第5章 休む勇気を選んだ日
「休学してみたら?」
医師にそう言われた瞬間、胸の奥で何かがほどけたような気がしました。
それまでは「耐えなきゃ」「頑張らなきゃ」と自分を追い込むことしか考えていなくて、“休む”なんて逃げだと思い込んでいました。けれど、その一言は、暗闇に差し込んだ小さな光のようでした。
家に帰って家族に打ち明けてみると、「どっちでもいいよ。無理しなくていいんじゃない?」と笑いながら答えてくれました。否定されなかったことが、僕にとっては何よりも大きな救いでした。その瞬間、「休んでもいいんだ」と初めて心から思えたのです。
けれど、医師や家族から肯定的な言葉をもらっても、僕の中ではすぐに気持ちを切り替えることはできませんでした。
「まだできる」「何とか大学に戻らなければならない」──そんな思いがしぶとく心に居座っていたのです。
入院によって前期試験を受けられなかった僕は、再試験に間に合うように必死に勉強を始めました。机に向かいながらも、心の奥底では常に不安が渦を巻いていました。「今の自分の不安定な状態で、本当に大学生活をこなせるのだろうか」「友達との関係は、元通りになるのだろうか」。考えれば考えるほど気が重くなり、答えの見えない日々を過ごしていました。
そんな中、追い打ちをかけるように新型コロナに感染しました。よりによって、再試験直前のタイミングで。熱にうなされながら、頭の中では「再試験の再試験、つまり再再試験をお願いするしかないのか」と思考がぐるぐる回り続けました。
けれど同時に、「これは神様が“学校に行くな”って言っているのかもしれない」とも思いました。ここまで頑張ろうとしたのに、その直前に強制的に立ち止まらされる──偶然にしてはできすぎている気がしたのです。
さんざん迷いましたが、僕はこのタイミングで休学を選ぶことにしました。
「逃げた」と思う自分もいれば、「これでいいんだ」と安堵する自分もいました。それでも、あの時の選択は、僕にとって必要不可欠な決断だったのです。
休学の手続きを終えたとき、肩に背負っていた重い荷物を一つ下ろしたような感覚がありました。やっと深呼吸ができたような、そんな安堵が胸に広がりました。
けれど同時に、心の中には新たな不安が芽を出していました。
「これで本当に良かったのだろうか」
「このまま周りに置いていかれて、自分だけ取り残されるのではないか」
友達は講義に出て、研究室や実習に進んでいく。SNSを開けば、誰かの「単位取れた」「今日も頑張った」という言葉が流れてくる。自分だけが止まってしまったような焦燥感に、胸がぎゅっと締め付けられました。
そんな日々の中で救いだったのは、家族の存在でした。
休学したことを特別視するでもなく、いつもと変わらない日常がそこにありました。「体調どう?」と気にかけてくれる一言はありながらも、必要以上に干渉されることはない。ごく当たり前の夕食の時間や、他愛もない会話が、僕を静かに支えてくれました。大げさな言葉はなくても、「ここにいていいんだ」と思える安心感が、確かにそこにはありました。
それでも、夜ひとりになると焦りや罪悪感が押し寄せてきました。「本当に戻れるのか」「このまま大学生活が終わってしまうのではないか」──そんな思考が頭を占領して、心がまた重くなる。安堵と不安、安心と焦燥。その揺れを行ったり来たりする毎日でした。
休学してからも、僕の日常には通院やカウンセリングが組み込まれていました。最初は「自分はそこまで弱いのか」と思うこともあり、病院に通う足取りは重かったのを覚えています。けれど回数を重ねるうちに、それは少しずつ“心の休憩時間”になっていきました。
医師やカウンセラーの前では、普段なら隠してしまうような弱音をそのまま出すことができました。「眠れない」「人と会うのが怖い」「授業に戻るのが不安」……。言葉にしてみると、自分の中に渦巻いていた思いが整理されていく感覚がありました。
ある日、医師がこんなことを言ってくれました。
「今は休むことが仕事なんですよ。大学に戻るために、まず心と体を休めること。それ自体が治療なんです」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じました。今まで「休むこと=怠け」「逃げ」だと責めていた自分に、初めて“休むことの意味”を肯定してもらえた気がしました。
病院の帰り道、空を見上げながら「これでいいんだ」と少しだけ思えた瞬間がありました。もちろん、不安や焦りが消えたわけではありません。でも、専門家の言葉に支えられて「ひとりじゃない」と感じられたことは、僕にとって大きな救いでした。
休学を選んだことで、僕の時間は大きく変わりました。周りと同じように前に進むことはできなくても、立ち止まることで初めて見えてきた景色がありました。
焦りや不安に押しつぶされそうになる日もありましたが、それでも少しずつ、「休むことは悪いことではない」と思えるようになっていきました。むしろ、休む勇気を持てたことこそが、僕にとって新しい一歩だったのです。
休学は終わりではなく、心を取り戻すための始まりでした。家族の何気ない支え、医療の専門的な言葉、そして自分自身の揺れ動く気持ち。そのすべてが、今の僕を形づくっています。
そして、そんな不安定な毎日の中でも、確かに僕を前へと進ませてくれる存在がありました。──それは、日常の小さな楽しみであり、推しの存在でした。
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