生きているだけで馬鹿にされ、苦しんでいる。
この攻撃はやはり挑戦そのものの性質を
生きる、というレベルで存在している。
怖い想いもする。
世の中では、発達障害者は子供を産むな
発達障害者が生まれるなら堕胎しろ
という言葉すら聞かれる。
これは挑戦だ。
生きる、ということは挑戦なんだ。
しかし、挑戦せずに生きる事も出来るが
出来てしまう。
それでも死にはしないだろう。
何処まで落ちるのかは
想像も出来ないが。
